先へ飛びたい方用  4話7話10話



玉より愛して1

 朝9時から働いて途中の休憩と3時間の残業を経て夜の9時になり、 やっと帰れると思ったとき、なにやら事務所の方が騒がしくなった。
「土方、頼む」
 弱り切った顔のオーナーに頭を下げられる。

 俺は溜息を付きながらせっかく着替えた制服をまた着た。立ちっぱなしの 仕事で12時間労働はきつい。
 ホールに出る。
「うわっ、土方。お前まだいるのか? 今日は早番だったんだろう」
「そうッス‥」
 話す間もなく呼び出しランプが天井のそばでクルクルと回って光る。 俺は箱を持って飛んでいった。

 こりゃ、閉店まで帰れそうにないな‥。だるい体に鞭を打つ。
 さっきまでは海の担当だったから大変だったが、今度はバカボンと パワフルのシマだ。余り客がいないから少しはマシだろう、そう考えて 我慢することにした。

 空箱を持っていき客に持たせる。当たりを出して玉で一杯になった箱を 足下に下ろす。客は自分で持っていた箱を、打ってる台の下に置くと下皿の レバーを引いた。ガーッと聞き慣れた音がして下皿一杯になっていた玉が 落ちてくる。
 画面を確認すれば当たった数字は4だった。『確変チャレンジ中』の札を 取り外した。
「おめでとうございます」
 マニュアル通りの言葉で一礼をし、その場を去ろうとした。
「バカヤロ、何がおめでとうだよ。カスだったんだぞ。確変終わっちゃった んだぞ。一体どんだけ突っ込んだと思ってるんだ」

驚きの土方くん
 日向遼様作
 クリックすると元の画像が見れます。
 えっ?

 客に文句を言われるのは慣れている。しかし振り向いたその顔は、 全くの子供だった。子供と言っても中学生くらいだろうか。高校生が打ちに 来てるのはよくあることだが、中学生が堂々とパチンコを打ちに来るなんて。 しかもタバコまで吸っている。それに時間も遅い。
 一度オーナーか店長に相談した方がいいな、そう思ってそこから移動した。



 そのシマから出るとちょうど入り口から警察官が入ってきた。店内を 見渡す。
「通報を受けたんだが‥」
 俺はピンときた。
「こっちです」
 すぐにさっきの客の所へ連れて行った。
「通報の内容と違うようだが‥」
 なんて言ってはいたが、これ以外にここへ来る理由なんて無いだろう。 俺は他のランプに呼ばれてそこから離れた。

 一仕事済ませてから、さっきのシマへ戻るとお巡りさんが頭をペコペコと 下げている。
 中学生はなんだか酷く怒っているようだ。そこへオーナーがやってきた。
「すいません、そっちじゃないんで。こちらにお願いします」
 まずは警官に謝り、一緒に来た店長に訊く。
「おい、一体誰が間違えたんだ」
「あいつ。あのやたらと無駄にデカイ奴」
 中学生に指を差された。
「土方か‥。まだ知らなかったか。一応謝っとけよ」
 オーナーと店長は警察官を連れて事務所に消えた。


「え‥と‥」
「お前ちゃんと頭下げろよ」
「どうして‥ッスか?」
 俺の頭はこの状況に付いていってない。
「‥お前、俺のこといくつだと思ったんだ?」
「中学生」
 即答する。
 目の前の相手は片手を握りしめ、ふるふると握り拳を奮わせるといったん 息を吐き出した。そして俺の顔の真ん前に免許証を突き出した。
 めっ、免許? ほんとだ、同じ顔だ。少なくとも高校生‥‥、って、 なんだ? ふっ普通? 二輪に特殊?

「ちょっ、ちょっと待って下さい」
 頭がクラクラするが、誕生日を見た。
「ええっ!! 年上? いっ5つ‥!」
 なんとその可愛らしい顔をした、どう見ても中学生にしか見えないその人は 、俺より5歳も年上だったのであった。
「じゃあ、‥今、25歳ですか?」
「そ・う・だ。25だぞ、25。一体どうやったら中学生に見えるってんだ よ。中学生って言ったら10だぞ、10も下なんだぞ」
 まだとてもじゃないが信じられない俺は何も言葉が出ない。トレーナーに ジーパンでどうやったら成人に見えるのか、そっちの方が知りたい。 免許証と顔を何度も見比べてしまう。

 すると腹立たしいのか立ち上がってサッと免許を取り上げられた。
 ああ、立つとけっこう身長がある。170くらいだろうか。顔が小さい ので身長との比較でいくと大人の体型だ。華奢な体付きではあったが、 とてもバランスが良く中学生に見えることはなかった。それでも高校生って とこであったが。
「だから、お前〜。何か言うこと無いのか」
 ぐっと睨み付けるその目は、眉と目の間が狭くまぶたが二重に折り たたまれて、とても深い瞳になった。あっ、まつげが長い。肌が綺麗。
 大きくなった目をジッと見ると白目のところが少し広い。それがまた一段と 激しさを加える。童顔だけれど整った顔立ちに、思いがけずきつい深い瞳。
 その瞳に吸い込まれるように睨まれて何故だか動悸が激しくなる。
「すいませんでしたっ!」
 バッと頭を下げると逃げだそうとした。

「待て」
 左の腕を掴まれた。
「謝ったじゃないッスか」
 手首を握られて心臓が飛び出しそうになる。思わず睨み返してしまった。
「あれっ、お前‥」
 その辺のチンピラでもこの三白眼で見ただけで逃げていくのに、その俺の 睨みが利いてないのか、この人は俺の小指に気が付いた。拳を握りしめて 隠すと素早く腕を取り返す。
「なんだ、若いのにどっかの構成員だったのか。でも今どき指つめたり すんのか? そういや顔も迫力有るな」

 俺の小指はちょうど爪の部分が無くなっていた。前髪で隠してあるが額にも 左側にでかい傷がある。
 身長192センチ、体重89キロ。
 このガタイで顔に傷あり、小指無し。
 外を歩くとヤクザで充分通るのだ。

 それにパチンコ屋なんてヤクザの資金源に思われてるかもしれないだろう し。そこに小指のない男が居たらそうだと証明しているようなもんだろう。

 さらりと言われたけれど心は「知られたくなかった」と言う気持ちで 一杯になった。いつものことなのに、誰にそう思われてもかまやしないのに、 何故そんな風に思ったのか自分でも分からない。胸がずきんと痛んだ。

「まっそんなことはいいや。お前が間違えたんだから客には詫びるのが 当然だろう」
「すいませんでした」
「違うって。ちゃんとサービスしろってことだよ」
「はい?」
「だから、チャッカーに玉入れてよ。当然だろう。これだけのことし たんだから」
 普通は指のことを知ると怖がって話してくれなくなるのに。この人は 全然物怖じしない。まったく気にしてないと言えばいいのか。
 その態度で俺の心は幾分軽くなる。

「ほら、早く」
 持っている鍵でガラスを開けると玉を2つ入れた。通常詰まったとき等の お詫びを兼ねたサービスはこれだけだ。
「たったこれだけ? お前悪かったと思ってるの」
 俺は慌ててもう2つ取る。
「だから保留玉一杯にしてよ。あっ、ちゃんと当たれって念を込めるんだぞ」
 既にさっきの玉で回っている台に、追加して保留玉のランプも満杯にした。

「これで」
「ああ、ありがとう。人に入れてもらうとツキが変わるんだよねぇ」
 にっこりと微笑まれて胸が熱くなる。なんて可愛らしく笑うんだろうか。 年上の男相手にときめいてどうする。心臓に落ち着けと命令をする。

「ああっ!!」
 落ち着かそうとしているのに、叫び声で心拍数は一挙に倍になる。
「どっどうしたんです?」
「白ウナギが出た。おおっ、バックにパパの顔まで出たぞ。やった、 鉄板だっ。当たれば確変だっ」
「でも2ですよ」
「雨が降ってただろう?」
 リーチの予告は入店2週間の俺には良く分からない。思いっきり期待 してるのか興奮しながら画面に見入る。
「よしっ、いけっ。そうだ、もっかい復活!」
 興奮が伝わってるかのように、スーパーリーチの第2段階へ発展し、 パパとバカボンは当たり目を釣り上げた。そして言っていた通り、 再抽選で7が出て確変を引いた。
「やったあ! お前のおかげだ」
 満面の笑みでそう言って両手を握られた。もう‥、もうそこで俺は お終いだった。この横井徹と言う見た目中学生の年上の人に、 すっかり参ってしまったのだ。

分校目次 ・愛情教室 ・次へ

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル