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「おあずけ」 (7)




薄ぼんやりと明るい蝋燭の灯の中、俺の顔を見つけると、おばちゃんは深く頭を下げた。
そうして、そのまま出て行こうとする。

おばちゃん、あのさあ―――
引きとめようと思い、手を伸ばして―――
こういうときは、何て言ったらいいんだろうな。

「ありがとな」

こっちに振り向いたフードの下の硬い表情が、少し緩んだような気がした。

「元気でね、坊や」

それだけいうと、背を伸ばして、部屋を出て行く。俺は、もう二度と見ることはないだろう姿を、寝台の上に寝転がったまま見送った。
兄貴は表情を変えないままで、俺の傍に立っている。

「揚羽の息子を仕留めたのは、俺だ」

その横顔が、厳しい。

「いい腕してやがったからな。頭も良い奴だから、ひっかけんのは無理だ。正面から切り捨てた」

兄貴がいい腕って言うなら、そりゃあ、ずいぶんな手だれってことなんだろう。

「そいつは、なんで、逃げやがったんだ?」

「わからねえ。奴が消えたのは、ずいぶん昔のことになるし…な。お前が、一人前になる前の話だ。時々は俺と組んで、仕事もしていた」

―――やっぱり、兄貴がらみなのかよ。俺のカンも捨てたもんじゃねえな。女相手じゃあ、なかったけど。

「腕は良いんだが気の優しい男だったから、ここにゃあ、いられなかったのかも知れねえな。おっかさんのほうは、気性の勝った女だが。奴は、仕事の後に、姿を消しちまうことがよくあって、ある日、そんまんま戻ってこなくなった」

「粛清にはひっかからなかったのか」

「死んだと思われていた」

あれ、でも兄貴、仕事の後に姿を消したって言って……。

「仕事から、そのまんま帰ってこなけりゃ、返り討ちに合ったと思われるだろう。揚羽は息子の死を、信じなかったけどな」

兄貴の目は、どこか遠いところを見ている。俺は兄貴の方に手を伸ばして、その袖を捕まえた。兄貴は苦笑しながら、俺の寝転がっている寝台に腰をかけた。

「兄貴は知ってたのか」

「最後の仕事で組んでたのは俺だ。奴ァ、仕事を終えた後、わざわざ俺んとこに来て、挨拶しやがったのさ」

「それ、親父に言わなかったのか」

「言わなかった」

兄貴に近かった奴だってのは、わかったが、それはその、女じゃないけども、そいつはアレ?アレなの?俺以外に良い奴がいたっていう―――

「それは、」

「違う」

間髪を入れない返事。早いよ、兄貴。

「奴ァ、俺とは違う人種だったのさ」

それっきり、口を噤む。
その腰に手をやって、引き寄せる。

「てめえ、甘ったれんじゃねえよ」

そう言いながらも、身体を返して、俺の横に寝転がってきた。
夜気に身を晒していたから、また俺よりも冷たくなっている首のあたりに鼻を埋める。

「兄貴さあ、俺が粛清されそうだったらどうする?」

「なんだ、可愛い女とでも、手に手を取ってこっから抜けようってのか」

ニヤニヤしながら、顔を覗きこんでくる。

「いや、えーと、例えっていうか…」

聞いてみたかっただけだ。

「そんときゃあ、他の奴らを全部殺っちまえばいい」

その目に蝋燭の灯が映りこんで、ゆらゆらと煌めいている。
おっかねえなあ、牙の全員を殺る気かよ。
楽しげにぶっそうな冗談を言う口を塞いでやる。
肌のひやっこい感じからは想像もつかないほど、兄貴の中は熱いのだが、今日は俺の体温のほうが随分高いから、生ぬるいぐらいに感じる。
ぴちゃぴちゃと音をたてて、互いの粘膜と体液を貪りあうような口付けをする。

「何さかってんだ、怪我人が」

そういう息が荒れていて、舌は濡れた唇を舐めている。

「さかってんのは、俺、か」

伏せられていた目が、こっちを見上げてくる。こういうとき、ああ、きれいな顔してるよなあ、と思うのだが、そんなことを言うと兄貴の機嫌を損ねるから、心の中で思うだけにしておこう。

「兄貴が粛清されそうになったら、俺は―――」

「誰が、俺に粛清かけるんだよ。親父か?」

にやにや笑い。
そういうことが言いたいんじゃねえよ、と言うと、わかってる、と返された。
滑らかな頬の辺りを舐めてやろうと差し出した舌にしゃぶりつかれる。咬んだり、ざらざらした表面を擦り合わせるようにしたり、そういう口付けは、喰われちゃってる、って感じに近いと思う。

兄貴が、こういう感じに、自分から仕掛けてくるのは珍しいから、入り込んだ舌としゃぶりついてくる唇に、口内を明け渡してやる。舌の裏側あたりを、尖らせた舌が這ってきて、深く唇が合う。唾液をすすられて、それを飲み込む音をが耳を打つ。

ゆっくりと唇を離す。

「おまえの熱っぽいのが、移った」

兄貴は微笑んでいる。笑う目元のあたりが色っぽいなあと思う。本人には、んなこと死んでも言えねえけどよ。
離れる唇を追っていこうとしたら、掌で口元を押さえられた。仕方ないから、その手にしゃぶりつく。手首を捕まえて、形のきれいな指を唇にはさみ、舌を這わせる。

「放せって、止まんなくなったら困るだろうが」

えっ、いやもう、止まんないんですけど。
上目遣いに、兄貴の顔を見る。

「腹の傷が開いたらどうすんだよ。熊に釘を刺されたろうが」

ああ、そういえば、激しい運動禁止とかなんとか。
でもさあ、なんかさあ、生きてるおばちゃんの顔見て安心したせいか―――もう腹なんか痛くねえし。

「このまんまじゃ、熱くって、眠れねえよ」

熱のあるとこに、こういう刺激がきたらさあ、やっぱ勃つだろ。
兄貴の身体を引き寄せる。

「よせって―――って、おまえ、馬鹿野郎」

身体をぴったりくっつけると、お互いの状態が分かるから、兄貴は眉をしかめてため息をついた。

「行儀の悪い坊やを、寝かしつけろって言うんだな。よしわかった」

それ、ほんと?兄貴ったら、今日は気前がいいじゃねえか。
じゃあ、続き―――

「おあずけ」

ぴしっ、命令口調に思わず動きを止めてしまう。兄貴は動きを止めた俺の腕から身体を抜いた。

「解ったから、てめえはそのまま寝っ転がってな」

そう言い残して、兄貴は上掛けの中に潜り込む。固まりながら驚いていると、いきなり、立ち上がったモノの先端に濡れた感触。

「うひゃあ」

思わず、声を上げる。

「ヘンな声だすな」

上掛けの中から、くぐもった不機嫌そうな声がした。



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