「おあずけ」 (3)
おばちゃん、アンタ、死ぬ気かよッ。
しかたねえから、俺もおばちゃんを睨み付けては見るものの―――睨み合いじゃ負けるに決まってんだろ、相手は本気なんだからよ。
斧の鉄の刃の重さが乗っかっての一撃を、剣の鎬筋で受けて、一旦身体を沈めてから弾きあげる。その勢いで、相手が数歩下がる。上から切り下ろす刃は、鉄にあたって鈍い音がした。腕が痺れるような反動がくる。斧の刃が回って、こっちの剣にがきっと咬む。
なんだよぉ、俺のかわいこちゃんを、たたき折ろうってのかよ。
腕の力で剣全体を大きく回す。ギン、と金属の擦れあう嫌な音がして咬み合っていた刃先がはずれる。
斧ってのは、大振りになるし、重さで身体を持っていかれやすいから、隙が多い。当たればダメージは相当でかいが、下手な奴が使うんなら剣相手よりおっかないもんじゃねえんだが―――頑丈なだけに壊れにくく、重さがあるだけに弾き飛ばしにくい。普通の剣なら俺の力なら簡単に吹っ飛ばせるんだが。
どうやったら、おばちゃんにケガさせずに―――まあ、ちょっとぐらいのケガは我慢してもらうとして、おおざっぱなところでは無事に、このチャンバラを終わらせることができるんだろうなあ。
相手が、斧を構え直そうと重心を移動させている間に、間合いを取るのに目一杯剣をぶん回す。おばちゃんがザッと後ろに退いて、両手で斧を構え直した。後ろで、ラガルトが舌打ちするのが聞こえる。てめえ、どいてろよ、頭の後ろに目はくっついてねえんだから、ってか、なんでまだそんなところに居やがるんだ。とっとと、ケツ捲くって逃げやがれってんだよ。
「なあ―――そいつを引っ込めろよ、頼むからよ」
「坊やこそ、そこをどきな。あたしが用があんのは、あんたのでっかい図体に隠れて、こそこそしてやがる鼠だよ」
困った。
苦手なんだよ、手加減するのは。つうか、できねえんだよ。ラガルトみてえな小器用なまねは。
しかたねえな。
構えてた大剣を下ろす。そのまま、ゆっくり身体の後ろへと回す。剣先が、石畳の床を引っかいて、ズラァ、と金属質の音が響く。おばちゃんの顔を睨みつけて歯を剥く。
「んだ、こらぁ」
唸るように凄んでやる。
本気でぶっちぎれて、凄んでる訳じゃないんだが、そう見えたほうがいい。
剣を両手で握り直し、剣先に意識を集める。じりじりと間合いを詰めてきていたおばちゃんが、斧の柄を握り直した。前面ががら空きになってることろに、飛び込んでくる。横ざまにぶん回すような一閃。
後ろに引いた大剣にすべての力を乗せ、振り回し、振り上げる。
ガン、と破裂音がして、上手いこと狙い所に入ったのがわかった。鉄の斧は、刃の付け根のあたりから、二つに砕け散った。重い鉄の刃が木っ端のように回転して、俺の横の壁に突き刺さる。おばちゃんが、ふらふらとよろけて尻餅をついた。
俺はつめていた息を吐いた。
ったくなんだって、こんなことになってんだよ。
おばちゃんは気の抜けた顔で座りこんでいる。
さて、俺ァどうしたらいいんだ?
振り向くとラガルトがなんだか難しい顔で壁際に立っている。そのすぐ横、俺がさっき出て行こうとした扉は開きっぱなしになっていたが、その奥から、見慣れた姿が近づいてくるのが見えた。
「あっ、兄貴」
そうだよ、俺が考えてもわかんねえことは、兄貴に聞くのが一番だぜ。
俺は、扉に向かって歩きかかった。一歩踏み出そうとした瞬間、
「ライナス!」
鋭い警告の声。
ラガルトだ。反射的に後ろに向き直る。
重い衝撃がきて、身体を吹っ飛ばされかかる。
ラガルトが何かを叫んだ。
見下ろすと、半白の髪。おばちゃんに体当たりをくらったらしい。
ついでに腹のあたりが熱い。
その身体を突き飛ばそうとして、反対に自分の足がよろめいた。身体を支えきれずに転ぶ。鈍い金属の輝きが目に入った。
おばちゃんが包丁を握って立っている。
いやあ、なかなか抜け目がねえなあ、おばちゃんも。
尻餅をついたまんま見上げると、おばちゃんの目は俺じゃなく、ラガルトを見ていた。
駆け寄ってくる靴音は兄貴だろう。
扉の方へ、振り返ろうをする鼻先を、ひゅっと掠めるようなスピードで黒い影が抜けた。
何が―――
振り向くと、きらめく双振りの短剣が左右に空を切り裂く輝き。その先から、血飛沫が上がっている。
ラガルト、てめえ…っ!
黒いマントの向こう、崩れ落ちる体を見る。えらくゆっくり、止まってでもいるかのようにゆっくりと。包丁が床に跳ね返って、俺の足元に転がってきた。
「リーダスに刃を向けるのは許さねえよ」
しん、と響きわたる冷たい声がした。
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