先へ飛びたい方用  4話7話



まんせいか1

 さあ、今日から電車に乗って学校へ行くぞ。四月七日は初登校日だ。もちろん入学式には来ている。けど普通の時間帯に来るのは初めてのことなのである。
 家から学校までは一時間ちょっとかかる。終点の総合駅まで電車に乗ってる時間は四十分、そこからバスで十分、歩きや待ち時間を入れるとそれぐらいになる。
 朝から俺は張り切って通り道に住んでる親友を誘い、駅に来た。俺たちが乗っていく電車は三両編成の赤い普通の奴だ。ただし、駅を二つ過ぎた辺りから相当に混むらしい。朝から体力使うぞ、と先輩に脅されていた。時間をずらせばいいと思うかもしれないが、けっこう田舎なので本数がとても少ないんだ。そんでもって一時間ぐらいじゃ全然変わんないみたい。それに朝は弱いのでそんなに早くはとてもじゃないけど起きられない。

 つっ、疲れた〜。本当に凄い。もう学校で授業を受ける気力が残ってない。愚痴を言うと、そうか、とすずしい返事。そりゃそうか。こいつは背が高い。頭一つほど人垣から出るもんね。しかもがっちりの体型だ。受けるダメージは俺の半分ぐらいしかないだろうな。
 連れの返答で余計に疲れが増した。校門へようやくたどり着いて、ため息をつきながら校舎を見た。こんな事で高校三年間通えるかなぁ。
 そんな俺にはかまわず先を歩いていた奴が立ち止まった。その前には‥。

「やあ、お早う。大変だっただろう」
 さわやかに挨拶されるとなんだか元気が出る。さっきの思いはどこへやら。やっぱりここにして良かった。
「お早うございます。虎王(こおう)先輩。もうめちゃくちゃ大変でした。でも頑張ります」
「狼帝(ろうてい)も助けてやれよ」
「そんなの無理に決まってるだろう」
 連れ立ってきた親友、狼帝(俺はろーてと呼んでいる)はとてもつれない。まあでもそこが彼のいい所で人にも自分にも厳しい。優柔不断でなよなよしてる俺にはとても合ってるのだ。だけど厳しいわりに面倒見のいい所もあって、その恩恵に与れるのはどうも俺だけみたいなんだ。だからちゃっかり甘えてる。向こうもきついことを言っても自分のために嫌な役を買ってくれた、そんな風に解釈しちゃう俺は一緒にいてラクらしい。
 そして先輩。彼は狼帝のお兄さんである。例え一年でも絶対に同じ高校へ行く、そう決意させるほど格好いい。狼帝の全て上を行き、おまけに頭もいい。似たような性格なんだが俺にはいつも優しい。だからとても憧れてるんだ。こんな風になれたら、なんて。狼帝に言うと「止めとけ、あいつの本性を知らないからだ」って返ってくるんだけどね。

「じゃ、自己紹介がんばれよ。帰りは一緒に帰ろう」
 虎王先輩は狼帝の肩を軽く叩くと校舎に入っていった。狼帝は自分の名前を説明するのが嫌いなんだ。
 都築兄弟のお父さんが、力強い男に育って欲しくて二人ともに凄い名前を付けた。俺は名前負けしてないと思うんだけど、自分にも厳しい狼帝は負けてると思ってる。先輩の方は当然ふさわしいって思ってるらしいけど。
 名前の話をさせてもらえば俺はどうしてもお父さんに聞きたいことがあって、この間やっと質問できたんだ。それは「もし、もう一人男の子が出来たらどういう名前にするつもりだったか」って問いなんだけどね。王様に皇帝と来たら次が気になるだろう。そしたらちゃんと考えてあって「鷹神(たかじん)」だって。最後は神様になるところだったんだ。なんだか凄いよね。

 ああ、でも帰りはその王様と一緒に帰れるんだ。嬉しいな。嬉しいけど反面、並んで歩くのはかなり惨めな気分になっちゃうんだ。だって二人とも超かっこいいのに俺だけこんなんでさ。背は六十二しかないし。完璧引き立て役になっちゃう。狼帝は可愛いから良いんじゃないって言ってくれるけど、男にそれはつらいもんがあるぞ。
 帰りの電車の中、先輩に割と楽な立ち位置や車両を教えてもらった。そうしている間中女の子の視線に晒される。二人揃うといつもこうだもん。でもそれを差し置いても虎王先輩と居れるのは良い。たまには一緒に通学できるかな。それが一番楽しみ。

 一週間を過ぎると少しからだが慣れてきた。本当に通勤ラッシュって凄いんだから。日本のお父さん達って偉いよな。両足あげたって浮いてるんだもん。カバンはしっかり前で抱いてないとどっかいっちゃいそうになるし、これで一番ましな車両だなんて信じられないよ。でも他へ行くって言っても三両じゃ余り変わらないだろうなー。
 俺の高校の人たちも乗ってきてるのがブレザーの制服で分かった。俺たちが乗る駅やその次の駅までは乗る人の顔ぶれをだいたい覚えた。指定席のように毎日同じ場所に立っている。混んできても頑として譲らない。俺も慣れてきたらこうなるのかな、何て思いながらまだまだ流れに身を任せていた。
 先輩は生徒会の会計をやっていてその都合からか朝は早く出るらしい。狼帝に聞いてもハッキリした返事が返ってこないから確かなことは分からないんだけどね。兄弟の仲はあんまり良くないんだ。だから朝、会うのは無理みたい。帰りも先輩の方がずっと遅いし。けど五月に役員選挙があるから、引き継ぎが終われば一緒できるかもしれない。

 そしてその次の週の月曜日。いつものように二つ目の駅でどっと人が入ってきた。その中にとても惹かれる子がいるんだ。背は向こうの方が高いみたいだからちょっとつらいものがあるけどね。
 人、二人分離れてるだけなんだけど結構苦労して盗み見をしていたら様子がおかしい。なんだか泣きそうになってるんだ。いつもしゃんと背筋を伸ばして、凛とした顔をして、そう例えれば虎王先輩を女の子にしたような感じ、かな。俺が狼帝にどう思うか聞こうとした時には、彼は隣にいなかった。
 こんなに凄い混んでるのに力業でかき分け前へ進んでいる。うわー、俺には絶対無理。見とれていたらその子のそばにたどり着いた。周りの人もビックリして注目してる。だけどくっつくように後ろに立つと動かなくなった。
 そのおかげなのか彼女は元気になったようだ。なんだったんだろう。終点に着くと吐き出されるように追い立てられる。狼帝たちとはぐれてしまった。仕方ない。クラスは同じなんだし、教室で待ってよう。
 俺よりバス一本分遅れて狼帝は来た。訳を聞いたら腹が立ってきちゃった。なんと痴漢に遭ってたって言うんだ。なぜ捕まえてやらなかったんだろう。そんな悪い奴。一人憤慨して喚いていたら狼帝は俺より大人だった。
 あの注目の中、痴漢に遭っていたと公表されるのがどんなに恥ずかしいことか。男の俺には分からないけど止めさせるだけで彼女にはベストだったらしい。そうか、そういうもんなのか。一つ賢くなりました。
 でも捕まえてないって事はまたやられる可能性があるから、明日から俺たちがかばって立つことになっていたのだ。うん、それは良いことだ。自分だけでも大変なくせに安請け合いする。女の子を守るなんて大役は、初体験だ。絶対に守ってあげるからね。


 火曜日から乗る位置を変えた。昨日の痴漢がいるかもしれないからだ。そしてまだ多少なりとも空いてるうちに左側ドアの右横の場所を確保する。俺が乗ってる間、左側のドアが開くのはここ、二つ目の駅だけなのだ。彼女が来るまでそこは死守だ。
 さあ到着したぞ。もの凄い圧力に晒される。だが二人で踏ん張ってそこから離れない。やっと彼女が来てドアの横に打ち合わせ通り立ってもらった。壁と座席と俺たちで四面を囲う。これならまず大丈夫。狼帝の方が圧倒的に力が強いからドアの方で、俺はそこにふたをするように立つ。力がないから座席の横の棒を掴んでればいい。これで完全防御の完成だ。
 いやしかし満員電車ってのは異性がいるととたんにいやらしくなっちゃうんだなぁ。だってまだ口も聞いてないのにもう恋人接近なんだぜー。あせっちゃうよ。
 彼女は狼帝と向かい合って立っていた。俺の体とは彼女の左側の肩なんかがくっついてる格好だ。昨日あんな目にあったばかりなので気を遣ってその間にカバンをねじ込んだ。右手は棒を握りしめ左手はカバンを抱きかかえる。
 電車が揺れても彼女をつぶさないように踏ん張っていたら思ったより圧力がかからない。なんか不思議。ふと後ろを振り向いたらでっかい背中が二つ見えた。
 あれっ、この人達は‥。確か一つ目の駅から乗ってきている同じ高校の人たちだ。覚えてる限り違う場所に乗っていたはず。後ろ姿だけでも見間違うことはない。だって二人とも百九十前後の身長に九十キロ以上ありそうな体格なんだ。背だけならバスケかバレーかって感じなんだけど、どう見てもラグビーが似合いそうだ。まあどこに乗っても自由なんだからいいんだけどね。それにきっと彼らが防波堤の役目をしてくれてるんだろう。ラッキー。そう思おうっと。

 彼女の名前は都築美姫。俺たちより一つ上の学年だ。狼帝と同じ名字なんて凄い偶然。昨日で今日なのにもう二人はまとまってる感じだ。そりゃ女の子が惚れるのも解るよ。狼帝はかっこいいし、しかもあんな風に助けられちゃね。
 ただ狼帝は今まで全然女の子に興味がなかったから意外だった。そんな奴がたった一日で付き合いを決めるなんてさ。でも並みいる人混みの中から俺だって目を惹かれるぐらいだからクラッときたのかもしれない。
 こいつもただの男だったって事か。ちょっと安心しちゃった。このままだと仏門にでも入らないといけないかなって思ってたんだ。完璧すぎて、なのにおごってなくてさ。何事にも自分にも厳しいし。
 虎王先輩も似てるんだけど彼は自信家って言う人間らしさがあるもん。
 まあ、せいぜい二人の邪魔をしないようにいたしますか。

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