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「神、光あれと言給ひければ」 (2)




アラフェンの街外れ、ベルンへと向かっていく街道を外れ、山際へと伸びる小道を行く。近くに民家も無い寂れた場所に、その修道院はあった。夕暮れ近く、すでに長く伸びた山影に隠れ始めている。こじんまりした礼拝堂があり、その横に石や木で統一性無く建てられた、長屋のような建物が幾つか。三十人を越える孤児たちが、ここで寝起きをしていた。戦や、飢饉で親を亡くした子供がほとんどだ。

レイヴァンとルセアが近づいていくと、子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。前庭で数人の子供が鬼ごっこをしている。二人を見つけた子供たちは、ばらばらと駆け寄ってきた。

「おかえりなさい、ルセアさま」

「わあ、レイヴァンさまも一緒だ」

レイヴァンは、口元だけに慣れない優しげな微笑を浮かべ、小さな麻袋を一人の子供の手に渡した。

「土産だ」

子供たちは、くるんと目を丸くし、きゃっきゃと笑う。

「うわ、アメだ」

「ぼくにも、ちょうだい」

小さな子供たちが袋を覗き込んではしゃぐ。
鬼ごっこには加わっていなかったらしい年かさの少年が、その騒ぎに気づいて近づいてきた。細い身体に、だぶだぶの服を着ている。

「おまえら、それ、司祭さまに見せて、手を洗ってから皆で分けるんだぞ」

少年の言葉に、子供たちは、はあいと返事し、礼拝堂へと駆け出して行く。

「お帰りなさい、ルセアさま。なんだ―――おまえもいたのかよ、レイヴァン」

少年は、そばかすの浮いた悪ガキ風の顔で、そんな挨拶をした。

―――ルセアは「さま」で、俺は「おまえ」かよ―――

レイヴァンは、心の中だけで苦笑する。

「よお、ミゲル」

そう返事をすると、少年は少しばかり頬を赤らめ、ぱあっ明るいと笑顔を浮かべた。それからすぐに、表情を大人びた風に引き締める。

「ルセアさま、その荷物俺が持ちます。なんだよ、レイヴァン、気が利かねえな。ルセアさまに重いもの持たせてるんじゃねぇよ」

少年の目に、真剣な非難の色が浮かぶ。

「そりゃ、すまんな」

レイヴァンは、淡々とした口調でそう言った。

「ありがとう、ミゲル。でも、すぐそこまでですから」

ルセアは、美しい顔に微笑みを浮かべる。少年はルセアの手から、買出しの荷物をひったくるようにして、駆け出して行った。
そのそぶりは、まるで、姫君に仕える小さな騎士といったところだ。

「守ってくれる男が、出来たようだな」

俺などより、よほど頼りになりそうだ。そう、苦笑しながら思う。

「あの子は、レイヴァンさまに憧れているのですよ」

「俺に?おまえ扱いだぞ、俺は。あの餓鬼が憧れているのは、おまえだろう、ルセア」

そんなことを話しているうちに、孤児院の建物に着いた。頬を飴玉で膨らませた子供たちが、鬼ごっこの続きを始めている。食事の用意を手伝ってくれている村の女たちが数人、扉の外に椅子を持ち出して、座り込んでいる。大きな籠に一杯のジャガイモを剥いていた。

「ああら、レイヴァンさまだ。久しぶりだねえ。こっちに来て顔を見せておくれよ」

「いい男だねえ、うちの亭主とは比べ物にならないよ」

「あんたの亭主と比べるほうが、間違ってるよ」

「なんだい、その言い草ァ」

恰幅のいい女が、ぎろりと一つ凄んで、それから大口を開けて笑う。女達の集まりというのは、ある意味、泣き喚く子供よりも賑やかだ。

「手伝おう」

レイヴァンは、女達に近づいていく。

「いやァ、あんたにそんなことさせるのは―――でも、そうだねえ、その男前をちょっとばかり拝ましてもらおうかね。ちょっとばかり、レイヴァンさまをお借りしても良いかい。ルセアさま」

「私は、司祭さまにご報告に参りますので、皆さんでお相手をお願いいたします」

ルセアは、女たちとレイヴァンに軽く頭を下げ、礼拝堂へと向かった。
女達はけらけらと笑いながら、レイヴァンに椅子を譲り、ナイフを手渡してくる。雌鳥の鳴き交わすようなおしゃべりが再開される。レイヴァンはくるくると器用に皮を剥き、時折、相槌を打つだけである。

「レイヴァンさまがお戻りになると、ルセアさまは嬉しそうだねえ」

「もっと、まめにお戻りくださいよ。あたしらもやる気が出るってもんだ」

「なんの、やる気だい」

どっと、笑いが起きる。

「ルセアさまは、本当に良くやっていらっしゃるよ。アラフェンの殿さまは、エリミーヌさまに興味の無いお方だからねえ。お偉い方たちからも、教会に寄進はほとんど無いし。司祭さまとルセアさまが、なんとか遣り繰りなさってる」

「こないだ、貴族の若さまが、喜捨のためとか言って、教会に寄っていったんだよ。そしたら、まあ、何したと思う。俺のものになれ、とか言ってルセアさまに迫ったんだよ」

「見た見た。あたしも見てたよ。見世物だったねえ、ありゃあ」

「おきれいな方だからねえ。男にゃ見えなかったんだろうねえ。レイヴァンさまも、まめに顔を出して、気をつけてあげないといけないよ」

恰幅の良い女に、背中をバシッと一つどつかれて、レイヴァンは思わず咳き込んだ。

―――何に、気をつけろと言うんだ―――

山のようなジャガイモを台所に運ぶ手伝いをし、煮炊きを始めた女達から、ようやく開放される。家屋の外に出したままの椅子に座ると、山際に星が瞬き始めていた。ぼおっと天上を見上げる。しばらくはそうやって、小さな光が増えて、夜空を覆っていくのを眺めていた。

「お疲れさまでした」

頭の後ろから、優しい声が、そう言う。
うん、と返事をしようと思ったが、その前に、首の周りに腕が巻きついてきた。

「ルセア」

その手を引いて、膝の上に座らせる。
間近に、見慣れた顔があった。きれいだと思う。レイヴァンの知っている、一番きれいな顔。青い泉のような瞳は、常には底知れぬ深さを湛えて静まっているが、今はさざなみを湛えて、潤んでいる。

髪に指を差し込んで捕らえ、唇を吸う。一瞬ためらうように、合わせた唇が震えた。柔らかに優しい感触に、欲しいという思いが堰を切る。渇えた人が水を与えられたかのような、貪るような動きで、口腔を犯し、舌を吸い上げてやる。抱きしめた体が、同じ熱さで求め返してくる。深く唇を合わせて、舌を絡め、粘膜で感じる甘さを貪った。

唇を離すと、ルセアが肩のあたりに顔を埋めてきた。荒れた息が首筋にかかる。

「こんなことをなさるものでは、ありません」

耳障りの良い声で、囁かれるから、背中がぞくりとする。

「すまん―――」

謝りかける唇に、白い指先が置かれ、言葉を遮られる。

「このまま、レイヴァンさまを、放したくなくなります」

顔を伏せたまま、微笑みを含んだ声が言う。

「誰かに見られても、か」

「神に見られても、です」

そう言った声は、しんと澄んでいた。
肩に伏せられていた顔が上がり、目を合わせる。
優しげな落ち着いた表情に乱れたところはなく、すでにいつものルセアに戻っていた。レイヴァンの膝から、すっと立ち上がり、手を差し伸ばしてくる。

「行きましょう。そろそろ夕食です。子供たちを待たせると、大騒ぎになりますからね」

レイヴァンは差し伸べられたルセアの手を、軽く握って立ち上がる。扉をくぐるときに、どちらからともなく、触れ合って絡んだ指を解いた。



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