玉より愛して7

 徹さんは新しい台が打てるのが本当に嬉しいようだった。少しでも変わったアクションが起こると、その度に俺をつつく。
「トシ。トシ見ろよ。ダブルのコマ送りまで行ったぞ」
 はしゃぐ徹さんを見ている方が楽しくて、自分の方が疎かになる。
「トシ、ちゃんと打たないと。お前のちっとも回って無いじゃないか」

 実は俺はパチンコ屋に勤めてるくせに、パチンコをしたことがなかった。社員研修と称した見習いの時に打ったことがないと言ったら、オーナーが閉店後に少し打たせてくれた。それだけなのだ。自分の金で打つのはこれが初めてだったのだ。
「ほら、ブッコミで回んなかったら弱めで打ってみろ」

 一番上の5本有る天釘の左側の切れ目を狙うというのは分かっていたのだが、弱めって‥。
 とにかく徹さんの言うとおりにハンドルを回して、球筋を修正する。すると点いたことの無かった保留玉のランプが点いた。しばらくすると3つ点いたり、4つ点いたりを繰り返す。回転が短縮される。
「ほんとだ。でも徹さんも打つの初めてなんですよね?」
「だから初めての台は周りの打ってる人を見て、どこら辺が一番回りそうか判断するんだよ」
 言いながらここで止めておけ、とハンドルに1円玉を差し込んで固定してくれた。

  ※パチンコに関する注意4※

 ヘェー、さすがに慣れてるんだなぁ。
「いくら等価でも千円で20回転くらいは欲しいからな。お前の台は命釘広いからいい台なんだぞ。それくらいは回さなきゃ」
 どうしてこんなに詳しいのに徹さんは余り当たってないのだろうか。やはりギャンブルは引きの強さがものを言うのだろうか。


 そして俺はそれを自分で証明してしまった。
 打ち始めてから1万円ほど入れたときだった。

「うわっ」
 びっくりして俺はハンドルから手を離した。
「んっ? どした?」
「いえ、ハンドルが震えたんですよ」
「ええっ、トシ、それって当たり確定だって」
「えっ、ほんとですか」
「ほんとほんと。享楽の台は仕事人もそうだから」

 話してる間に、徹さんが2回も大騒ぎをして外した派手に色が変わるリーチ予告が来て、7のトリプルリーチになった。
「おおっ、おまけに確変決定!」
 徹さんは俺の背中をバシバシ叩く。俺より絶対徹さんの方が興奮してる。
 そして荒野で風が吹きすさぶような、嫌でも期待を高める音楽が最大音で鳴り響き、真ん中のドラムが超スローで動く。
 7が近付いてきた。当たり当確って言われても半信半疑な俺は手を握りしめる。止まれば横の真ん中のラインが揃うのだ。あとの2ラインは既に外れていた。

 止まれっ、と心の中で叫ぶ。横一直線に7が並ぶ。ほんとに当たり? と思ったら、なんとそのまま通り過ぎてしまった。
 徹さんの嘘つき、と思った瞬間。その真ん中のドラムはひょこっと戻ってきた。心臓が跳ね上がる。
「なっ、当たっただろう」
 ニコニコとする徹さん。
 おおーっ、なんかもの凄く嬉しいです。徹さんがパチンコ好きなのが分かるような気がします。


 それから俺がハイエナしたその台は4回連続の確変をゲットしていた。徹さんの台はちっとも当たらないのに。

 そして徹さんはどんどん無口になっていく。初めは一緒に喜んでくれたのに。


 実は徹さんは、あんなに出来た人のくせにパチンコで負けたときは機嫌が悪くなるのだ。パチンコに関してだけは人が変わっちゃうのである。なんて言うといつも機嫌が悪そうなのだが、そうではなくてどうも負け方が問題であるらしい。
 納得いく打ち方の時は負けても勝負運がなかったと思うみたいで普段となんにも変わりがない。

 でも回らないとかで台を移動したら、その元の台が出ちゃったときとか。自分の台の方が圧倒的に回ってるのに、全然回らない台で大量出玉を確保してる人が隣にいるとか。自分がかなり突っ込んでるのに近くでお座り一発されるとか。お座り一発とは、座ったと思ったらいきなり当たることを言うらしい。
 そう言うときはかなりに機嫌が悪いのだ。困ったことに本人にはちっとも自覚がない。

 初めて直面したときは俺が何か悪いことをしたのかと思って、すごく焦った。ご飯を食べていても楽しくない。だから思い切って聞いてみたのだ。「何か怒ってますか」と。返事はそんなことを聞かれるのも何故だか解らないと言うことだった。2度、3度とあると、自分の台をハイエナされたとか、隣の奴が、とか聞けてやっと分かったのである。
 そして初めて会ったときを思い出した。店員(俺)にまで文句付けてたんだって。


 きっとこんな初心者が出してるのが腹立たしいんだろう。出玉の共有はオッケーなので玉をあげようとしたら、馬鹿にするなと言われてしまった。徹さんさえ当たりを引いてくれたらいいんだけど。いや、俺もこれで終わればいいのだ。そうすればビギナーズラックだった、なんて言えば徹さんも笑って、そうだな、って言ってくれるに違いない。

 なのに、なのに‥。俺は何と5回目の確変を引いてしまった。これで6連ちゃん確定。
「良かったじゃないか。また確変で」
 言ってくれることはいつもの徹さんの台詞なんだろうけど、言い方が突き放すように抑揚がない。自覚があればもっと怒ったような言い方になってるだろうから、やっぱり自分じゃ分かってないんだろう‥。

 ううっ、当たりを出して悲しい思いをしているのは俺くらいだろうか。
 徹さん、俺はパチンコが嫌いになりそうです。


 出玉で一杯になったので、コールボタンを押した。箱をもって急いで来てくれたのは‥。
「土方っっ!!」
 この騒音と言ってもいいパチンコ屋の中で、回りのお客さんがびっくりして振り向くほどの声で呼ばれた。
「オッ‥、オーナー‥」
「てんめぇ、今日は腹が痛いとかなんとか抜かしてやがったな」
 うわーっ、メチャクチャにヤバい。なんか言い訳しなくては。
「おっオーナー、他のお客さんが」
 オーナーは周囲の状況に気が付くと、少し頭を下げ俺の箱を変えようとする。拙い、非常にまずいことになった。仮病がばれてしまった上、まさか同じ系列の店で遊んでいるとは誰も思わなかっただろう。

「いや、あの‥自分でやります」
 一応大当たりは終了したので立ち上がると腕を引っ張られた。
「おめぇ、どうも暇そうだから今すぐ制服に着替えてここを手伝え」
「ええーっ、いっ今からですか」
 でもオーナーまでホールに出てるって事は相当に忙しいんだろうな。それは分かるし、ズル休みの俺にはほんとは断る権利はないだろう。しかし今は徹さんと居るのだ。こんなチャンスは二度と無いかもしれないのだ。俺の休みは取れても平日。徹さんの休みは取れても土曜日か日曜日なのだ。2人の休みが合うことは滅多にない。それに休みが合ったって、俺と一緒にいてくれることがどうしてあると言うのだろうか。

「いいか、お前が急に休むから、2号店は他にも急病人が出て全く人手が足りなくなったんだよ。それでこっちから人を送ったんだ。そしたら今度はこっちがバイトの奴が2人もいっぺんに出れなくなって俺までこの有様だ」
 そう言ってジロリと睨まれた。オーナーはまるで本物のヤクザのようでとても恐い。経験が培われた迫力が備わっているし、恰幅もいい。パチンコ屋なんてしてるくらいだから、それに近いのかもしれないけれど。でもうちは暴力団付きではないのだ。オーナー自身が何度もそう言っていた。昔はほんとに色々あったらしいけど。ひも付きでないことはオーナーにとっても誇れることらしい。

 それに恐いだけでなく、オーナーには恩がある。面接に行ったとき店長に「うちはサービス業なんでちょっとねぇ」と俺の顔と小指を見て断ろうとしていたのに、「いいだろう。その面構えが気に入った」そう言って雇ってくれたのだ。ワンマン経営の会社であるから、オーナーの言葉は絶対である。数え切れないほどの面接に落ちていたあとだったので、どれほど嬉しかったか。俺はオーナーに救われたのだ。
 そして雇って貰えたからこそ、こうやって徹さんとも巡り会えることが出来たのである。

 オーナーを取るか、徹さんを取るか。
 義理を果たし恩を返すか、チャンスを生かし少しでもお近づきになるか。
 非常に悩めるところである。

 誰かに聞けるものなら聞きたいです。 俺はどっちを取るべきなんでしょうか。

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