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そんなことがあり2回も一緒に飯を食いに行ったので、儲かったときに 俺が目に付くと誘ってくれるようになった。 そうなると意地でも徹さんが勝ったときはそばにいないといけない。 そうじゃないとパチ屋の常連連中で飯を食いに行ってしまうのだ! ライバルが沢山いるような気がするのは俺だけだろうか。アルバイトの女の 子だって徹さんを狙ってる気がするのだ。徹さんは誰にでも分け隔てなく 同じ態度で接してくれるから。しかもあの性格で、あの顔だ。女の子から おばちゃん、オヤジに至るまでみんなの人気者だった。 初めは分からなかったが、このパーラーYOKOIのアイドルだったのだ。 でもそのことが全てにおいて積極的に出ることができない俺を変えた。他の 人と出て行く徹さんを指を銜えてみてるくらいなら、こっちから声を掛けよ う。そう思った。 俺はこの見てくれのこともあってあまり熱くならないようにしていた。 もし熱くなってしまったら、指や顔で評価されたとおりに怖がらせてしまう のだ。 だからいつも気持ちを抑えてないといけない。人と付き合うための処世術 だった。それでもここにくるまで会社は転々とした。面接だけで落とされてきた。 俺には熱くなることは厳禁だったのに、競り合う事を余儀なくされて燃え 上がってしまったのだ。もう俺は自分で自分が止められなくなっていた。 チャンスは徹さんの負けが混んできたとき。俺はお返しにと声をかける ことができるようになったのだ。 話が出来るようになると徹さんは金型屋に勤務していることが分かった。 「服? ああ、会社で作業服に着替えるんだよ。俺は設計なんだけどね。 だから出勤はどんな服でも自由。営業くらいかな。ネクタイ締めてるのは。 そんで見た目は分かんないだろう? 面倒だからついつい安全靴のままウロ ウロしちゃうんだよ。ちょっと重たいだけで履き心地もそんなに悪くないしな」 徹さんの話はよく聞いたが、俺の話は一切しなかった。してもほとんどが パチンコの話しで終わった。徹さんは本当にパチンコが好きなようだった。 だから店の話しもとても面白そうに聞いてくれた。あまり口が達者じゃない 俺でもその表情が見たいばっかりに、いつの間にか必死になって1日あった ことを全て話していた。 「ほらあのすぐ無くなっちゃった台。6万5千分の1のバグで、当たりじゃ ないのに当たり画面が出る台だったんですよ。分かってからも次が来るまで 変えられなくて、仕方なかったんです。でもその6万5千分の1を引い ちゃう人が居たんです」 「うおっ、すっげぇ。そんなの1度でいいから見てみたい。でも6万じゃ なくてたった3百でも中々引けないのになぁ。いいなぁ、トシは。 パチンコ屋楽しそうで」 徹さんはいつの間にか俺のことをトシと呼んでいた。 そして俺は徹さんの楽しそうな顔を見るため、仕事中も面白い話しの ネタがないか始終目を光らせる始末。 もう俺は徹さんに会えないと生きていけないかもしれなかった。 それほど彼に参っていた。 初めて会ってから3ヶ月ほど経つと、徹さんが店に来た日は俺と飯を食いに 行く日。そう言えるくらい仲良くなった。まあ2人っきりじゃないときも 結構あったんだけど。 それでも電話を掛けたりしたことはなかった。だってほとんど毎日、 徹さんはパチンコを打ちに来ていたから。 しかしそれがもう1週間も会っていなかった。どうしたのか心配で堪ら ないくせに電話を掛けることもできずにいた。だっておかしいだろう? ただの行きつけのパチ屋の店員がお客に電話するなんて。ホステスが客を 呼ぶために電話するみたいで。 「パチンコ、打ちに来て下さい」なんて。 最後に飯を食った日は、来れなくなるとかそう言った類のことは一切 言ってなかったのに。仕事はずっと忙しいらしかった。でもほとんど毎日 夜の9時頃には店に来ていた。うちの店は11時までやっているので2時間 ほど遊べるのだ。土日祝日を休みも取らずに働いて、夜の時間を作っている と言うことだった。 そこまでパチンコが好きなのに、やっぱりおかしい。もしかして現場で 怪我をしたとか。それとも交通事故に巻き込まれたとか。いや病気で ふせってるとか。 1番最悪なところまで頭が想像の限りを尽くす。もうダメだ。 このままでは心配で俺の方が倒れてしまう。 今日、今日来なかったら今度こそ電話を掛けよう。毎日思ったことをまた 決意する。面と向かったって話すのが下手なのに、電話で受話器に向かって 話すのはもっと苦手だった。 そして期待とは裏腹にやっぱり徹さんは来なかった。閉店後、従業員専用 の出口から出た。 郊外店のうちはネオンが消え去るとあたりは真っ暗だ。相変わらず朝から のシフトで居たので、後片づけはせずに俺だけ早めに帰らせてもらえたのだ。 もしかしたら朝に来てるかもしれない、なんて気になり出すとここへ来る しかなかったのである。 お客ももう居ない。駐車場もガランとして人気がない。そこへたった一人で 車まで行くには少し勇気がいる。 重い足を駐車場へ向けたとき、何かが地面の上で動いた。 なっなんだ? 用心して一歩下がって、それから覗き込んでみた。しかし俺はとり目で 良く分からない。 それがなんとか人だと判別できたとき、スッと手が伸びてきた。 「ウワッ」 驚きのあまり屈んでいた体を無理に起こしたので後ろへひっくり返りそう になった。 俺の手はハシッと捕まえられてそれは避けることが出来たのだが、 何か分からぬ者に手首を握られて不気味さが身体中に広がった。 全身が鳥肌になる。 ヤバい。 俺は咄嗟に手を振りきって逃げ出そうとした。しかし思ったよりしっかり と握られていて離れない。いきなり殴り飛ばすわけにもいかずその足を 思いっきり踏んづけた。 ‥えっ、効果無し? なっ何で‥。この体重で踏みつけたんだ。足の裏にもしっかりと踏んだ 感触はあったんだ。なのに何故? ‥冷や汗が流れる。 恐怖で切れてガシガシと何度か踏みつけた。 「ば〜か。耐荷重1トンって言ってるだろう」 ええっ‥。そっその声は。 「とっ‥徹さん?」 「見たら分かるだろ。一体何やってんだよ」 良かったっ。ゾンビにでも狙われたかと思いました。 「徹さんッ」 名前を呼んで思いっきり抱きしめた。と言うより抱きついたという方が 正解だろうか。その相手は俺の体の中にすっぽりと収まってしまっても。 「何だ、お前もしかして恐かったのか。そんなでかい図体してて」 こういうのが苦手っていうのに体の大きさは関係ないと思うんですけど。 「脅かさないで下さいよ」 「見たら分かると思ったんだよ。それにちょっと寝ぼけてたし」 「おれ、霊とかダメなんスよ。おまけにとり目だし」 徹さんの身体をこするように撫で回すと実態がハッキリ掴めてとても 安心できた。 そしてホッとしてもっと強く抱きしめた。 「徹さん‥」 腕に身体に直に徹さんを感じると1週間も会ってなかったことを思い だした。久しぶりに会えた嬉しさも手伝って中々腕をほどけない。 「1週間もどうしてたんです?」 「仕事が忙しかったんだよ。って、何でお前と抱き合って話さなきゃなら ないんだよ」 徹さんは俺の腕の中から出ようともがく。 「すいません。でももう少しこのままで」 「‥そんなに怖がらせちゃったのか。悪い」 徹さんはもがくのを止め俺の背中をポンポンとあやすように叩いてくれる。 やっぱり俺は徹さんが好きなんだなぁ。愛おしくて頭に頬を擦り寄せる。 少し汗の匂いがした。 「おいっ、俺風呂にも入ってないから汚いんだって」 そのとんでもなく美味しい状況にうっとりと浸っていたので、 今度はあっさりと抜け出されてしまった。うっ、惜しい。 「でも何であんな所で座り込んでたんです?」 「立ってられなかったからだよ」 えっ、どういうことだろう。 「なっ、悪いけど今からちょっと時間あるか?」 そりゃ徹さんのためならいくらでも。 「俺、腹減って死にそうなんだよ」 徹さんと一緒ならどこへでも。 「もうほとんど徹夜状態で。この1週間会社に缶詰だったんだよ」 ああ、それで。立ってられないほど眠たかったんですね。 「うちへはシャワーと着替えに帰るくらいで。今日もまたこれから会社に 行かなくちゃならないんだけど、途中で金がないことに気が付いてさ。 うちにも食いもんはないし、こんな時間に誰の所にも行けないし、パチ屋も 閉まっちゃってるだろう。会社まで戻るのは面倒だったし。 それで駐車場見たらまだお前の車があったからさ。出口で待ってたんだ。 悪い、メシ奢って」 「そんなことなら電話してくれれば良かったのに。俺、もっと早く上がって きました」 徹さんは立ち止まり、俺を見つめ、それからポンと手を叩いた。 「なるほど。その手があったな」 きっ気が付いてなかったんですか〜。 「だってトシ、お前とはパチンコ屋の中でしか誘ったことないから、 電話掛けるとかは全然頭にもなかったんだよ」 俺の車に向かいながら話を聞く。でも俺のことを思いだしてくれただけで とても満足です。給料全部はたいてメシ奢りたいくらいです。 |