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「おあずけ」 (6)




夢を見ていた。
俺は走っている。
手の触れそうな距離に兄貴の背中。

待ってよ。

兄貴は急いでいるようには見えないのに、追いつけない。

待てってば―――

指先に何か触れた気がして、掴もうとする。
さらりとした布の感触。
掴みしめた拳を手の平で軽く叩かれる。

「ライナス」

兄貴の声だ。

「ちっと、離しな」

目を開けると、兄貴の顔が見えた。ベッドの上に起き上がって、夜着を羽織かけている。その端っこを俺が掴んでいるので、ベッドがら離れようとしたところを止められ、こっちを振り向いていた。

なんだ―――やっと捕まえたのに。
夢と現実がごっちゃになるから、なんだか、掴んでいる端っこを離してしまうのが惜しいような気がする。
コンコン、とノックの音。

「ほら」

手の甲を撫でられる。兄貴は、力を抜いた俺の手から寝巻きの端を引っ張り出して、前を合わせながらドアの方に歩いていく。
誰だよ、真夜中じゃねえのか、今。
かったるいので、目を閉じる。話が済んで、兄貴が戻ってくるのを待つことにする。

「よお」

ドアの外から声。
んっだよ、ラガルトじゃねえか――――
寝返りを打ちかけて、

ん、ラガルトだぁ?
半分寝ぼけた頭に、正気が戻る。

「ラガルト、てめえ―――」

がっ、と身体を起こしかたところで、腹に刺しこんでくる痛みを感じた。
「だっ」
べたっと仰向けにひっくり返る。

「動くな」

ひやり、と耳に響く兄貴の声。有無を言わせぬ命令口調だ。俺は唸った。痛みのためじゃない。ドアの外にいるはずのラガルトに向かってだ。

「そっから一歩でも動きやがったら、ただじゃおかねえ」

だっ、だけどよ―――。

「悪ぃな。坊やはおねんねかと思ったんだが。アイシャを遣すわ」

「構わねえよ」

いや、構う。俺が構う。せめてそいつと差しでやらしてくれよ。

「アイシャは、揚羽についてんのか」

「ああ。おばちゃんには、ちっと、怪我さしちまったんでな。傷が塞がるまではここに置くかと思ったんだが、本人が嫌がってる」

―――ケガ?……怪我??

「出て行かせるなら急ぎな。裏道使うにしても、明るくなれば人目につく。それから、これを」

ちゃり、と微かな金目の音。

「ああ、ありがとよ。アイシャから渡させる」

ラガルトが小さく笑う声。

「こっから出て行ってもなあ。あの年で身寄りもなきゃあ、他に身を寄せる場所もねえだろう。これから一生、逃げ隠れして暮らすことになる。こいつは、よけいなお節介ってやつなのかの知れねえな」

「こっから先は、揚羽が決めるこった」

「ああ―――」

えーと、あのさ、さっきから何言ってんのかいまいち解らねえんだけどさ、それだと、おばちゃんは死んでねえっていう―――

「あ―――」

「口を出すな」

口を開けた瞬間に兄貴の声が飛んでくる。口を開けたまんま、頭をひねる。くっ、くっ、とラガルトの笑い声。てめえ、今のは俺を笑ったなあ。

「おばちゃんが、最後に坊やにあやまりてえんだと。どうする」

会話に、少し間が開く。

「連れて来な」

「わかった」

静かに扉が閉まる。
兄貴が俺のほうに戻ってくる。半ば起こした体の肩に手を掛けられ、寝かされる。ベッドの横、机の上にある蝋燭に火が入る。ゆらゆらとした火に照らされる兄貴の横顔。

「おばちゃんは、生きてるのか」

「いや」

「いや、だってよ。今さっき言ってたじゃねえか。怪我したとか、出て行くとか」

「揚羽は死んだんだよ。ここを出て行くのは、別の女だ。わかるな」

遠まわしな言い方だが、さすがに何を言われているのかはわかる。

「そうか、兄貴が―――」

「いや、あいつだ」

あいつ、ってのは、あいつか!?

ドアが静かにノックされる。

「入りな」

ドアが開いて、黒いフード付のマントを着た旅装の人間が入ってきた。フードを後ろに外すと、半白の髪。
その姿を見て、俺は本気で泣きたくなった。



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