「神、光あれと言給ひければ」 (4)
「部屋に、行きましょう」
ルセアが耳元で囁いてくる。いつもはさらさらと滑らかな声が、少し擦れて聞こえた。抱き合う身体から伝わってくる熱を愛しく思う。
「ああ」
レイヴァンは立ち上がり、ルセアの手を引いた。ルセアは微笑みながら立ち上がり、軽く指を絡み合わせてきた。そうやって感じる互いの気配は優しく、それでいて体の奥の熱を、密かに煽り立ててくる。
「ルセア」
「はい」
ランプの温かい灯りを映しこんだ、矢車草の青の瞳が見上げてくる。二人並ぶと、レイヴァンのほうが頭半分ほど背が高い。
「会いたかった」
ルセアは、少し驚いたように目を見開き、それから、ふわりと笑った。
「私も、お会いしたかったです。レイヴァンさま」
真剣にたわいも無いことを言い交わす自分たちが可笑しくなって、レイヴァンは笑う。ルセアもつられたように小さな声を出して笑った。二人は手を繋いだまま、寝静まった建物の中を歩いて行く。ルセアは開いた方の手にランプを持って、行き先を照らした。
廊下を突き当たり、小さな扉を開けてその先に続く渡り廊下を過ぎる。その先には小さな別棟があって、客室として使われる質素な部屋がある。孤児院から巣立っていった子供たちが、何かあった場合に帰ってこれる場所があるように、と用意された場所だ。レイヴァンがこの修道院を訪れたときも、たいていはこの部屋を使わせてもらっている。
ルセアは繋いでいた指を解き、部屋の扉を開けた。レイヴァンはルセアの手からランプを取り、小さな机の上に置く。
「――――っと」
すらりとした腕が背後から胴のあたりに回されてきて、思わず驚く。背中に押し付けられてくる身体の感触。
「おい、驚かすな」
返事は無い。首の後ろあたりに、さらさらした髪が触れてくる。
「ルセア」
「隙だらけですよ、レイヴァンさま」
囁く声が、密かな笑いを含んでいる。
「それは―――」
おまえと一緒にいるからだ、と言おうとして、思いとどまる。言わなくても互いに分かっていることだからだ。
「本当は―――いつもここに居たいんです」
ここに―――どこに―――互いの傍に。
互いの背中を守りあうように。
かつて、そうやって数年を旅に暮らした。
「ルセア」
抱きついていた腕が緩んだので、話す相手の方へと向き直る。肩を掴んで引き寄せ、滑らかな頬に口付けをした。青い修道服の高い襟元の留め金を外し、胸元の辺りまでを緩めていく。唇を吸いながら、胸元に掌を差し込むと、素肌の感触が気持良かった。気の向くままに、指の腹で肌を擦ってやる。合わせていた唇が微かに震え、すらりと細い指が、肩を掴んできた。口付けの合わせを変えようと唇を離すと、口元にかかってくる息が熱かった。
「ルセア」
名を呼ぶ自分の声が、かすれているのを聞く。ルセアの唇が追ってきて、首に腕が回ってくる。互いにぴったりと引き寄せ合って、唇を吸い、舌を絡め、熱を貪る。そのまま相手を喰らってしまいたくなるようなもどかしさと、そうやって繋がりあったまま溶けてしまいそうな甘さが、同時にやってくる。胸元を探っていた手が、僅かに感触の違う場所を探しだして擦りあげると、抱き寄せていた体が強張り、声を上げるために唇が開いた。喰らいつくように深く唇を合わせ、上げかけた声を吸い取る。
柔らかい粘膜を探りながら、細い腰を脚が絡み合うほどに引き寄せる。あからさまな情欲の証を、相手の身体に押しつけてやる。背中に回った指に力がこめられるのを感じる。その感触が愛しかった。ルセアの脚を押し広げるように自分の脚を差しこんでみる。びくびくと反応を返す身体は、自分と同じように熱い。
ルセアを欲しいと思うことを、おかしいと感じたことは無い。背中を合わせて守りあうことをおかしいと思わないように。こうやって互いのそばに―――これ以上ないぐらいそばに引き寄せあうことは、いつだってとても自然なことだった。
唇を離すと、互いの荒れた息が耳についた。
ルセアの手が襟元に伸ばされてきて、上着の留め金を外される。レイヴァンは剣帯を外して自分の剣を机の上に置いた。普段は眠るときでも、慣れ親しんだ鋼を肌身離さないのだが、ルセアと一緒に居るときは別だった。
上着を脱いで椅子の背に投げる。ルセアのほうに向き直ると、こちらに背を向け、修道着を半ば脱ぎかけていた。その背に抱きつくと、ルセアは慌てたように、頭だけをこちらに廻らせた。
「レイヴァンさま―――」
とまどったような、たしなめるような声で名を呼ばれるが、背に抱きついたまま寝台へと連れて行き、半ば強引に押し倒した。
「服を、脱ぎますから」
そういえば、ルセアは青い修道着を着たままで寝台に上がるのを嫌がる。
「エリミーヌを侮辱することになるか」
思い当たって、そう聞いてみる。何度かそう思ったことがあったが、口に上らせてみたのは初めてだった。詮索をするのもされるのも、好きではないのである。何故聞いてみる気になったのかは、自分でも分からない。
「こうすることが、エリミーヌさまに背くことだとは、思っていません。私はただ、レイヴァンさまの近くにいたいだけ。あなたの一番近くに―――です」
青い目が真摯な色を宿して見上げてくる。レイヴァンが見つめ返すと、その表情が柔らかく解けて微笑みを造った。
「そうか。おかしなことを聞いて悪かった」
「お謝りになることはありません。私のことを気にしてくださるのは、嬉しいです」
ルセアの手が伸びてきて、頬を緩く撫でられる。
「服が皺になると、後で面倒なので」
「――――そうか」
それはわかりやすい理由だな、と納得しかける。ルセアの瞳が楽しそうに細められ、形の良い口元から、忍び笑いが漏れた。
「冗談です」
ルセアの指が髪に差し込まれ、後ろに流すように梳かれる。
「本当は―――そうですね、レイヴァンさまと一緒に居るときは、レイヴァンさまのことだけを考えていたいからです。エリミーヌの修道士では無い、ただの私として―――です」
ルセアは少し濡れた声でそんなことを言って、にっこりと笑った。
「なら、俺も、ただのレイヴァンとして、おまえのそばに居よう」
「はい―――っ…あ」
首筋を強く吸われて、ルセアの身体が撥ねた。
「レイヴァンさま、服を脱いでもいいですか」
両腕を押さえ込んでしまったので、身動きの取れなくなったルセアが聞いてくる。
「そのままでいろ。何を着ていたところで、おまえはおまえだろう。気にするな」
ルセアが目を見開く。
「聞き分けの無い子供のようなことを、おっしゃらないでください」
珍しく困った顔をしているのが、可愛いと思った。
「子供でいい。おまえより年下だ」
「都合の良い時だけ、年下に―――」
半ばあきれたような、あきらめたようにそう言う唇を唇で塞ぐ。本当に嫌がっているわけではないのは、合わせた唇が微笑みの形を造っているから、分かる。
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