「騎士の祝宴」 (9)
ぴったりと触れ合ったまま、名残の熱を分け合う。セインの手が、二の腕のあたりをゆっくりと撫でてくる。押し当てられる唇の感触を、首の後ろに感じた。
「ん―――」
くすぐったさと、その中に潜む甘い痺れに、身体を竦める。
ぼんやりと鈍った頭の片隅に、常日頃の自分が戻ってきて、このような場所でなんという恥さらしなことを、と口うるさく文句を言い始める。
本当に―――なんということをしているのだろうな、私は。でも、今日は祝宴の日。すべてを水に流し、清め、再び歩み出そうという、祭りの日。少しばかり破目を外したところで、構いはしない。
そんなことを思っている自分自身に驚く。
驚くことばかりだ。人と身体をつなげることも、その相手がセインだということも。セインが自分を好きだと言うことも、自分がセインを好きだと思うことも。
背中から伝わってくる、穏やかな熱を思う。
「セイン―――」
身体に回された腕の中で、向きを変えて顔を合わせる。微笑みながら、間近に見つめてくる緑がかった茶の瞳。丸みのある瞳と眉は、やんちゃな子供のような愛嬌と利かん気とを漂わせている。
「私が騎士隊長になること、どう思う」
「良いと思う」
はっきりとした返事が返ってくる。
セインの手が伸びてきて、乱れて落ちかかる前髪を梳かれる。
「私に務まるだろうか」
私は融通の利かぬ人間で、物知らずで、人の心を推し量るのが苦手だ。私が差配をすればどうしても堅苦しいことになるだろうし―――
「大丈夫だって」
真剣な目が覗きこんでくる。
「おまえなら、やれるさ。俺が言うんだから間違いない」
「そうか」
おまえがそう言うのなら、精一杯努力をしてみよう。キアランのため、公爵様とリンディス様のために、忠義を尽くそう。
「俺にできることなら、なんでも手伝うからさ。麗しのリンちゃんのために、な」
貴様、主家の公女様に対してリンちゃん呼ばわりは―――
「もちろん、ケント騎士隊長のためにも、愛する恋人のためにも」
こ、恋人というのは―――好きな女性がいるということなのか―――だったら貴様、何でこんなまねを―――
思い切りうろたえてしまって顔を反らしたところを、両手で頬を包まれる。
「おまえだよ、おまえ。恋人なんだからな。俺はおまえの。おまえは俺の、だよ。わかった?」
そ、そうなのか、恋人なのか。私とおまえが、か。今まで考えたことがなかったが、そう言うことなのか―――いやでも、おまえは、それで良いのか?何よりも女性が好きなのでは無かったのか。私とのことは、なりゆきというか、面白がってというか、いや、好きだと言ってくれてはいたが、それは軽い意味でおはようとかおやすみとかと同じような、おまえにとっては挨拶のようなものなのかと―――愛していると、言われたけれど、それはその場の勢いというか―――
ぐるぐると考えていると、顔を引き寄せられ、額を額にこつんと当てられる。
「好きだよ。言ってるだろ。言葉じゃ信じられないなら、身体で分かってもらうことにするか」
その言葉の意味を解釈しきれないうちに、唇を合わせられ、歯列を舐められて受け入れを促される。
「ん、セイン―――ちょっ―――」
ようやく静まった鼓動が、一瞬にして跳ね上がる。自分がどんな反応を返すのかが分からず、受け入れをためらって顔を背けると、腰骨のあたりを掴んで撫でられた。
「ふ―――」
吐き出したばかりだというのに、身体の奥深く、埋火のように消えることなくわだかまる熱を感じて身をすくめる。
「いやか。なあ、俺とするの、嫌?嫌じゃ無いだろ、そんな顔してるんだから」
どんな顔だ―――私がどんな顔をしていると―――
「や……」
濡れきったままの場所に指が忍び込んで、優しく撫でてくる。
「セイン、まだ―――あ、あ」
もう一方の手が、胸の微かな尖りを弄ってくる。擦り潰すようにされると、まだ少ししこった感じが残っているのが分かる。
「可愛いなあ、おまえ」
顔を覗き込んでくる目が細められ、ぺろりと唇を舐める舌の動きが目に入る。見慣れない相手の表情にどきり、と心臓が跳ねる。
「か―――可愛いなどど、言うな」
私は騎士だぞ。可愛いなどと言われた事は、子供のころだって無いのだぞ。無表情な子供だったし、愛想も無かったし―――今でも無いが。どっちが可愛いかといえば、おまえのほうが顔も可愛いし愛嬌もあって―――何を考えてるんだ私は―――
「だって可愛いから。顔が赤いよ、ケントさん」
ばっ、それは貴様が―――やだ、そんな、いじるな、馬鹿者。
腰を抱き寄せられ、ぴたりと肌を寄せられる。そのまま腰を動かされると、体液で濡れそぼった場所が擦れ合った。
「硬いよ」
笑いを含んだ声が耳元で囁く。
「あ―――」
脚の間に片脚を差し込まれ、ずるりと動かされる。
「気持いいだろ、なあ。したいって思うなら、したいって言えばいい。おまえからも、抱き寄せてくれればいい。本当に嫌なら、嫌だって突き飛ばせよ」
おまえはそう言うが、私には思ったとおりに行動することが難しいことなのだ。
好きだ、したい。私だって、おまえとこうしていたい。でも―――そう言うのは難しい。努力はしてみるが。
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