「可愛いな、お前は」
……タラシめ、何を言う。
深く、息を吐く。惑わされるな、奴の常套手段だ。
「この髪、この瞳、この唇……」
寄るな。髪を撫でるな。目を合わせられても私は揺るがない、絶対に。
こんな男、人として最低だ。ヒューマノイドとしては、論外だ。
「…お前となんて、あってたまるか」
かち合った瞳を思い切り睨んで、吐き捨てる。
このメタルマンとやらは、ヒューマノイドのくせに手癖が悪いのだ。
任務が無い日のメタルマンの生活のただれようたるや、説明するのも汚らわしい。
街に出て、誰かれ構わず捕まえて、遊ぶだけ遊んでサヨウナラ。
そんな行いを、ここの誰も知らないというのがおかしい。
私にとってはご主人様である、彼の生みの親の博士も。彼の弟機でさえもだ。
かつて次兄のエアーマンに相談を持ちかけてみた時の返答には辟易した。
――「俺の長兄がそんなにタラシなわけがない」
この男もこの男だ。頑固と言うか、信じ込んで疑う術を知らないのか。…ロボットだからか?
……孤立無援の小間使い。それが、この研究所での私の立場である。
「……愛おしくて狂いそうだ」
すうっと細めた眼。睦言は本気で言っているのか計り知れず、しかし人の耳に甘く、緩やかに毒がまわる。
嫌いだ。
顎を持ちあげる。近づく。触れそうになる。
――キス、しないで。
「拒まないのではなく、拒めない。」
色を振り撒くこの変態が、唇を掠めて耳元に口を寄せた。
「何故なら、これはお前自身が望んで見ている、夢、だからだ」
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「愛してる、愛してる、だいすきっ――」
「煩い」
見苦しい笑顔を視界に入れるのは耐えがたく、俺は平手で彼女の頬をはたいた。
無機物と有機物の衝突は有機物同士のそれよりも鈍い音がした。そんな事を知っているのは、誰かの記憶が俺のメモリに重ねられた所為で、自覚すると更に不快な感情が増していく。
彼女が必死になって縋りつく時というのは、“何かを失った時”だった。
涙も拭わずに腫れた瞳――ありもしない経験によると、そのメッセージは「貴方は見捨てないで」…だそうだ。
俺は、“俺としての存在”を求められてはいなかった。
彼女が俺を愛すのも、俺と瓜二つだった人間の“代償物”としてに過ぎない。
記憶は移せても、自我と思考ルーチンまではその男のままというわけにはいかずに、俺が存在する。
俺はその男とは違う。どんなに似せても、俺は<DWN.009 METAL MAN>なのだ。
「記憶を俺に入れる事を、外見を、声音を奴に似せる事を博士に懇願して、貴様は俺に何を見出した?」
過去しか見ないこの女に、博士は何の価値を見出したのか。
……俺は、何を見出せばいい?
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