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「おあずけ」 (4)




ラガルト、てめえ―――

「始末しな」

ラガルトが言うと、数人が、おばちゃんの転がって動かない体に近寄ってくる。
てめえってやつは―――

許さねえ。

勢いをつけて起き上がる。

「ライナス」

すぐ後ろから兄貴の声。
すでにこちらに向きなおりかけていたラガルトが驚いた顔をする。その顔を思い切り殴りつける。避けられるかと思ったが、思い切り右頬に入って、ラガルトの身体が吹っ飛んだ。床に叩きつけられる。

「てめえ、なにも…っ」

なにも、殺すこたぁねえじゃねえかよ。そりゃ、俺たちは殺し屋だろうさ。だけど、おばちゃんは、おばちゃんだろ。俺に切りつけてはきたけれど、ありゃあ、正気じゃねえよ。殺さなくっても、何とかなったはずだろ。

自分が唸り声を上げているのに気づく。床から半身を起こしかけているラガルトに掴みかかろうとしたが、後ろから組み付かれて、両腕を絡み取られる。振り払おうとしたら、頭の後ろから、兄貴の声がした。

「座れ、ライナス」

ひどく静かな声だが、そういう時の兄貴の声は良く通る。

けどよ―――こいつが―――
両肩の辺りを留められているのを、無理に振り切ろうとする。

「ライナス」

俺は唸った。ラガルトを睨みつけながらも動きを止める。兄貴の声は低いが、それは命令だった。逆らうわけにはいかない。

「座れ」

命令に、お願い、が混ざっている。座ろうとする、と膝が崩れて尻餅をついた。後ろから肩のあたりを引き寄せられるから、そのまま体重を預ける。そろりと寝かされる。見上げると兄貴の顔があった。
ひでえしかめっ面をしているから、怒らせたのかと思う。
服の合わせを開かれる。ああ、そうか、刺されたんだっけ。

「たいしたことねえよ」

「おめえは、黙ってろ。なんでもいいから布切れよこしてくれ。布巾?ああ、かまわねえよ。それからベルガドを呼べ」

その声は恐ろしく真剣だった。

「…んだこりゃ」

兄貴が変な声を出すから、台所の床にべったり寝そべった顔だけをあげる。兄貴がくだけた林檎を俺の腹のあたりからとりだした。崩れてはいないが、血のついたもう二個も。

「あ、それ、さっき―――」

兄貴の部屋に行こうとして、掴んだやつ。邪魔だから服の中に突っ込んだんだっけ。

「黙ってろ」

怒られる。
腹の辺りを拭われる感触。ここにきて初めて痛みらしきものを感じた。

「いてて―――」

兄貴がため息をつく。

「ちっと、穴は開いたが、中身にまではいってねえ。林檎と腹筋で止まったんだな。おまえの食い意地が役に立つことがあるとはな」

身体を起こす。腹筋を使うから、さすがにちっとは痛い。兄貴が急いで体を支えてくれる。布に包まれたおばちゃんの身体が、戸口から運びだされて行くのが見えた。運んでいくのは、兄貴の子飼いの連中だ。それを見て、胸のあたりがむかつく。ラガルトが、その後を追うように出て行った。こっちを振り向こうともしやがらねえ。

「待ちやがれ、この―――」

ぐい、と襟首を掴まれ、引き戻される。
それを振り切って起き上がろうとすると、腹に差し込むように痛みが走った。

「つっ」

顔を顰める。

「この馬鹿たれ」

ずるっと後ろに倒れかかる身体を抱えられ、寝かされる。頭の後ろに膝を差し込まれる。
べちい、と平手で額をひっぱたかれた。

「いてえ」

「腹に穴開いてんだ。ちったあ大人しくしろ。これ以上暴れやがったらとどめを刺すぞ」

見上げる目にはなにやら剣呑な光が―――

「でもよ―――」

「怪我人はここかあ」

熊みてえな髭もじゃが姿を現した。俺よりは背丈は小さいが、ガタイの幅は俺をしのぐ。熊男の名はベルガドと言い、牙の中で医者みたいなことをしている。
熊は、じたばたもがく俺の腹にアルコールをぶっかけた。



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