玉より愛して8

 すると横からすかさず徹さんが口を挟んだ。
「お前暇だって言ってたじゃないか。困ってるんだし助けてやれば?」
「でっでも徹さんは?」
「俺は帰る」
「あっ足がないですよ」
「子供じゃないんだからどうやってでも帰れる」

 そっそんなぁ。こんな状態で別れたら、俺は今日も寝ることができません。しかも徹さんだって疲れてるから明日はパチ屋には来てくれないかもしれないし。
 なんとかして徹さんを引き止めなくてはいけない。
 そのときオーナーが天からの助けを出してくれた。
「おい、あとはこいつに任せときゃいいだろう。お前は早く来いよ」
 忙しいオーナーはそう言ってすぐに立ち去った。 しかしとてもいいことを教えてくれた。これはいける!

「徹さん、俺は手伝いに行ってきます。でもこの台、まだ確変中だから 徹さんが打ってくれませんか?」
「やだね、人の打ち子なんて」
 これは予想通りの反応。

「だからここまでは俺が引いた当たりですが、次の次からは徹さんが打って くれたら、それは徹さん自身が当たりを引いたことになるわけですよね。 だから、この次の当たり分からは、出た玉は全部徹さんの物って言うことで どうですか?」
 徹さんの眉がピクッと動いた。
 よしっ、食いついた。もう一押し。
「この台、まだまだ出そうですよ。でもここで続けて引くことができるのは、 その人の強さですよね」
「ふ〜ん、そこまで言うんなら打ってやろうじゃないか。だけど無くなって も泣くなよ」
「そのときは俺が打ってても無くなってますって」
「よっしゃ、確変ゲットだぜ」
 いきなり徹さんの顔には闘志が漲る。
「閉店まで居ますよね?」
「あったり前だろう」

 いつもの徹さんがそこには居た。取り敢えず良かった〜。ホッとする。
 でもこれで当たり6回分、3箱呑み込まれたらまたとんでもなく機嫌が悪くなるだろうな‥、なんて心配は全く必要がなかった。この後まだ6連ちゃんし、数珠り、勢いは止まらなかった。

 徹さんが当たりを引きまくっている間、俺は車から制服を取ってきて、閉店まで働いた。


 閉店の合図が鳴っても徹さんの台はまだ確変中だった。次からは無効になります、と言う放送が入る寸前にもう一度確変を引いた。
 確変中のまま閉店を向かえた場合、うちは残り一回分の出玉を保証している。他のお客さんの始末を全て終え、ようやく当たりを終了した徹さんの所へ規定の玉を持って行った。

「すごい出ましたね」
「ああ、ちょうど半分ずつしようぜ」
 ニッコリとする徹さんは、疲れなんか微塵も感じさせずに生き生きとしていた。
 はぁっ、ため息が出てしまう。やっぱり徹さんはこういう顔をしている方がいい。少し前の機嫌の悪いときと思い比べてみて、しげしげと眺めてしまった。見惚れてたと言った方がいいかもしれない。

「おい、トシ。なにボケッとしてるんだよ。他のお客はほとんど帰っちゃったぞ。換金しないとお金ないんだからな」
 徹さんは景品交換所が閉まってしまうのを心配している。
「あっ、はいはい。すぐに」
 俺はガラスを開けるとパチンコ屋の七つ道具と言えばいいのか、先がかぎになってる針金みたいなもので、アタッカーの入り口を引っかけて開いた。
 そこへうちの大当たり一回分の規定数の玉を流し込む。

 チャリンチャリンジャラジャラ、と一台だけなので音を響かせながら玉を出す。
 全て玉数は管理されているので、フロントの方で数だけ足すって訳にはいかないのだ。ちゃんと入れた分を吐き出さないといけない。ちなみに普通のCR機のアタッカー入賞数は15玉。1つ入ると15個出てくるわけである。
 大当たり中は1ラウンドで9個〜10個締めになっている。まあ10個締めとして1ラウンドで150発の玉が吐き出されるのだ。それが15ラウンドまである。計算上は2250発の出玉があるわけだが、その間も打ち続けているので、大抵二千発ちょっとになる。
 だからうちの店で大当たり保証分は135玉をアタッカーに入れることになっていた。

 一気に流し込んでも全てが吐き出されるまでは時間がかかる。カウンターに並んでいた最後のお客が出て行った。
「もう誰も居ないからほっといて運んじまおうぜ」
 現金な徹さんは自分で台車を持ってくると箱を乗せ始める。俺は上皿と下皿のレバーを押さえてないといけないので、動けない。
 俺が出している一箱を置いて、徹さんは出玉計測器が置いてある所まで行ってしまった。
 他の店員がそれを計測器に入れる。これも大量にあると結構時間を食う。俺が最後の一箱を持って行った頃に、やっと全ての玉が呑み込まれていった。

「さて、それで最後だ」
 俺が入れた分を合わせてはじき出された数字は‥。なんと4万発。
「おおっ、すっげぇ」
 子供のように瞳をキラキラさせる徹さん。
「俺、5時間程でこんなに出したのって初めてかもしんない」

 徹さんは俺の分も含めて、現金換算約16万円分の景品を持ってウキウキと交換所へ行った。


 しかし後片づけが終わっても徹さんは戻ってこなかった。もしかしたら車で待ってるかも、そう思ったら居ても立ってもいられなくなった。
「オーナー。今日はすいませんでした。でも俺、あの、さっきの人が待ってると思うのでここで帰らせて貰ってもいいですか?」
 オーナーはまたジロリと睨む。やっやっぱ恐い。
「ああ、休みの所を悪かったな。お前が台の入れ替えもやってたのを忘れてたんだ。でもって次の日は朝から来てたんだよな。休みたいのも当然だ。助かった。気付いてやれずに悪かったな」

 ‥オーナー。俺が悪かったのに。

 今までの所なら、だからチンピラは‥、みたいに言われてブチ切れて辞めているところだった。
 やっぱり仕事をとって良かった。オーナーを助けることが出来て良かった。徹さんの言うとおりだった。少しは恩に報いることが出来ただろうか。

 俺はオーナーに向かって深々と頭を下げると店外へ出たのだった。

 お客はほとんど残ってなかった。車が数台目の前を通り過ぎた。自分の車のそばには徹さんはいなかった。
 この店の景品交換所はどこだろう。俺の居る2号店と違って、ネオンが消えても明るい。場所を聞いてくれば良かったと思いながらも、もう一度戻るのはためらわれて小走りになって探していた。

 すると‥。

「お前ね、そんなことしてもすぐに捕まるって」
 徹さんの声だ。
「うるせぇっ、黙れ!」
「どうせやるなら、深夜に中の金庫狙った方が賢いだろう。もうちょっと考えろよ」
 なっ何を言っているのか。もしかしたらヤバい奴に関わっているのではないだろうか。

 俺の不安は的中した。
 声を頼りに景品交換所が見えるところまで来たときには、徹さんの喉元にはナイフが突き付けられ街灯で光っていた。

 俺の喉の方が焼けた。息が詰まって心臓が大きく鳴る。
 どうして、どうしてこんなことに。何故徹さんなのか。最後の一人を狙っていたのだろうか。なぜ俺は付いていかなかったんだろう。後悔が渦を巻き、目の前が真っ暗になる。

「早くそれをこっちに寄こせ。こいつがどうなってもいいのか」
「だからさぁ。この中にはちゃんと警報装置があるわけ。今頃とっくに警察に通報されてるって」
 とっ徹さん。頼みますから犯人を煽るのは止めて下さい。
 景品強盗は徹さんを盾に交換所のおばちゃんに景品を運ばせていた。

「お前が‥お前がいけないんだ。俺の台を」
 犯人はブツブツと呟きながらナイフの切っ先を徹さんに強く押し付ける。

 俺は、俺はどうすればいいのだろう。咄嗟に出て行って驚いた弾みで徹さんに何かされるのが一番恐かった。
 ああっ、もう2週間後なら強盗に対応するための防犯訓練があったのに。

 影から覗いてた俺は、犯人の顔を見て何か引っ掛かった。さっきの言葉も引っ掛かる。
 もう一度目を凝らしてよく見る。
 あっ、あっあいつは‥。
「ああーっ、おっお前」
 俺が気が付いたのと、徹さんが気が付いたのは同時だった。

 犯人は俺が睨んで追い出した兄ちゃんだったのだ。

「お前らに当たりをさらわれたんだ。だから‥だから、返してもらってもいいはずだ」
「何を無茶苦茶なこと言ってるんだ。あれから1万は突っ込んでるんだぞ。お前、もう金がなかったんだろう。晩飯も食えなくなるところだったんじゃないのか? それを途中で正気に戻して貰えたんだから感謝するのが筋ってもんだろう」
「うっうるせー」
 徹さんの予想は鋭かったようで兄ちゃんに返す言葉はない。だが徹さんは自分の陥った状況を分かっているのだろうか。
 刺されたらどうするんですか!

 ハラハラして徹さんを見守りながら、また後悔が胸を走る。

 そう、徹さんはああ言ってくれてるが、それでも俺が悪いんだ。
 俺が徹さんに付きまとったばっかりに。そうじゃなきゃ徹さんは2号店に行っていたのだ。例えここに来ていてもこの兄ちゃんに狙われることはなかったのだ。
 俺はやっぱり徹さんには相応しくない人間なんだ。

 神様。徹さんを下さいと言ったのは嘘です。

 取り消せるのなら今すぐ取り消したい。
 こんな自分に過分な幸せを願ってしまったから罰が当たったんだ。俺は今でも充分幸せなのに。仕事があって、徹さんに会えて。
 一体これ以上何を望みたかったのだろうか。

 俺は徹さんの幸せを願うべきであって自分のことを願うべきではなかったのだ。たった今それに気が付いた。どうして現状で満足できなかったのか。でもそれは遅かった。

 どうか徹さんを無事に帰して下さい。俺の一生に一度の願いはこれに変更して下さい。

 どうか、どうか徹さんが無事でいられますように。変更が聞き入れて貰えますように。
 本当に祈るように徹さんの無事を願った。


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