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「騎士の祝宴」 (4)




―――デート?
私はそのようななことをしていた覚えはないのだが。

ケントは心の中で首を傾げる。

酔いをさまそうと思ってここに居たら、貴様がやってきただけで……えーと、デートなのか、これは。デートというのは愛し合う…そこまでいかなくても良いが、互いに好意を持つ男女が親交を深めるべく、どこかに出かけることなのだと思っていたのだが。
まねごと程度なら、私もしたことがあるぞ。上司から紹介された女性と出かけたのだが、その方とはろくに会話もできず、気まずい思いをさせてしまったと思う。たいへんに失礼なことをしてしまったと、今でも反省しているのだ。これがデートだとすると、私はおまえにつまらない思いをさせてしまうに違いない。

………困る。

「そんなに考えなくてもいいからさ」

セインは手を差し伸べたまま、待っている。

「リン様とフロリーナちゃんみたいにすればいいんだよ」

ケントは楽しそうにはしゃいでいた少女たちの後姿を思う。

―――リンディス様も、フロリーナさんとデート中だと言っておられた。私は寡聞にして存じ上げなかったが、同性相手でもデートというのは、ごく普通に成立するものなのだな。私は本当にこういった方面には疎いので、まだまだ学ぶべきことは多いようだ。うむ、あのお二人は大変に可愛らしい様子だった。そうか、あのようにすればよいのか。
……………私と貴様があのようなまねをしたら、大変に気持ちが悪いことになるのではないかと思うのだが。

「ケントさん」

―――はい?

芝生の上に跪いたまま、ぽやっと考えこんでいるところに声をかけられ、ケントは首を傾げながらセインを見上げた。自分の顔を覗き込んでくる男は、優しげな、少し困ったような微笑を口元に浮かべている。

「だいたい、何を考えているのかは分かってるんだけど、そんなに難しく考えなくていいから。俺と一緒に居てくれればいいの。そんだけ」

「それは―――簡単だな」

本当にそれだけで良いのか。

「そうそう。小洒落たこと言う必要も、手を繋いでスキップする必要もないから」

考えていたことのすべてを、面白いように言い当てられてしまい、再び顔に血が上る。
セインは楽しそうに笑いながら、ずっと手を差し伸べたままでいる。

これは、ええと、私が立ち上がるのに手を貸してくれるということなのだろうな。

ケントはそろそろと手を伸ばし、セインの掌に重ねてみる。その手をぎゅっと握られ、もう片方の腕のあたりを掴まれて引き起こされる。ふらふらする足でどうにか立ち上がると、セインの目と自分の目が、同じ高さに合った。

礼を言って手を放そうとしたが、両手に包み込むように握りこまれて動きを止められ、そのままセインの口元の辺りへと引き寄せられる。何を―――と、戸惑って相手の顔を見ると、目線を合わせたまま、手の甲に恭しげに口付けされた。

その唇の感触は知っている。セインの顔を見るたびに、密かに思い出してしまって困る、優しい接触の記憶。今は、記憶ではなく、生々しく肌の上にある。
身体が震え、心が震えた。

自分を見つめるセインの目が、眩しいものを見たときのように細められるのを見る。
軽く押し当てられただけで、唇は離れていってしまう。
名残り惜しくて、胸が痛くなるから、顔を伏せる。
もう少しそのままでいてくれたらいいのに。気持ちよくて幸せだから、もう少し。
それから、そう思った自分の愚かさに気づいてうろたえる。慌てて手を引こうとしたが、指を交差する感じに握り込まれて、相手の手の中に引き止められた。
繋いだ手はそのまま放されることはなかった。

ケントは結んだ手に導かれるままに、セインの傍らをゆっくりと歩く。暗い夜の中、ほの明るい月光の下を、白い正装を纏った騎士の二人連れがそぞろ歩いていく。その姿が、比翼の白い鳥のように、静かな水面に映っては散る。

セインがたわいも無いことを話しかけてくるのを、ケントは黙って聞いている。それはいつもの通りの行いだ。自分にとっても、セインにとっても。
そうしながら、セインは楽しそうに笑っているので、ああ、これでいいのか、と思う。

―――私は私のままで、おまえのそばに居れば良いのか。

時折、セインの唇が耳元近くまで寄ってきて、何かを囁いたり、頬に触れていったりする。そのたびに心臓が跳ね上がってしまうのは、かなり恥ずかしいのだが、この月明かりの中では顔の赤いのもわからないだろう。
それとも、繋いだ指から伝わってしまっているのだろうか。ひどく早い鼓動と密かに燻り始めている熱が。

「月が―――」

口を開くと、茶色の目が覗き込んでくる。

「きれいだな」

きれいだな、私たちの生まれたこの国は。私たちの守った少女は。おまえと二人でいる、この場所は。

「おまえが一番きれいだよ」

歯の浮きそうな台詞を、分かり易く返される。そういう男の目は、生き生きと悪戯っぽく輝いているから、また性質の悪い冗談を、と顔をしかめてみる。

「冗談だと思ってんでしょ。残念でした、本気だよ」

嘘をつけ。

「嘘じゃない」

そんな目で見るな。

「愛してる。本気だから。途中を全部すっとばして抱いちゃったから、分かりにくかったと思うけど」

思い切り真面目な顔でそんなことを言われ、どうしていいのかわからなくなる。

それが冗談だというのなら、笑うに笑えぬが―――おまえが真剣にそんな言葉をくれるというのなら、私も真剣に返事をするべきだろう。

私も―――

言葉になるまえに唇を塞がれる。唇をしゃぶってねだるようにされるから、閉じていた口をそろそろと開けると、セインがためらい無く入ってくる。自分の中を探り始める舌を吸ってみると、その動きに誘われるように、思い切り深くまで入り込んできた。抱え込むように強く抱き寄せられて、自分を相手に明け渡す。器用な舌が、自分の中の熱を、探って、暴いて、擦りたててくる。
与えられる感覚を、無我夢中で受け入れる。

そうやって唇を合わせていると、身体の触れ合う場所から染み込んできて、自分の中をゆっくりと満たし始める何かがある。乾いた人が水を求めるように、自分はいつだってそれを求めているのだ。自分と繋がるこの男だけが与えてくれる何かを。容赦なく粘膜を擦られ、舌を嬲られて、身体の感覚に心が置いていかれそうになるから、背中に腕を回して縋ってみる。

「ん、はあ、ん―――」

唇の合わせを変えられる間に、溺れる人のように、息を吸い込む。なおも貪られて、吸われて、噛まれて―――
気がつくと、セインの肩に顔を伏せ、目を閉じたまま荒く呼吸をしていた。


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