「愛しい主のしつけ方」 (11)
自分の鼓動と相手の鼓動が、少しだけずれながら、肌と肌の間で混じり合って溶けていく。受け入れた場所からも、脈打ってじわじわと広がってくる熱い感覚。
身体に感じる重みが気持良くて、溜息をつく。ヘクトルの髪に指を差し込んで少し掴むようにして撫でてみる。少し硬い量の多い髪が、指の間をすり抜けていく感じが、指先にわずかに冷たく、気持良く感じる。
「ん―――」
耳元で溜息が聞こえ、ヘクトルが身じろぎきをした。触れ合った肌がわずかに擦れ、じわりとした温みが広がってくる。圧迫感と伸ばされた皮膚の攣れる痛みが、肌伝いに感じる体温に溶かされるように消えていく。満たされたまま抱きしめられているのは、心を溶かすような甘い快感だった。温かい体温に包まれ、自分は守られていて安心なのだと、本能が告げてくる。身体と心で感じとる安らぎに身を任せ、身体から力を抜いていく。悲しいような、切ないようなその感覚に、すべてを投げ出して浸っていたいと思う。
一つに繋がったまま、抱きしめられて動きを止めていると、いつのまにか、隣の部屋から切なげな高い声が聞こえてきているのに気づいた。壁越しに、とぎれとぎれにではあるが、快感から上げる嬌声なのだとはっきり分かる。苦笑しながら、ヘクトルの顔を見ると、その目にはなにやら楽しげな光が浮かんでいる。
「こっちの音も、聞こえてます…よね」
荒い息を抑え、切れ切れに囁きかける。
「別に、構わねぇだろ」
「俺は構わないですけど―――」
こんなことを―――ヘクトルが自分のような相手と寝ていると言うことを、御学友に知らせるというのは、本意では無いけれど。
「んじゃ、こっちのも聞かせてやろうぜ。気持いい〜ってな」
大きな口の端が思い切り上がって、明るい笑みが浮かぶ。若さまは、どうやらこの不謹慎極まりない事態を、楽しんでいるらしい。
「気持いい…ですか」
ヘクトルの笑顔につられるように、マシューは微笑んだ。笑いを含んだ声で耳元に囁きかけてみる。
「ん、いい。熱くて狭くて、気持いい」
ぴたりと身体を合わせたまま腰を擦りつけるようにされ、軽く眉をしかめ、ふうっと息を吐き出す。一杯に拡げられた場所を、ぬるりとかき混ぜられる刺激があって、それに反応した身体が、内側に入り込んだものを締め付けるように動く。
「おまえは―――」
ヘクトルが問いかけてくる声が、途中から震える息に変わる。
「いいです、いい、すごく―――」
膝でヘクトルの身体を挟み、内腿を腰骨のあたりに擦り付ける。するりとすべる肌の感覚と、動きにつれて内側で感じる、ぬかるんだ快感。自分の身体と相手の身体がうるんで溶け、馴染んできているのがわかる。
「若さま―――」
名を呼ぶ声も、思い切り濡れて、乱れている。抱き合う男をもっと欲しいと思うから、自分から緩く動いて誘いをかける。
「若さま、あ―――」
背中に回した手でしっかりした骨と筋をたどる。軽く爪を立てて肩甲骨を掠めるように擦ると、ヘクトルが小さく笑うような声を上げた。
止っていたヘクトルの身体が動き始める。掌の下、筋肉のしなやかに伸びて動く感触が愛しい。
腰が引かれ、抜き出されていくものを、名残惜しげに食い締める。意識してやっていることでは無く、勝手に身体が動くのだ。あわてて力を抜こうとして息を吐き出したところを、体重をかけて深く貫かれる。
「あ…っ、いいです、いい」
粘膜を犯される苦痛が引いて、じれったいような痺れが内側から広がってくる。
自分のすべてを開いて、晒して、与えられ、貪る。薄く引き伸ばされた皮膚をずるりと擦られ、高く鳴いて身悶える。顎のあたりから喉元に、噛み付くような口付けが降りてくる。感覚を散らされたところに、強い突き上げがきて、身体を反らせて喘ぐ。
「ん…や、ああっ、若―――っ」
硬く立ち上がったものの先端が、ヘクトルの腹にずるりと擦られた。目の眩むような快感に、身体が震えて突っ張る。すがった背に思わず爪を立てかけ、慌てて力を抜いて、寝台の上へと投げ出す。貪りあい、与え合う行為を続けると、身体の中にある固まりが、さらに熱さと硬さを増してくる。先端でとんでもない場所を突き上げられるたびに、ぞくぞくと背中を駆け上がってくる、寒気に似た感覚に身震いする。
繰り返し繰り返し、不規則なリズムで粘膜をこすられ、乱される。内側から与えられる熱は、腰のあたりに熱く甘くわだかまっていく。喘ぎながら腰を揺らし、熱を逃がそうと思うのに上手くいかない。繋がった部分も、身体と身体で挟まれ、揉みくちゃにされている性器も、ぐちゃぐちゃに濡れている。身体を揺さぶられる強い動きに合わせて、ぴちゃ、くちゅ、と濡れた音。自分の上げる声に混ざって、時折聞こえてくる、泣き声のような細く高い嬌声。
「は、は…あ、あう」
背中を反らせると腰が浮き上がり、腕を差し込まれて引き寄せられ、交合の角度が変わった。今までとは違う場所に、先端が強く当たってくる。たまらずに首を振り、声を上げる。
気持がいい、気持ちがいいんだよ。なんでこんな―――
「んっ―――アァ―――」
意識が飛びかかっているのを、頭の片隅で感じる。口が開きっぱなしになって、啜り泣くような声が止らなくなる。
高みに押し上げられ、これ以上は無いと思うのに、快感は強くなるばかりだった。
「あ、あ、い…っ、や…ああ」
ぬるぬるする。熱い、いい、もっとして―――おかしくして―――
初めて身体を繋げる相手に、快感に溺れて乱れきった姿を晒しているのは、自分でも分かっている。自分の意志ではどうにもならないほどに、耐え切れないほどに、気持ちがいいのだ。こんなことは初めてだ。
たまらなくなって、指が寝台をかきむしるような動きを繰り返す。飛びそうだ、と思う。何もかも分からなくなりそうで、怖くなる。自分が自分でいられなくなるような―――
なんで―――
好きだ、好き。抱いて、もっと―――
若さま、ああ。
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