「愛しい主のしつけ方」　(12)

見上げるヘクトルの顔はしかめられて、紺青の目は少し苦しげにも見える。男らしい強い線を持つ、きれいな顔だ。きれいな―――好きな顔。その顔を見ていたいと思うのに、涙だか汗だか分からないもので、視界が滲む。幾度か瞬くと、目尻から水滴がこぼれ落ちた。涙ではない、快楽のために濡れて流れ落ちる、液体。

濡れているのだ、身体中が。気持ちよく濡れて、抱き合う相手を受け入れ、貪ろうとしている。
こういう自分は知らなかった。
強がりで言うなら、そう―――笑える。少しばかり呆れる。本当に娼婦にでもなったようで―――でも嫌ではない。

好きだ、好き―――
俺もあんたが好きだから―――
もっと、俺のこと好きだって、言えよ。

上げる声は喘ぎを通り越して、ひっきりなしに甘ったるく頼りなく、溶け落ちる。

「つらいのか」

かすれた低い声が聞いてくるから、違う、と首を振る。コントロールが利かないだけだ。身体も心も、いっそ面白いくらいに言うことを聞かない。抗いようも無く、分け合う行為の中に溺れ込んでいく。抱き合う身体に、自分の中にいる確かな存在に。
抱かれて、幸せで、気持ちよくて、どうしようもなくて。

面白い、と溺れる自分を眺めている余裕が、もう無かった。ちらちらと意識に紛れ込んできていた、自嘲に近いようなためらいも消えていく。もがいて這い出ようとする意識を熱の中に閉じ込められ、焼かれ、乱される。冷たく、自分のことさえ突き放したままの観察者でいることは、許されない。この人と抱き合う時は、いつもの自分ではいられないのだ。

つながる身体に足を絡め、声を絞ってすがる。

「ん…っあ、あ―――ァ」

尻を掴まれ、開くように引き寄せられ、奥深くに打ち付けられる。目を閉じ、頭を振る。身体の奥、とろとろと溶ける場所を嬲られ、狭い器官の中一杯に熱が膨れ上がってくる。
―――たまらない。

「つっ」

ヘクトルが短く呻いて体を離そうとする。

「やっ―――だめです」

腰を足で絡めとり、敷布を掴んでいた指を離して、幅の広い肩にすがる。

「だけどよ―――っ」

動きを止めた身体に、無意識に腰をすりつける。欲しいのだ。全部欲しい。この男が欲しい。乾きに近い、焼きつくような感覚に喉が鳴る。声を出そうと息を吸うと、啜り泣くような音になった。

「若さまを、ください」

俺にください、あんたの全部を、だ。今だけでいい。あんた、俺のものにしてやる。
見交わす目が、一瞬、泣きそうに歪んだ。

「は―――あ」

激しく突き上げられて、身体をくねらせ、喘ぐ。恥ずかしいとも思わずに、いかせてくれと声にしてねだった。痺れるような感覚のある場所を擦ってもらおうと、腰を上げ、身体の角度を変える。

「は…っ、若さま、いい―――」

背中が反り、手足がつりそうに伸びる。たまらずに目を見開くが、視界は白く弾ける。背中を駆け上がってくる切ない震えに、悲鳴を上げる。粘膜が収縮して、一杯に入り込んだものを締め付け、それが熱い刺激となって返ってくる。ぎゅっとすぼまった入り口をこじ開けるように擦られ、強い感覚に神経を焼かれる。どうしようもなくなって、ただ、乱れた自分をさらす。吐く息も吸う息も、すべては快楽を誘い、開放を訴える音に変わった。

「マシュー」

耳元で低く囁かれたのが、自分の名前だと気づくのに、一瞬の間があった。ぞくりと身体が震え、身体を捩りかかったところを、押し開くように奥へと入りこまれる。

「いい、もっと奥、ァアアッ」

もだえる体に杭打たれ、痺れるような快感がきた。鼻に抜けた声を上げた瞬間に、乱れきった身体が関を切った。吐き出す開放感に力が抜け、腹の辺りに温く広がる濡れた感覚を感じる。達する身体はがくがくと震え、ヘクトルとつながった部分もひくひくと収縮を繰り返す。

「あ――――」

溜息だか、泣き声だか分からない、長く引く声が漏れる。

熱い、熱い、ああ―――若さま、もっと―――

身悶える身体をさらに擦られ、無意識に強く締め付けると同時に、身体の深くを、濡らされ、炙られ、一杯にされる感覚。内側から溶かされる快感に、さらに高みへと押し上げられる。
いい、とか、いやだ、とか意味の無いことを叫んだはずだが、自分の声は聞こえなかった。
脈打って流し込まれてくるもので、びっしょりと濡らされる。奥深くが、ひくひくと引きつるように動く。ゆっくりと擦りつけるような動きがあって、さらに噴出してくる熱を感じ、身体を捩ってその感覚を貪る。

口を開き、頭を敷布に擦り付ける。幾つかの波が寄せてきて、ふっ、ふっ、と瞬間、意識が飛ぶ。
身動きのとれなくなった体を、強い腕が抱きしめてきた。

聞いたことのない声で、好きだ、と言われた。