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「愛しい主のしつけ方」 (6)




「そいつを、放しやがれ」

低く吼えるヘクトルの声を聞く。
マシューが向き合う傷の男は、返しの付いた二本の短刀を抜いているが、それを構えるでもなく、だらりと腕を下ろしたままである。

こちらからじりじりと間合いを詰めるが、得物が同じだから、うかつに飛び込んでいくわけにはいかない。短刀使いは、リーチの長い相手の懐に入りこんで、一撃必殺の刃を振るうのが本来の戦い方だ。道端での切り合い、結び合いなんぞは、本当なら御免こうむりたいところだが、それは向こうも同じことだろう。

女を挟んで背中を合わせるヘクトルは、人質を捕られて動きを止めている。その広い背中がじりじりと焦れているのが、気配で伝わってくる。

「じゃあ、ちょっとお手合わせ願おうかね」

にや、と男の口元に笑みが浮かぶのを見る。一瞬で間合いが詰まり、打ち込まれる刃を身をかわしながら逆手に流す。その刃を弾かれ、横なぎにもう片方の刃が迫るのを、短刀を交差して受け止める。
高く澄んだ剣戟の音の合間、マシューの動きにわずかに遅れて、飾りの銀がしゃらしゃらと音をたてた。
二本の刃で相手の得物を挟んで押せば、男も二本の刃を合わせて押し返してくる。
刃を挟んで間近に、いまだ微笑みをたたえた紫の目があった。そこから、じりじりとした凌ぎあいになる。
刃と刃の擦れ合う音がちりちりと耳を掠る。

―――大層な腕じゃねえか、泥棒さんよ。

目と目を見交わし、結ぶ刃を解くタイミングを計る。
押しも押されもせず、均衡がとれているようだが、それをコントロールしているのは相手の方だった。力と技量は相手が上、速さなら少しだけこちらが勝る。

「大丈夫かよ、おい」

背中から声がかかる。ヘクトルが緊迫した気配を察したらしい。

「平気です」

こっちは、気にしないでくださいよ。
短く叫ぶのと同時に均衡が崩れた。押される。後ろに飛んでかわすには、女が近くに居すぎる。
仕方なく全力で押して刃を払う。相手の短刀を弾くことができたのは、向こうが今だ本気を出していないからだ。

―――なに考えていやがるんだ、こいつ。

一瞬、身を低く沈め、間髪を入れずに切りかかる。相手が後ろに下がるのを追って、身体を回しながらもう一撃。速さで勝つなら、こちらが先手を取るしかない。
右手で腹のあたりを狙った突きを、刃の背の反りを使って止められ、ぐるりと回す感じで弾かれる。左で相手の手元を狙うが、返しで止められ、再び場が膠着する。

「残念だなァ。おまえさんとは、できれば宿の部屋ン中で、しっぽりとお相手願いたかったねェ」

紫の目はさすがに鋭い光を浮かべているが、口調はまだ軽い。

「てめえ、色々と嗅ぎまわってたんじゃねえのか。本当に女だけが目当てか」

「嗅ぎまわるのは、俺の趣味…ってか、保身のためさ。ウチもこのごろじゃあ、色々とやばくてねえ。わかるだろ、兄さん。生き残るには、はしっこくねえとな」

男は息も切らさずに、答えてくる。
キン、と高い音が響き、かみ合う刃と刃が解かれる。強い一撃をかろうじて止めてバランスを崩しかかる。続けざまに振り下ろされてくる銀光が目に入って、背中にひやりと冷たいものが走ったが、すっと身体を落としてどうにか逃げ切る。どうあってもここを退くわけにはいかない。ヘクトルの背中を空けてはならない。

止めてやる。刺し違えてでも。
立ち上がりざまに一か八か踏み込もうとしたら、相手が大きく飛びのいて間を取った。
男は紫の目を細め、口の端を上げてにやりと笑う。

「可愛い顔しておっかねえなあ、兄さん。俺ァ、命まで賭けるつもりはねえからよ。このへんで降参さしてもらおうかね。ずらかるぜェ、アイシャ」

男が高く叫んで身を翻す。
背中から、女からの返事らしき荒っぽい叫びが聞こえたが、男のほうの動きに神経を集中していたので、何と言ったかのかは聞き取れなかった。

「てめっ、待ちやが―――うわっ」

マシューは男を追っていこうと踏み出しかけたが、ヘクトルの悲鳴を聞いてあわてて振り向く。
オスティアの若さまは、突き飛ばされたらしい友人を受け止めて、逃げていく女の後ろ姿を睨みつけていた。遠巻きに集まってきていた野次馬に隠れ、女の姿はあっという間に見えなくなる。マシューの目は、野次馬のなかに、一人二人、身を返して女を追っていった者がいるのを見届けていた。

「くそ―――」

受け止めた男を地面に降ろし、女を追って行こうとするヘクトルの腕を掴んで引き止める。

「なんだよ、あいつらを放っとくわけにいかねえだろうよ」

「仲間が張り付きましたから。若さまはお城に戻ってくださいよ」

腕を絡めてささやくその後ろでは、

「ああ、ニーナ、無事でよかった」

「ごめんなさい、エルンスト。私なんかのために―――」

地面に座り込んだままの男とそれに抱きつく女の間で、盛大なメロドラマが繰り広げられているらしい気配がする。
じりじりと見物人の輪が詰まってきているのは、自分たちがこれ以上なく面白い見世物となっているからだろう。

「とりあえず、この人たちには止り木の上の部屋に入ってもらいたいんですけど」

酒場の二階には、酔客やら、盛り上がったまま傾れこむ二人客やらのために、簡単な宿が設けられている。

「じゃあ、俺も今日はここに泊まるからよ」

そう来ますか。いや、そうなるだろうとは、思ってたんですけどね。

「奴らが戻ってくるかもしれねえだろ」

戻っては来ないだろう。仕事に失敗した以上は、一気にベルンまで逃げ帰るはずだ。ヘクトルもそのへんは分かっているに違いないから、理由をつけてはいるが、単に城に戻りたくないだけなのだ。

ったく、困った人だぜ―――
マシューは溜息をついて、ヘクトルに笑いかける。

「じゃあ、俺も若さまと一緒に泊まります」

ヘクトルが、何やら驚いたように眉を上げた。慌てた様子で身を返し、倒れた男を助け起こしにかかる。
―――ああ、あれ、ね―――

「俺は今夜はあんたのモンだ」

口の中で、もう一度呟いてみる。
気にしなくていいですよ、あんな言葉は。ここいらでは挨拶と同じようなもんだ。
そう思いながら、少し胸の中が痛いから、苦笑いをする。
俺の言うことなんか、そんなにまともに取るもんじゃありませんよ。まっとうな人だからなあ、あんたは。
ヘクトルが男に肩を貸したので、マシューは女に手を差し伸べる。

「ありがとうございます」

か細く言って、華奢な手がマシューの手の上に重ねられた。白い手の掌は少し硬く、指先はかさかさと荒れていた。



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