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「なれし故郷を放たれて」 (2)




竜騎士である青年の、すっきりと整った顔からは、透明で硬い石のような、生真面目な頑なさが見て取れる。
ヒースは理由あって、かつて所属していたベルン竜騎士団から、逃亡兵として追われる身である。不遇な身の上にあってなお、騎士としての理想と誇りとを心の拠り所としている。

リキアに逃れたあと、ラウス候ダーレンの息のかかったユバンス傭兵団に身を寄せ、オスティアへの反逆軍の一兵として戦うこととなった。オスティアとトリアの領地境の砦での戦で、傭兵団長のユバンスと意見を異にし、エリウッド軍へと投降することを選び、今はここ、オスティアに居る。

「こいつは、おまえさんちに放りこんどくぜ」

ラガルトは武器の束を担いだまま、近くの草地にぽつんと拵えられた、こじんまりした天幕へと向かう。手伝おうと追いかけてきたヒースに軽く笑いかけ、目で制した。ヒースは荷を運ぶラガルトの先に立ち、天幕の入り口を開けた。荷を降ろし、連れ立って竜のそばへと戻る。

「いつも、すまない。呼んでくれれば、俺が運ぶんだが」

ヒースは、本隊が陣を置く場所からは少し離れ、人目に立たぬ場所に自分だけの天幕を結ぶのが常だ。竜を降ろして世話をするには、人の多い場所では邪魔になる。それに、竜の姿を見かけることの少ないリキアでは、その巨大な姿を目にしただけで、震え上がる人もめずらしくはないからだ。

「ここまで呼びに来るんだったら、持ってきちまったほうが、早いからな。そこのでっかいのにも会えるしよ。なあ、ハイペリオン」

ヒースの傍らにそびえたつ生き物の、顔のある辺りを見上げる。ぐるる、と喉声で返事があって、飛竜の長い首が下りてきた。両手を一杯に拡げて、どうにか抱えこめるほどの大きな鼻面が、鼻息がかかるほど近くに寄ってくる。

飛竜の身体は、灰色の厚い皮に覆われている。ごつごつして見えるが、触ってみると、案外と滑らかだ。六本の角が額から顎のあたりを取り囲むように生え、頭の後方に向かって伸びている。首の後ろ、馬で言うならたてがみの位置には、角質化した皮膚が軟骨を覆い、尖った短剣のように並ぶ。

長い骨の間に丈夫な皮膜を張ったようなつくりの巨大な翼は、今は邪魔にならぬよう折りたたまれている。翼とは別に、身体の割には小さい前足が有る。身体のバランスをとるための、長く伸びた尻尾の先が、ぴたん、ぴたん、と調子をとるように地面を叩く。

ぐるる―――

竜は喉を鳴らして、ラガルトの身体にぐいぐいと顔を押し付けてくる。いわゆる親愛の表現なのだが、押されたラガルトは、その勢いに負けて、数歩ずるずると後ずさった。

「おっと―――もうすこし加減してくれよ。吹っ飛ばされちまうぜェ」

間近に見る大きな目は、案外と可愛らしい。飛竜の機嫌の良い時には、青く澄んだ宝玉のように美しく穏やかだ。手を伸ばして、目と目の間を掻いてやる。瞼の下側に僅かに見えていた、半透明の瞬膜がするすると上がり、瞳が半分ほど隠れた。まるで笑っているような表情になる。

ぐるぐるぐる―――

唸り声は高くなって、もっと、と大きな顔を擦りつけてくる。

「うわ―――おいおいおい」

ラガルトの腹の辺りに顔を擦りつけたまま、竜の首が上がった。地面からすくい上げられて体が浮き、慌てて角を掴んで身体を支える。

「降ろしてやれ。ハイペリオン」

ヒースの澄んでよく通る声が、命令というより提案といった調子で言う。ハイペリオンは、主に対して頷くような仕草で、ラガルトをそっと地面に戻した。
竜騎士がめずらしく、声を上げて笑う。

「ずいぶんと懐いたものだな。こいつが人に甘えるのは珍しいんだが」

「そういやあ、最初はすげえ警戒されたっけなあ」

鼻面を掻いてやると、竜はおとなしく目を閉じた。
警戒されたのは、本当のところを言えば、竜からではない。その主、緑の髪の竜騎士のほうからである。ラガルトが初めて会ったときのヒースは、全身に緊張を漲らせていた。ラガルトが話しかけると、綺麗な顔にあからさまな警戒の色を浮かべた。騎士の緊張を感じ取って、近くにいた竜が地を伝う低い声で唸り、その瞳を怒りの赤に染めた。

年若い竜騎士には、ひどく頑なで、硬く澄んだ印象があった。澄みきった冬の地平、淡く青い空を思わせる目をしていた。
竜に唸りかけられ、ラガルトは薄い唇の端を上げる。

―――そうつれなくするもんじゃねェよ。俺はおまえさんたちが気に入った。仲良くしてくんな。

綺麗な生き物だ。綺麗で強い。竜も、その騎士も。
綺麗なものは、好きだ。本当に綺麗だと思う存在は、そう出会えるものでは無い。好きなものには、何かとちょっかいをかけ、構ってやりたくなるのが、性分だった。

幾度も話しかけるうちに、がちがちに硬かった鎧が剥がれ落ちてくる。その頑なさをからかい、冗談を言って何度も顔をしかめさせた。最初は戸惑った顔を見せていたヒースだったが、ぽつぽつと返事を返すようになり、そのうちに、ためらいがちな笑顔を見せるようになった。それと共に、竜のほうもラガルトの存在に慣れた。今ではすっかり懐かれていて、顔を見せればじゃれついてくる。まるで巨大な猫が喉を鳴らしているような、驚くほど人懐こい様子を見せる。

騎士と竜とは一心同体、時として感情も感覚も共にするのだと聞いたことがある。気持ち良さそうに目を閉じる竜の顔を掻いてやりながら、喉を撫でてやったら、生真面目な騎士のほうもこんな顔をするだろうか、と思った。ラガルトは口元だけで、にやりと笑う。せっかくここまで馴らしたのだ。そんなことをすれば、また、がちがちに警戒されてしまうだろう。実行に移すのはやめておくが―――

「こいつ、洗ってやるんだろ、手伝うぜ」

「あ、ああ。よろしく頼む。ええと、すまないな、色々と―――」

ヒースが、少し戸惑った感じの声で言う。竜騎士としてでは無く、素の自分として話しているときのヒースからは、頑なな感じは受けない。むしろ、世慣れぬ少年めいて、すこし頼りなげだ。最近では、ラガルトに対して、そうした素顔を見せることが少しずつ増えていた。自分では、その変化に気づいてはいないだろうが。

「ハイペリオン、行くぞ」

騎士の声に反応し、竜が身体を伏せた。ヒースがその背に飛び乗り、ラガルトが身軽くそれに続く。前に座るヒースの身体に腕を回して、自分の身体を固定する。ヒースが手綱を捌くと、竜の翼が広がった。ばさり、と数度空を切る音がして、ハイペリオンの身体がふわりと浮いた。

鳥と違って、相当に重さのある竜が簡単に浮くことができるのは、竜自体が魔道に近い力を持つからだと言われている。ベルンの飛竜は、古の強き竜たちの血を引く。飼いならされ、その血は薄められたとは言っても、簡単に手なづけられるような生き物では無い。竜と番になれるのは、選ばれたるベルンの竜騎士のみなのだ。

竜が飛翔すると、地上にあるものが、あっという間に小さくなった。ラガルトは、天空の騎士でなければ拝むことのできない、美しい眺めを楽しむ。ついでに、抱きついた腕の下でしなやかに動く筋の感触も楽しんでいるのだが、生真面目な竜騎士に気取られてしまわぬよう、余計な動きはとらない。

竜の翼は強く、速い。たいした時間はかからずに、緑の中、牛や羊が点々と散らばる牧場が見えてきた。このあたりはオスティア候が直接に治める土地で、オスティアの城で使う農産物を生産する場所だ。ここでなら簡単に「竜の餌」を手に入れることができる。ヒースとラガルトを見晴らしの良い丘陵に降ろし、身軽になったハイペリオンは、ひらりと優雅に飛び立った。美味そうな獲物を見つけて、狩りを始める。ラガルトとヒースは、牧草の上に腰を下ろし、楽しげに食事の準備をする竜を、見物することにした。



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