parasite-NET


「なれし故郷を放たれて」 (3)




「ずいぶんと、はしゃいでいやがるな」

ラガルトは地面に寝転がる。青っぽい牧草の匂いがした。竜の巨大な影が円を描きながら天空を横切っていく。

「分かるのか。あんたは竜騎士じゃないのに」

ヒースはラガルトの傍に、膝を抱えるようにして座っている。青年の声は容姿と合って、涼しげに耳に響いてくる。

「そんなもん、見りゃわかるさ。ハイペリオンも―――おまえさんもな」

「それは、俺が考えていることが、分かるということなのか」

ヒースが慌てた様子で聞いてくる。

「そう、分かりやすいぜェ」

「そんな―――それは、困る」

「知られると困るようなことを、考えてんのかい。真面目そうな面して、案外と好きな女のことを考えていたりとかなァ」

「不謹慎なことを考えているわけではない。ええと―――だが、そうだな…困る」

寝転んだままヒースの顔を見上げると、空色の目が、視線を合わせにくそうに泳いでいる。

「冗談だ。俺の言うことを、いちいち本気にしなさんな」

ラガルトは反動をつけて半身を起こした。胡坐を組んで後ろ手を着き、伸びをする。

「俺をからかっているのか」

ヒースはほっとしたような、それでいて、少しだけ拗ねたような顔をした。きれいに整った眉が下がり気味になる。

「人をからかうのが、俺の趣味なんでね」

ラガルトはヒースの顔を覗き込んでにやりと笑う。

「育ちが悪いもんでねェ、人も悪いのさ。許してくんな」

「別に、怒っているわけではない。その―――あんたの冗談が嫌いなわけでもない」

ヒースは膝を抱え直した。顔を上げてラガルトと目を合わせ、笑う。

「ヒース、おまえさん―――可愛いねェ」

間近に顔を近づけると、びくっ、とヒースの肩が震えた。座ったまま、ずるずると後ずさりする。

「真剣に、退いてくれるなって」

ラガルトは苦笑する。

「そ、それも、あんたの冗談なんだな。―――わかった。出来るだけ、慣れるよう努力する」

ハイペリオンは翼を動かさずに滑空していた。竜の影がするすると流れるように、青い空を移動していく。一瞬、まるで空中に貼りついたかのように、その動きが止る。青い天空を竜の形に切り取ったかのような、影。それから、いきなり垂直に落下するかのような動きで、これと定めた獲物に襲いかかる。

地上近くになると、巨大な羽が空を叩く音がし、後ろ足の硬く強い爪が、一撃で羊の心臓を貫いた。獲物を地上に縫いとめて、ばさりと羽を広げる。ハイペリオンは得意気にこちらを見て、さらにばさばさと数度はばたく。後ろ脚で獲物を掴んだままぴょんぴょんとはねて、ラガルトとヒースのほうに近づいてきた。狩りの興奮に赤っぽく輝く目がヒースを見る。それから長い首を傾げた。子供が何かをねだるような仕草である。

「よし。お食べ」

騎士が笑いながら叫ぶと。高く吼えて返事をした。
巨大な歯が獲物の腹に詰まった内臓を噛み千切り、頭を振るようにして肉を裂く。細かく咀嚼するわけではなく、適当な大きさに裂いたところで、顔を上げて飲み込んでしまう。

「ゆっくり喰えよ、ハイペリオン。行儀が悪いぞ」

ヒースが叫ぶと、竜はがつがつと喰らいついていた獲物から顔を上げ、身体の割りには小さな前足で口元を拭うような仕草をした。それから、多少はゆっくりとした動作で、食事を再開する。

「可愛いもんだ」

ラガルトは、その様子をのんびりと眺める。
ベルンの人間でも。竜と騎士のこういった寛いだ姿を目にすることはほとんど無い。竜騎士はすべて王の軍に属し、町の民の目に触れぬ場所で暮らしているからだ。猛きベルンの戦竜と騎士も、こうやってのんびりと食事などしているときは、散歩中の犬とその飼い主のようである。

ハイペリオンはもう一度狩りをし、二頭目の獲物をあらかた片付けたところで、二人の待つ、丘陵近くに舞い降り、機嫌よく喉を鳴らしながら、のしのしと歩いて戻ってきた。平らだった腹のあたりが、ぷっくりと膨らんでいる。その顔は獲物の体液でべとべとに汚れている。空を飛ぶ時の優雅さと比べると、地上を歩く竜というのは、不器用で間が抜けていて愛嬌がある。

「食べすぎじゃないのか、ハイペリオン。飛べるのか、それで」

ヒースが呆れたように言うと、竜は身体を低くした。飛べるに決まってるよ、どうぞ乗って、と言わんばかりの澄ました顔をしている。

再び飛竜の背に乗った二人は、オスティアとエトルリアの国境近くへと向かう。間もなく眼下に小さな湖が見えてきた。国境の山々に囲まれた火口湖は、エトルリア東部にて海へとそそぐ大河の水源となっている。湖のほとりへ、巨大な翼がふわりと舞い降りた。

「ほら、行った。ちゃんと顔を洗えよ、おまえ。口の周りが汚れているぞ」

竜は翼を広げた姿で不器用に歩き、湖の中へと入っていく。一足ごとにばしゃばしゃと大きな水飛沫が上がった。

「うわっ。静かに動けよ、もう」

飛沫というより、ほとんど波と言っていい量の水を被って、ヒースは頭を振った。髪からぽたぽたと水滴が落ちる。

「―――ったく」

楽しげな、はしゃいでいると言っていいような竜騎士の様子を見て、ラガルトは口元に微笑みを浮かべた。竜の主である青年は、たいていは生真面目な、どこか緊張した様子をしている。人に立ち混じることに慣れていないのだ。人里離れた場所に竜と共にいる今は、頑なな様子を解いてくつろぎ、少年めいた明るい笑いを見せている。

ヒースは、濡れた上衣を頭から脱いだ。鍛えられて整った裸身が現れる。見て気持の良いバランスのとれた体つきをしている。肩と腕に滑らかな筋が乗り、腹から腰はすらりと締まって細い。濡れた肌が、高い日を弾いて光る。
無遠慮に眺めて楽しんでいると、視線に気づいたらしいヒースが振り向いた。

「なんだ―――」

「いや、きれいな身体してるなァと思って」

そう言いながら、胸のあたりを流れ落ちる雫を目で追う。

「冗談にしても―――」

真っ赤になって言い返す言葉尻は、もごもごと曖昧に消えた。
ヒースは赤みの増した顔を背けて、ハイペリオンの方に向き直る。ばしゃばしゃと水音を立て、走って湖の中に入って行った。

ラガルトは、いつも身に着けている刃よけのマントを外して、岸辺近くの木の下に置いた。腰に着けていたナイフを外す。上着も脱いで上半身裸になると、澄んだ日差しを肌に感じる。額の辺りでバンダナで止めていた長い髪を一つにまとめ、おおざっぱに紐で括った。

水面は取り囲む木々の影を映している。それを乱すように踏み込むと、澄んだ水はひやりと冷たく足にまつわってくる。
腰の辺りまで水に浸かり、ばちゃばちゃと気持よさげに水浴びをする竜に近づいていく。



Back  Next

SS index

home


http://red.ribbon.to/~parasite/  Copyright 2004 ©Torino Ara,All Rights Reserved.

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!