玉より愛して2

 仕事をしながら他の店員に聞いたところによると、さっきの警官は ゴト行為が発覚したため呼ばれたのだった。それでそっちに人が取られ ホールに出る人数が少なくなってしまったのだ。
 そしてあの人、免許をしっかりと見てしまったから覚えた徹さんは、ここ の常連さんと言うことだった。
 そっか、頑張って仕事続けていればまた会えるんだ。張り合いが出来て 嬉しかった。徹さんに出逢わせてくれたゴト師にすら感謝してしまった。

 その後、徹さんは5連ちゃんを引き、当たりの計は7回、合計4箱稼いだ のだ。
 閉店の合図の蛍の光が流れる。ランプが光って徹さんと目が合うと ×サインを出された。後15分有るが引き上げか。

 喜んでそこへ向かうと台の箱も足下の箱の上に重ねた。
「あれっ、台車は?」
「使わないッス」
 うちの箱は山盛り満杯で4千発だ。他店で通常使用している箱より大きい。 だが4箱弱なら一々台車を持ってくるより直に運んだ方が早い。
「なっなんちゅう、馬鹿力。お前知ってるか。パチンコの玉って1個5 グラム有るんだぞ。これ1万4千発はあるんだぞ。70キロだぞ、70キロ」
 確かに軽いわけじゃないけど、持ってる時間は短い。出玉計測器、 ジェットカウンターまで持っていくだけだ。

 玉をザーッと流し込む。数字が上がっていく。1万4千発はゆうに超えた。 うちは等価交換である。玉1個に付き4円。徹さんは5万6千円ほどを 手にしたことになるのだ。

  ※パチンコに関する注意1、2※ ←パチンコに詳しくない方はクリックして見てね。

「おお〜、やったぁ。これで今日は勝ちだ。やっとまともな飯が食える。 そうだ、お前。お前のおかげだから奢ってやるぞ。一緒に飯食いに行くか」
 可愛い顔で喜々として言われて断れるわけがない‥。それどころかこっちが お願いしたいところです。

「お前、奢って貰うんだから嘘でももう少し嬉しそうな顔したら?」
 表情が余り出ない俺はそんなことを言われたが、内心は大喜びで一緒に 飯を食いに行った。

「お前、名前は? 最近入ったのか」
「そうです。なっ名前ですか‥。ひじかた、としぞ‥う」
「土方、としぞう? あの新撰組のか?」
「‥はい、字まで一緒ッス‥」
「わははは、お前最高だな。いいじゃないか。その容貌でその名前ならすぐに 覚えてもらえるだろう。人に覚えてもらうのは難しいんだからな。それは いいことなんだぞ。恥ずかしがる必要はないだろう。土方歳三。うん、 俺もしっかり覚えたからな」
 三男の俺の名前は、親父がすっかり悪のりして付けたのだった。いつも 言うのが恥ずかしかったが、徹さんの前向きな発言は俺を明るくしてくれる。 なんてあっけらかんとした人なんだろう。第一、見知らぬ俺にこんな親しげな 口を聞いてくれた人は初めてじゃないだろうか。
「あの、あなたは?」
 しっかり覚えているくせに聞いてみた。
「俺はとおるって呼んでくれたらいい」

 男同士とか、同性とか考えるよりも先に、どんどんこの人にはまって いった。


 徹さんは常連と言われるだけあって、暇さえあればうちの店に来ていた。 ほぼ毎日夜になるとやってくる。初めのうち、会社の帰りだと分からな かったのはスーツを着ていなかったからだ。どうやら会社は服装が自由の ようだ。ジーパンで行ってもいい会社って言ったら何があるだろう。
 自分が遅番の日にしか会えないので、早番の日はついつい要らぬ残業を してしまう。シフトは自然と遅番が多くなった。しかも新人の俺にシマを 選ぶ権利はないので、先輩たちを追い出すように帰りを勧めることになる。 人の倍のシマを担当しないと徹さんと話すことも出来ないのだ。
 会いたい一心で休みも取らない。どんどん自分で自分の首を絞めていく。 疲労で倒れそうになるくらいクタクタになりながら、会えることだけを 楽しみに仕事をしていた。

 でも徹さんは余りパチンコは上手くないようだった。引きが弱いというの だろうか。うちはデーターを表示している。おまけにあの人懐っこさと、 あの顔だ。ジグマのおっちゃんたちにも可愛がられているようでちゃんと 情報を教えて貰ってる。だから爆発しそうな台は分かる。言われたとおり そこに座るのに当たらないのだ。
 当たってくれないと関わるときが少ない。用もないのにそばをうろつい たり出来ない。せいぜい玉詰まりの時に、チャッカーに玉を余分に入れて くるぐらいしかできないのだ。
 俺も徹さん以上に徹さんの当たりを願うようになった。待ち望んでいた。 当たりのランプが光ると徹さんじゃないかとつい覗いてしまっていた。 そして当たると、俺もとても嬉しくなり自然と足取りが軽くなる。「おめで とうございます」の挨拶も力がこもる。
「お前、無愛想みたいだけど、ほんと嬉しそうに言ってくれるな」
 そうです。本当に嬉しいんですから。


 その日も久しぶりに徹さんは大当たりを引いて4箱出した。徹さんは 箱ギリギリまで玉を入れないタイプなのできっちり詰めたら3箱半。 なんとか持てる。やはり限界の箱数を運ぼうとした。
「お前、なんか最近疲れてるぞ」
 そりゃ徹さんに会うために無茶苦茶なシフトこなしてますから。と言う わけにはいかず、「そんなことないです」と答える。
 なのに徹さんは1箱を自分で持った。お客様に運ばせるなんて、とんでも ない。
「俺、持ちますっ」
 1箱20キロ近くある。そう、1箱でも軽くはない。分かっていたのに 慌てて肩を掴んでしまった。
 俺の馬鹿力で突然、後ろに引かれた徹さんは手が滑り、箱を落とす。

 ああっ!!

 20キロの箱は斜めになり、その角が徹さんの足先に直撃する。 もの凄い音がして玉が床に散らばった。

 俺はすぐに徹さんを抱き上げた。音を聞いて他の店員がやってくる。
「病院! 一番近い病院はどこですかッ」
「ばっ、バカヤロ。おろせ。おろせよ。恥ずかしい」
 徹さんは俺の腕の中で暴れる。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。足の指が折れてるかも しれないんですよ」
 徹さんと仲のいい常連のおっちゃんの一人が車に乗れと指示を飛ばす。 俺は急いで出口へ向かって動き出した。

 バチーン!

「落ち着け。そんでおろせ」
 一瞬何が起こったのか分からなかった。俺は徹さんに頬を張られたのだ。
「だっだけど‥」
 まだしっかりと抱きかかえたままだ。
「いいか、よく聞けよ。この靴は安全靴だ。知ってるか? 安全靴」
「それ‥。スニーカータイプの?」
「そうだ、普通作業用安全靴。JIS規格品。耐荷重約1トン」

 俺は思いっきり安堵の息を吐き、そして徹さんを抱きしめる力を強くすると その肩口に顔を埋めた。
「良かった〜」
 この大騒ぎでそのころにはしっかり野次馬が居たのに。
「だっだから先に下ろせよ」
 徹さんはいたたまれなかったのか俺の頭をポカポカ殴る。 下ろしてからもずっと怒っていた。

「全く、あんな恥ずかしいことを‥。女みたいに軽々と抱き上げられて‥」
「おい、もっと磁石持ってこいよ!」
「これからここへ来れなくなるだろうが‥」
「こら、そこの玉も俺のだからな!」
「一体俺をなんだと思ってるんだ‥」
「そら、きっちり集めろよ!」
「全く横抱きになんかされてどんなに恥ずかしいか分かってんのか‥」

 ブツブツ言っては回りに当たる。他の店員も笑い出したくなるのを必死で 堪える。マグネット付きの玉を集めるための専用棒で拾い終えると、 さっきより増えてるような気がする。
「良し、玉落として集めると他に落ちてた分も拾っちゃうから増えるん だよね」
 あれだけ文句言ってたのに、玉が増えてたのを知るとあっさり機嫌が 直った。なんて単純。年上なのにそんなところが酷く可愛い。

「あの、早とちりしてすいませんでした」
「もういいよ。安全靴なんて普通は知らんからな。そんだけ俺のこと 心配してくれたんだろう?」
「そっそれはものすごく」
「だから、お前の気持ちが嬉しかったからもういい。それよりまた飯でも 食いに行くか?」
「はいっ、喜んで」
「土方‥。お前初めのころよりなんか表情が出るようになったな。 その方がずっといいぞ」
 そう言って頬をピタピタと叩かれた。
「叩いて悪かったな」
 続けて謝られた。

「全然痛くなかったッス。叩かれなかったらきっと病院まで行ってたから」
「あはは、ほんとそういう勢いだったよなぁ。お前ってば」
「だっだからそれは‥」
「分かってるって。顔に似合わず心配性なんだな」
 かっ顔に似合わずは余分です。でもこんなに心配する相手は徹さんだけ なんです。

前へ ・分校目次 ・愛情教室 ・次へ

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル