「愛しい主のしつけ方」 (10)
「いい…です。動かして」
マシューは、ヘクトルの耳元で囁く。
その声に反応して、しがみついている広い肩がわずかに震えるのを感じる。長い指がゆっくりと、抜き差しを始めた。まだ狭く閉じている中を擦られる。入るだけ入り込まれると、尻に掌の触れてくる感触があって、指を入れたまま掴むように揉まれる。
「ア――――」
悲鳴じみた声が上がり、甘く溶けて消える。
「や、はあ、あ…あ」
声を上げようと思わなくても、吐き出す息が乱れきった音に変わる。
内側にある指が、そろそろとためらいがちに壁を探ってくる。指の腹で擦りながら抜き出され、また奥深くへと入り込まれる。
「あ、は―――」
入り口の狭いところをずるりと関節が抜け、喘ぎが高く鼻に抜ける。
緩かった指の動きが、少しずつ強く、大胆になってくる。内側から粘膜をこねるようにされると、無意識に身体が跳ねた。入り口近くでぐるりと指を回されると、反射的に入り込んだものを締め付けるように身体が動く。力を抜こうと思うが果たせず、攣りかかったようにびくびくと腹が震えた。出入りを繰り返されるうちに、濡れた感触が強くなってきて、刺激される皮膚からも粘膜からも、ぬかるんだ快感を感じ始める。ぞくぞくと背骨ぞいに伝わってくるせつなさに、すがりついている肩を噛んでやりたくなるが、それはできない。
「もっと、入れて。指―――」
乱れる声に誘われ、入り込んだ指に沿うようにもう一本の指が差し込まれてくる。言葉にして続きをせがまなくても、二本の指が内側を押し広げ、抉るように動きはじめた。
「ああ」
犯される動きに合わせて腰が揺れる。嬲られている場所から、くちゃくちゃと湿っぽい音が聞こえ始めている。
濡れた音―――濡れた感触。入りこまれてぐちゃぐちゃに乱されている。そんな自分を、紺青の目が見つめている。
こんな自分を見られたくは無い、と思うけれど―――わからない。本当は見せたいのかもしれない。好きだと思う相手に、自分の弱さも、本音も、すべてを見せてしまいたいのかもしれない。
気持ちがいい。ぬるぬるして、熱くて、たまらない。触られる場所も、見られている肌も。気持ちが良くて、頭の奥が痺れてくる。内側から与えられる快感は、熱い息を吐いても逃がしきれずに溜まって、身体の中を焦がしていく。
耳元で聞こえるヘクトルの息もひどく荒い。
「若さま…抱いてくれて、いいです…から」
「まだ、狭いけど―――平気か」
「若さまので、拡げてくれたらいい」
あえて煽るような言葉を使ったのだが、ヘクトルは、照れはしなかった。紺青の目は熱と飢えを浮かべながらも、真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
「どうやったら、おまえは、楽なんだ」
背を抱かれて、寝台へと寝かされる。脚を開いて、覆いかぶさってくる身体を近くに引き寄せる。自分の身体にかかってくる重みが、ひどく気持良かった。
どうにでも―――好きなようにしてくれたらいい。
「このまま―――入ってください」
微笑んで顔を寄せ、耳元で囁いて、誘いかける。
顔が見えるから。好きな顔だから。どんなふうに乱れるのか、どんな表情で達するのか、見せて欲しいと思うから。
入りこもうとする場所を指で確かめるようにしてから、屹立した性器が押し当てられてきた。それは酷く熱く、硬くて、入り口にあてがわれただけで、ぞくりと肌が泡立つ。
早く―――
声に出さずに思う。
近くに下りてくるヘクトルの広い背を抱く。
先端をねじ込むように動かれる。限界まで拡げられる痛みと、酷い異物感。それでも中までは入ってきていない。
「あっ――――」
背中が反って浮いた。身体を追うように、さらに突き上げがくる。体重をかけられ、ゆっくりと先端が埋め込まれてくるのを感じる。痛いというより、限界近く押し開かれることへの本能的な恐怖で身体が竦み、腰が勝手にずり上がろうとする。
「や、ああ、あ―――」
悲鳴に近い声を上がるのを止められない。身体が震え、背中が硬く強張る。
ヘクトルのほうが怖がって体を引きかかるのを、腕を絡めて引き寄せる。
「いやだ、やめないでくださ―――」
「馬鹿、おまえが―――」
「いいからっ…あ…欲しい、あんたが」
切れ切れの喘ぎと、懇願。
抱いて。入ってきて。隙間無く埋めて、満たして。
「っ――――」
ヘクトルが眉をしかめ、歯を食い閉めるのが見えた。苦しげにも見えるその表情に、どきりと心臓が跳ねる。
「悪ィ」
低く短い囁きが耳に入ってくる。強く腰を捕まれ、容赦なく突きこまれる。逃げようとする身体を自分の意志で止めて思い切り開くと、先端がずるりと入り口を潜り抜けた。その勢いで一気に奥まで貫かれるのを仰け反って耐える。口が開きっぱなしになるが、声は出なかった。
背中に腕を差し込まれ、思い切り抱きしめられる。動きを止めたまま抱かれていると、身動き一つ出来ないような圧迫感と混乱が少しずつ引いていった。
「は――――っ」
止めてしまっていた呼気をゆっくりと吐き出す。
「すまねェ」
「な…ん―――です」
腹に力を入れることができず、仕方なく蚊の鳴くような情けない声で問いかけをする。
「ひどい目に合わせるつもりは、無かったんだけどよ」
合わせた肌から伝わる温みが、きつい侵入に強張った体を緩めていく。
髪に指を差し込まれ、少し引っ張るように撫でられるのが、気持ちいい。
―――なんですか、その情けねェ顔は。俺のほうが悪いことしてるみたいじゃないですか。
「若さま、体がでっかいから、こっちもでっかいですよねえ」
声が震えるのは仕方がないが、出来る限り普段の調子で、悪ふざけを言ってみる。
「おまえの口は、減らねえなあ―――」
「動いて、いいです。すぐ慣れるから」
ヘクトルが顔を歪めて、ため息をつく。
「もう少しこのまんまでいようぜ」
首筋のあたりに顔を伏せられるから、熱い息がくすぐったくて首をすくめる。
「ん―――」
笑いを含んだ吐息が漏れた。ヘクトルの腰に脚をからめ、首に腕を絡め、これ以上はないぐらいにぴったりと身体を寄せる。
自分の中に入り込んでいるのが、何か、を考えると眩暈がしそうだ。あるいは、自分が抱き合っているのが誰か、を―――
若さまだよ。俺と、こんなことしてるのは。
そう思うだけで身体中の熱はみだらに上がっていくのに、頭の片隅に残る正気の欠片は、しんと冷えて消えない。その頑なな理性が、おまえは愚かだと囁いてくる。抱き合う男は、身体を繋げてみたところで、手に入れられるような相手では無い。
そんなことは、分かっている。愛しいから自分のものにしようなどと、そんな馬鹿げた望みは抱くまい。俺がこの人の―――若さまのものになれたらいいとは思うけれど。俺にできることなら何でも、してやりたいとは思うけれど。
性分になってしまっている理性も計算も今はいらない。いらないから―――
身体の中心を穿つ熱さで、溶かして欲しい。全部。
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