玉より愛して4

 いつも行く徹さんのマンションのそばのラーメン屋に入ると、徹さんは 本当にガツガツと言う形容が相応しい食べっぷりだった。
 ラーメン、麺二玉。餃子二人前。炒飯大盛り。鳥の唐揚げ。青菜炒め。 おまけに白いご飯。
 この細い体のどこにそれが入っていくのかって不思議でしょうがない。 普段の倍は食べている。
「大丈夫ですか。そんなに食べて」
「俺って食い溜めが利くんだよ」
 ほんとにそんなもんって利くんですか?
「徹さん、食い溜めなんて体に悪いですから、俺が居るときは一緒に飯食い ましょう。時間が無いとか金が無いなら、俺が会社に迎えに行きます」
 押し掛け女房のように思いっきりお節介なことをとうとう口に出して しまった。
 でもなれるなら、俺は女房でもなんでも徹さんと関わりがあるものになり たい。

「んっ‥。もしかしたら‥お言葉に甘えるかも‥しれない‥」
 で、徹さんは落ちた。ガックリと。箸を握りしめたままで頭が垂れ下がって ゆらゆらと揺れる。お腹がふくれたら寝ちゃったのである。 まるで子供みたいに。
 だけど今は作業服を着ていて、俺よりもしっかりした大人に見えた。 いや、ほんとに俺より年上なんだけど。でも一緒にいて徹さんの方が上に 見られたことはない。
 胸には『日野金型』の刺繍がしてある。俺だって‥。自分が決めたくせに 徹さんとの差を思い知らされたようで、少し落ち込む。
 しかし早く家につれて帰らなくちゃ。徹夜がずっと続いてるって言ってた し。
 ラーメン屋の払いを済ませ、徹さんを背中に乗せて店を出たときには既に 夜中の1時だった。

 徹さんのマンションに着く。下まで付いてきたことはあったが、中には 入ってないので部屋番が分からない。集合郵便受けに名字を探す。
 101、102、‥105、106‥横井。あった。1階の1番端っこに その部屋はあった。
「徹さん、徹さんってば。着きましたよ。今うちの前ですよ」
 背中を揺すってみるが起きる様子がない。仕方ないので背負ったまま俺は 自分の上半身を床と平行にした。これで両手で抑えてなくても徹さんは 落ちていかない。空いた両手で作業服のポケットに鍵を探す。 作業服ってのはポケットがやたらと沢山あるのだ。中に一々突っ込んで られないのでポケットのある辺りを押して、掴んでみる。
「う‥うん」
 徹さんはくすぐったいのかちょっとだけ意識が戻るがすぐにこてんと 頭が背中に付く。 お尻のポケットも撫で回し、腰骨の所のポケットを 探す。ここのポケットは深い。不自由な格好で何とか奥まで手を 突っ込んだ。1番奥の方を指を動かして何かあたらないか探ってみた。

「こっこら。くすぐったい。変なところを触るな」
 徹さんは俺の背中の上でくっくっと笑いを堪えている。
「おっ起きてたんですか?」
「あっ、しまった。いや、今な」
「もう降りて下さいよ。重たかったんですから」
 なんて言いはしたが、触れ合うっていうのは嬉しい。だから内心はかなり 喜んでいたのだった。
 徹さんはどっこらしょ、と掛け声をかけながら降りる。でも眠気が 覚めたわけではなさそうで足下はおぼつかない。
「いや〜、気持ち良かった。くせになりそう」
 笑いながら鍵を取り出すとドアを開けた。
「入れよ。ちょっと汚くしてるけどな」

 部屋の中は本当に汚かった。弁当のからやペットボトルに缶が机の上に 山積みになっていた。着替えもソファーの上に散乱していた。
「本当に忙しかったんですねぇ」
「ああ、洗濯もする暇がなくて。また速攻で会社に行かなくちゃならない から。俺シャワー浴びてくるわ。悪いけどそのあとパチ屋の駐車場まで 送ってくれるか。車あそこに置いてきたんだ」
「駐車場ならもう施錠してると思いますけど」
「誰か残ってるだろう。鍵を開けさせればいい」
 顔に似合わず凄いこと言うな。普通は恐くて置いておけないんだけど。 ヤクザ系だと思ってる人が多いから車になにされるか分からないって考える はずなんだけど。それにこの夜中に誰がいるっていうんだろう。昨日の 作業でみんなくたばってるはず。

「俺が会社まで送っていきます。帰りは電話してくれたら迎えに行きます から」
「お前仕事は?」
「あっ明日は休みです」
 誰が何と言おうと絶対休む!
「暇なんか?」
「えっ、そっそうすごい暇だから。迎えに行くくらいは何でもないですよ」
「そうしてくれると有り難い。実は眠くて運転するのも不安なんだ。 パチ屋に行くまでも信号で寝ちまって何回後ろからクラクション鳴らされた か」
 話してる間も何度もあくびをかみ殺してる。そしてフラフラしながら浴室 へ向かった。

 俺はその間にまずゴミを片付ける。悪いかなと思いはしたが、そこら辺を 適当に開けてゴミ袋を探す。資源ゴミなど分けてる余裕がなかったので 全部不燃物に放り込んだ。
 それから洗濯物をかき集め洗濯機へ入れ、勝手にスイッチを押した。 その横の浴室からは水音がしてるが、余り動いてる気配がない。

 シャワーだけと言うには長いような気がして声を掛けてみた。だが返事がない。
「徹さん。徹さん。どうかしたんですか」
 ドアも叩いてみた。やっぱり反応がない。
「徹さん、どうしたんです。何も言わないと開けますよ」
 おかしい。俺は慌ててドアを開けた。

 するとシャワーを背中に浴びて座り込んだまま、なんと徹さんは寝て いたのだ。
 強めのシャワーの音で俺の声は届かないのか何度呼んでも反応して くれない。6月とはいえこのままでは風邪を引いてしまうだろう。
 俺は靴下だけ脱いですぐに中に入った。頭からシャワーを浴びて栓を 止める。屈み込むと徹さんの肩を掴んで揺すった。

「ん‥あと‥5分‥」
 ダメだ、完璧に寝ぼけてる。
 一旦外へ出てバスタオルを探した。座り込んでる徹さんの頭からタオルを 被せ、サッと体を拭く。それでも寝たままの身体を抱き上げると、 リビングのソファーへと運んだ。
 まだ濡れている下半身を拭いてると徹さんはむにゃむにゃと何かを呟く。

「‥自分‥で‥出来‥‥って」
 そして誰かの名前を呼んだ。ハッキリとは聞き取れなかったが、でも名前を 呼んだ気がした。こんなに無防備な格好で身体を触られているのに呼ぶ名前。 考えたくなくて頭を切り換える。腰にタオルを掛け何か着せる物がないか 他の部屋を覗いてみた。

 ドアを開け電気を点ける。その部屋はリビングと違ってまったく使われて ないくらいに綺麗だった。でもベッドとタンスがあるんだから生活してる はずなのに。

 勝手にタンスを開けてみた。

 えっ?

 そこには上下揃った渋い茶色のスーツがたった一点ぶら下がっているだけ だった。
 どう見ても徹さんのサイズではない。横にかなりの幅があった。 それにこの色は徹さんに似合うとは思えなかった。
 何も考えたくなくて、いや考えられなくて、でも身体はひとりでに次の 行動をする。その部屋を出るともう1つあったドアを開けた。

 そこは前の部屋と違って生活感が滲み出ていた。リビングと同じように 服が散らばり、布団はクチャクチャだった。そう、そこにもベッドとタンス があったのだ。そしてこの部屋のベッドのサイズはセミダブルだったの である。
 どんなに考えまいとしても答えがはじき出されてしまう。

 最初の部屋は恋人用。
 呼んだ名前は恋人の名前。
 そして男の恋人が居るのだと。

 あれだけ毎日のようにパチンコに来ていたので、てっきりフリーだと思い 込んでいたのだ。よく考えたら分かりそうなことなのに。あの人が誰の目に も止まらないなんて事があるわけないのに。1人でいる確率の方がはるかに 低いのに。

 なんでそんな簡単なことに気が付かなかったんだろうか。

 自分ひとりで舞い上がっていたことが酷く恥ずかしい。そして心がちぎれ そうなくらいに痛かった。



 俺は徹さんのためにタオルケットと目覚ましを持つ。身体にタオルケットを 掛け、そばの机に1時間後にセットした目覚ましを置いて顔を見つめた。
 寝ている顔はあのきつい瞳が隠れていて、また一段と幼く見えた。

 可愛い。

 この寝顔を独り占めしてる奴がいる。そう思うと堪らなくなった。 無性に腹が立ってきた。嫉妬の嵐が吹き荒れた。

 オトコノ コイビトガイル

 俺の心はうわごとのようにそれを繰り返す。

 ダカラベツニイイダロウ

 一体何がいいのだろうか。脳味噌はそう聞いているのに心は違うことを 命令する。
 徹さんの顔を両手で挟むと親指で頬を撫ぜ、キスしようとした。

 その寸前。
 完璧に寝入ってると思っていた徹さんの目はバチッと開いた。
 ビッと視線が合うと俺の体は固まった。徹さんの顔にへばり付いている手 も外せない。

 唇までの距離、約7センチ。

 押すにも引くにも抜き差しならぬこの状態。一体どうすりゃいいのか 誰か教えて欲しいです。

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