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「騎士の祝宴」 (5)




「急ぎすぎだな。余裕が無いね」

独り言のようにセインが言う。
左手で腰の辺りを抱かれ、右手で髪を軽く梳くように撫でられる。強くもなく、緩くもなく、撫でてくる気持ちのいい手に、心を奪われる。

余裕が無いのは、私のほうであるように思う。息は上がっているし、顔は赤いと思うし、なんだか、身体が震えているような気がする。対して、貴様は余裕綽々のように見えて、同じ男としては少々癪に思うのだが。

「あれからずっと、おまえのことを考えてた」

あれから――――

「おまえのことを、抱いた夜からだよ。サカか戻ってくる途中の宿屋で、押し倒しちゃった時から、そのときの顔とか声とか感触とか、おまえの顔みるたびに思い出すんだよ」

それは、私も同じだ。では、私だけがおかしいわけではないのだな。

「馬鹿者、貴様、そのようなことを、あからさまに言うな」

「ケントさん、言わないと分からないし、あからさまでないと、余計なことぐるぐると考えるからさ」

―――う……それはその通りなのだが。

「だから、誤解の無いようあからさまに言うけど、俺はおまえのことものすごーく好きなので、機会さえあれば、触ったり吸ったり撫でたり舐めたりしたい」

「………………」

「なので、今夜はおまえと一晩中一緒に居たい。触ったり吸ったり舐めたり苛めたり泣かせたり―――」

悪ふざけのような調子で言葉を続ける男を睨みつけてやろうかと思えば、奇妙なほど真剣に自分を見つめている茶色の目を見てしまって戸惑う。

「愛してるから」

もう一度、胸の痛くなる言葉を告げられ、このような時は同じ言葉を返すべきなのかと戸惑ううちに、微笑みを含んだ唇が唇にじゃれついてきた。今度は軽く触れただけで離れていく。
手を緩く引かれて踏み出すと、足元がふわふわと浮くような気がした。水際を離れ、城へと向かって歩き出す。
掌から伝わってくる温みを思う。

私はこの男が好きだ。木馬の騎士のころからの付き合いで、誰からも好かれる、屈託のない元気の良い子供だった。共キアランの城付きの騎士見習いとなって、一緒に居られるのが嬉しかった。ずっと友人でいられたらいいと思っていた。

セインが、今までにないくらいに近くにいるというのに―――近くに居るから、私は落ち着かない。他の誰かとこういう関係を持ったことが無いから、これからどうなっていくのかが分からない。
―――だが、こういったことでうじうじと悩み続けるのは、この問題に対して、すでにはっきりと態度を表明しているお前にたいして失礼だと思う。

「セイン、私は、」

呼びかけて、歩みを止める。

「はい?」

ほんの少し先を歩く男が、口元に微笑みを浮かべて振り返る。

「おまえが好きだ」

セインの微笑みがすっと消えたので、何か間違えたことでも言ってしまったのかと、心の中でうろたえる。

「うわ―――びっくりした」

生き生きとした目に明るい光が戻ってくるから、ほっとする。つないだ掌の窪みを、親指でゆるゆると撫でられる。

「すっごい思いつめた顔してたから、ごめんなさいされるのかと思って、びくびくしたよ」

貴様は、動揺しているようには全く見えんのだが。

「ほら」

両腕が差し伸べられてくるから、自分も腕を伸ばして、互いに引き寄せあうように抱き合った。触れ合った場所のすべてから、相手の鼓動が伝わり、自分の鼓動が伝わる。セインの鼓動も、自分の鼓動も確かに早い。

「なあ」

なんだ。

「もう一回言ってくれ」

「馬鹿者」

くっくっ、と笑うセインの息が首にかかるから、くすぐったくて、首をすくめる。

「おまえが好きだよ」

唇が上がってきて、耳元で熱っぽく囁かれる。
「好きだ、大好き。なあ―――好きだから、好きって言ってくれよ。お願いだから」

だ…駄々っ子か、貴様は。私の反応を面白がって、わざとやっているのだろう。そのぐらいは私にも分かっているのだぞ。
だが―――

「言って」

「好きだ」

息が詰まるような気がするから、ほとんど息だけで言う。
強く抱かれて、耳たぶを噛まれるから、身体をすくめる。首筋のあたりから喉元へと半ば噛み付くような口付けが下りて行く。
片手が緩められた胸元へと忍び込んでくる。指先に肌を擦られる感触から逃れようと、身体を捩る。

「セイン、嫌だ」

「どうして」

指は外れることなく追ってきて、わずかな突起を指の腹で押しつぶすようにされる。そのまま、わき腹のあたりを荒く撫でられ、ぞくぞくする刺激を相手の肩を掴んでやり過ごす。

こんな場所で―――誰かが来るかもしれない。見られでもしたらどうする気なんだ。

「見られたら見られたで結構楽しいよ」

「そんなわけがあるか―――あっ、セイン、ばかっ……」

服の中、深く忍び込んできている手がくすぐるように動く。もう片方の手が、服の上から股間を撫で上げてきた。

不謹慎だ、宵闇の中とはいえ、こんな開けた場所で。先ほどだってリンディス様と―――

「リン様が、気になるか」

気になるにきまっているだろう。こんなところをお目にかけるわけにいくものか。

「―――っ」

動きを遮ろうとする手にかまわず、握り込まれ、揉み込むようにされる。

「俺としては、リン様に見て欲しいくらいなんだけど」

「なっ―――」

馬鹿を―――言うな。

「おまえが俺のものになってるところを、さ」

「セイン」

声が震える。

貴様、いったい何を言っている。あのお方は我々の主、その前でこのような姿を晒すぐらいなら、私は腹を詰めるぞ。

「ごめん」

身体を探る動きが止まって詰めていた息を吐き出すが、見つめてくる目が暗いので、ひどく戸惑う。

「ごめんごめん、冗談だから」

セインは一つ首を振り、次の瞬間にはいつも通りの笑みを浮かべていた。服の中に差し込まれていた手が出て行く。

「セイン―――他の場所で」

混乱しながらも、声を絞る。

「どこがいいかな」

肘を軽く握られ、即されるままに歩き出す。

「私の部屋で」

返事の代わりに口の端に口付けられた。


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