玉より愛して6

 俺は赤くなっていたのだろうか。
「トシって可愛いな」
 何とも俺を形容する一番似合わないことを言って徹さんは自分の手を見せ た。
「俺もほら、指紋がないんだ」
 徹さんの手を取って指先を見る。
 ほんとだ。本当に指紋がない。一本一本を丹念に見ていくと薬指や小指 にはちゃんとあった。人差し指が特にツルツルになっており、その皮膚も 薄かった。

「脅かさないで下さいよ。仕上げの検査かなんかですか」
「あはは、分かった? ここんとこずっとだったから。研磨工でもないのに これだよ」
 愛おしい人に触れることが出来てその動きはとても優しくなる。例え指 だって一本一本が徹さんなのだ。

「こら、そんな怪しげな触り方をするな」
 そう言われると止めたくなくなるのが人の常。徹さんの言い方は反対に やってくれと言っているようで‥。俺はドキドキしながら徹さんの真似を して人差し指を口に含んだ。
 舌で舐めてみる。やっぱりつるりとした感触は指だと思うと変だった。
「ばか、トシ。そんなことされたら感じちゃうだろう」
 その手は素早く引っ込められてしまった。もしかするともの凄く 惜しかったのではないだろうか。

「感じる?」
「ああ、俺はね、どちらでもいけるし、どっちもやれるから」
 ニヤリとされると俺の気持ちがばれているのかと思ってしまう。どちら でもいけるって言うのは男でも女でも対象になるって言うことだろうか。 そして、
「どっちもやれる?」
 これはどう言うことなんだろう。
「ノンケのお前には分かんなくていいよ」
 ポンポンと子供にするように頭を叩かれた。

 ああ、徹さんはやはり年上なのだ。俺より5年も多く生きているのだ。 色々な経験があって当然だろう。先ほど呼んでいた名前の相手もそのうちの 一人なんだろうか。


「さて、ちょっと寝たらスッキリした」
 なんて言ってたくせに車の中でも熟睡してくれて、場所を知らない俺は 真夜中だというのに徹さんの会社に行くのに1時間以上かかってしまった。

 それからその日は無理やり休みを取った。きちんとシフトが組んであるので 突然休むのはやはり許され難い行為なのだ。それまでどんなに真面目に勤務 していても。
 そして一日中携帯と睨めっこをして起きていた。徹さんには負けるかも しれないけれど俺だって相当疲れが溜まってたはずなのに。

 だって徹さんと出逢ってからずっと無茶なシフトをこなしつつ今まで皆勤 だったし、何と言っても昨日は新台入れ替えだったのだ。
 一昨日の晩になるが、閉店してから変える台を撤去し、新しい台を入れた。 普通は台を入れ替えるときは休みにすると思うのだが、うちの方針は 年中無休。しかも最長の23時まで営業だ。それから一シマ分の台を入れ替 えするのは完徹じゃないと無理なのだ。

 それを手伝った俺は遅番でも良かったんだが徹さんのことが気に掛かって いたのでシャワーだけでまた出勤し、ホールに夜まで居続け勤務していたの に。それなのに興奮して一睡も出来なかった。
 これで俺も二晩寝てないことになるのだ。


「今日が納期だから問題なく納めれれば定時で帰れるはずだから」
 徹さんは別れ際に言ったその言葉通り4時半に電話を掛けてきて、 定時の5時に迎えに来てと言った。

「トシ、サンキューな。パチ屋まで行ってくれればいいから」
「でも眠たくて運転できないって」
「ああいいの。運転しないから」
「えっ、どう言うことですか」
「だってせっかく定時で帰れたんだぜ。おまけに新台入れ替えしたばっかり じゃないか」
「もっもしかしてパチンコするんですか!」
「あったり前だろう。今日打たなかったら一体いつ打てばいいんだよ。 ナインドラムだぜ、新台」

 なっ何という‥。無類のパチンコ好きと言えばいいのか。目の下に しっかりクマを作ったその顔でパチンコすると言うとは。 俺には想像がつかなかったです。
 もしかしたら今日は一緒に居れるかも、と言う俺の淡い期待はあっさりと 果ててしまった。
「じゃあ俺は送り迎えしただけッスね」
 ぬか喜びのショックは思ったよりでかくてグチが勝手に口から出ていた。
「なんだトシ、お前本当に暇なんだな」
 ちょっと違う意味に徹さんは解釈する。
「だったら一緒に打てばいいじゃないか」
 ええっ、俺も一緒にパチンコしていいんですか。
「あっ、でも自分の店じゃ打てないッス‥」
「そうか、そうだな。あそこは昨日入れ替えしたばっかりだからどうせ新しい 台は打てないだろうし、それじゃ駅前の店に行くか。そしたらお前も一緒に 打てるだろ」
「はっはい!」
 こっこれって、デートって言ってもいいですか?
 いつもホールには一緒にいたわけだが、打ちに行ったことはない。ああ、 徹さんの隣で居れるなんて。他の客が羨ましかったりねたましかったりした のだが、今日は俺が隣に居れるのだ。なんて気分がいいのだろう。


 徹さんの案内で駅前のパチンコ屋に着く。
「あれ、ここって」
「そう、お前の居る店の3号店だ」
 俺の勤めているところと同じ名前で少し驚いた。もちろん他にも店がある ことは知っていたし、オーナーって凄いやり手だと聞いていたが、こんな 駅前の一等地にこんなデカデカとパチ屋を構えているなんて。 よっぽど儲かってるんだろうな。
 でも給料を考えたら納得する。今までのどこよりも高給であった。 そしてやたらと働いてる俺はもの凄い高給取りであったのだ。 きっと同じ年の奴の倍は稼いでいるだろう。

「ほら、さっさと行くぞ」
 徹さんに背中を押されて中に入る。うちと違ってそこは新台が2シマ分 入っていた。壁に貼ってある広告を見れば入ってから1週間が経過していた。
 そのせいかちらほらと空いてる台があった。徹さんは一番端の台の上皿に さっさとキーホルダーの付いた鍵を放り込んだ。その隣は空いてない。
 徹さんは俺のことなんか忘れ去って喜々として両替している。 朝からそのつもりだったらしく、昼休みにちゃんとお金を下ろしてきたと 言っていた。
「トシ、何やってんだよ。早く台取らないと会社帰りの人で一杯に なっちゃうぞ」
 その帰りがけにやっと気が付いてくれてそんなつれないことを言う。 俺はパチンコが打ちたい訳じゃなくて、徹さんと一緒にいたいんです。

「おお〜、すげぇ。ほんとに9つもドラムが回ってる。それに金ぴかで派手〜、 黒地に金で地味派手か」
 隣に立って徹さんが打ち始めるのを見ていた。

「おい、そんなデカイのがそんなところに立ってると邪魔だぞ」
 俺は徹さんに邪魔にされてネジが一本飛んでいってしまった。
「徹さんの隣じゃないとイヤです」
 そしてハッキリと声に出して言い切った。おまけに無意識のうちに隣に 座っていた兄ちゃんを睨み付けていた。
 蛇に睨まれた蛙のようになった兄ちゃんは、何度か俺の顔を盗み見ては 隠すように500円玉を入れる。CR機ではあるが、最近プリペイドカード を使用してるところはあまりない。偽造カードが反乱してから使うのを 止めたのだ。代わりに台間サンドが復活したのである。

  ※パチンコに関する注意3※


 その兄ちゃんは、―チンピラを睨むわけでなくただ見ただけで逃げていく 俺の顔の―、本当の睨みに耐えれたのは2回分、すなわち千円分であった。
「あっ‥あの‥、ここ‥空きますから」
 完璧にビクつきながら徹さんの隣の席を譲ってくれた。やった。 恐い顔ってのもたまには役に立つ。

「トシ、お前大人しいくせに凄いことするんだな。いま、ちょっと違う人 みたいだったぞ」
 しっしまった。あいつさえ居なければ‥と言う思いが強すぎて、一番 思われたくないはずの見てくれと同じ俺になってしまった。

「すいません、恐かったッスか?」
「恐い? なんで」
「だって睨んだだけで逃げていったんですよ。だから徹さんも凄いことって 言ったんでしょう」
「んっ? あの人はもう止めようかどうしようか悩んでたんだよ。相当 突っ込んでたみたいだったし。燃え上がってあっちんちんになってた みたいだったから。それを止めさせてやったなんてなんか凄いよ」
 どうして徹さんはこんなにあっさりと俺の心を軽くしてくれるのか。 なんて凄い人なんだろうか。

 徹さんと居ると酷く調子が狂う。でもそれは不調になっているのではなく、 今までに経験したことがないくらいに好調になっているのだ。
 俺は徹さんといると、とてつもなく幸せになれるような気がした。今まで 世の中をひがんでしまっていた俺が生まれ変われるような気がした。

 徹さんは俺の天使かもしれない。

 そして俺はどうしようもないくらいに高く高く舞い上がって、下りて こられなくなってしまった。見なければそれなりに過ごせたものも、 一度その高みを見てしまってはもうダメだ。

 人間は欲深い。
 そして弱い。

 登ってしまったらもう二度と下りたくはないのだ。いや下りれないのだ。 下に行きたくないために色々と足掻き、苦しみ、最後は自らの命を絶つか、 犯罪に走ってしまったりするのだ。
 今の俺は徹さんを手に入れるためなら何でもしてしまいそうだった。そう、 ただ俺自身のために‥。


 神様、一生に一度切りのお願いです。俺は今までただの一度もあなたに 願ったことはありませんでした。どうせ叶わないと思っていたから。 でもこれだけは願いたいです。

 俺に徹さんを下さい。

 それだけをたった一度っきり、心の底からお願いします。


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