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「扉」 (3)
「は…っ」 声帯の揺らぎが声になって出る。自分の耳にはずいぶんと大きく聞こえて、驚いて身体がすくんだ。 「そのぐらいじゃ、聞こえねえよ」 低く潜められた声が耳朶に吹き込まれる。反射的に身震いするのを見られ、顔を覗きこまれる。 「扉一枚は離れてるからな。まあ、こっから先はどうなるかわかんねえけどなあ」 てめえは、人の上に覆いかぶさったまんま、人事のようにしゃしゃあと言いやがって―――怒る、というよりは呆れる。この男は、黒い牙の中にあって、ロイドやライナスと対等な口をきける、貴重な人種だった。飄々と、人にへつらわず、かといって周囲から浮き上がるわけでもない。 ロイドにとっては、貴重な同年代の友人であり、気のおけない男だ。その延長に時折こういった行為が紛れ込む。たしかに、自分はこの男に甘いところがあるのかもしれない、が、愛だの恋だのといった生ぐさい感情を持っているわけでは無い。少年時代、まだ自分より背の低かったライナスをみそっかすにして、二人で悪い遊びをたくらむ、そんな時間の延長として、こうしているだけだ。 「どうする、その口塞いでもいいか」 「てめえが、そこからどいてくれりゃ済むこったろ」 「つれない。つれないねえ、おまえさん。俺とあんたの仲でさあ」 「どういう仲だよ」 「こういう、仲だろ」 裸の腰骨のあたりを撫でられ、顔を顰める。 ラガルトが声を上げて笑う。 がん、と扉が鳴る。うが、と聞こえる唸り声。 「うるせえ」 ロイドは押し殺すように出した声には、殺気に近いような凄みがあって、扉の外が静まりかえる。 「口を塞ぎな」 投げやりにロイドが言う。 「どっちの口だい」 ちらりと扉に目をやり、ロイドに視線を戻す。 「あっちの躾の悪いわんこにも、口輪でも咬ませとくか」 「やれるもんなら」 「じゃあ、遠慮なく」 ラガルトは髪を止めていたバンダナを外した。たたみ直して両手に持ったそれをロイドの口に咬ませる。首の後ろで外れないように縛る。 「きつくねえか―――大丈夫だな」 指を差し込んで、確かめている。 「しかし、まあ、めったなことじゃあ拝めねえイイ眺めだなぁ。ほとんど犯罪だろ、そりゃ」 いや、犯罪者はてめぇだろうが。声には出せずにそう思う。こんな格好して、馬鹿じゃねえのか、俺は、とも思う。ラガルトを見返す視線は、相当に剣呑なものになっている違いないのだが、相手は気にする様子もない。 「ああ、悪いなァ。途中でほったらかしにしちまって。こんなになってんじゃねえか。すぐによくしてやるからさ」 こっちが口を利けないのをいいことに、ラガルトのほうは、わざとろくでもないことを、耳元にふきこんでくる。耳の中に息がかかるのをいやがって、ロイドが睨み付けてくるのを楽しんでいる。 不安定に腰掛けていた椅子から、抱き下ろされ、身体を返される。椅子の腰かけを抱かされる形になり、後ろから尻を持ち上げられ、軽く足を開かされた。指が入り口近くの皮膚を開くように撫でられる。すぐに、もっと濡れた感じのものが触れてくる。つつかれたあと、ぺたりとおしつけられる肉の感触。 しゃぶられる。音を立てて。わざとやっているのだ。ぴちゃ、とか、ちゅとかいう音が部屋に篭る。後ろから袋を捉えられ、それも唇で挟むようにしてしゃぶられる。 声を殺し、息も殺す。 それでも、鼻から抜けた息が唸るような音になる。身体に震えがくるのを抑えようと、椅子にしがみつくと、重い椅子がわずかに動いて、床と擦れて軋む音がした。ロイドは動きを止める。それを見計らったように指を差し込まれた。入り口のあたりを、ゆるゆると出入りする。濡らされているから、痛みはない。異物に入りこまれる感じは残っているのだがそれも、ぬるぬるした感覚とすり変えられていく。嬲られては、止められるのを繰り返されていた体は、熱くなっていて堪えがきかない。数を増やして探ってくる指に反応して、ひくひくと引き攣る。硬く目を閉じ、継ぎ目なく与えられる刺激をやりすごそうとするが、上手くいかない。さんざんいじられて、我を忘れそうになったころに指が出て行く。 「やっこさんに見せてやりたいねえ。あんたがそうやって、俺に抱かれてるところを、さ」 熱に浮かされた脳みそから、すうっと血の気が引くような気がする。 扉の外に座り込んでいる弟の存在。忘れかかっていた自分に気づく。それをわざわざ思い出させるようなことを言う。意地が悪い。それに、簡単に振り回される自分に呆れて、身体から力が抜ける。崩れそうになっている膝を裏側から掴んで直され、椅子を抱かされ、指の変わりをあてがわれる。今、ラガルトの顔を見たら、きっとニヤニヤ笑っていやがるに決まっている。この野郎、いっそ真っ二つにしてやろうか、と思うことは時折―――今もだ―――あるにもかかわらず、残念ながら、実行出来ずにいる。
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