月の儀式2

 トオミに会ったのはハイトが五歳の時だった。会ったと言っても百日目のお披露目のときに赤ん坊を見ただけなのだが。これからずっとお守りするんだよ、そう言われたのだ。
 自分の兄たちや、他の守り役も含め十二人に主が決まっていた。長のお相手は四人いたので子供も数が多かったのだ。また力の存続のためたくさんの継承者が必要であったのだ。

 そして自分が守る相手の誕生。皆の前にその母親と現れたときのどよめきはかつてないものであった。こんなに美しい赤ん坊は見たことがない。後光がさしているようで、ハイトは幼いながらも心を奪われたことをよく覚えている。
 もちろんその母も大変に美しい人であり、ゆいいつ長が望んで妃になった方である。
 濃い血を残すため、子を生す相手は血の繋がりのある家から選ぶ。他の集落の長の子だったり、ハイトのような守り役の家からがほとんどだ。長になれなかった直系の者たちがそれぞれ跡を継いだり、女子が嫁いだりしているからである。
 その暗黙の掟を破ってまで望んだ相手は、皆が納得する美貌と強さと、優しさを兼ね備えていた。
 しかし力を授かってすぐに添い遂げたにも関わらず、子はできなかった。長も周囲の者も諦めていた、実に十年後。妃は子を身ごもったのである。トオミは第一妃の子でありながら十三男で、妃にとってはただ一人の子であるのだ。

 長も他の子と比べ、はっきりとひいきが分かるほどにトオミを可愛がった。また後の方で良かったとさえ思っていたのだ。歴代の長達は皆、一桁代である。先に生まれた者が力を授かれば、集落を出て危険な旅をする必要はない。しかも長になれば自由はない。
 周りの者も薄い血筋ではまず力を授かることはないだろうと踏んで、長のそんな態度にも寛容であった。

 そのお陰でハイトにも『字』が与えられたのだ。直系の者以外では特例であった。
 長はその最愛の人との子を、手放さなくてはならないとは夢にも思ってなかっただろう。
 トオことドリはその長の心中を察して、自分が力を授からなかったことに責任すら感じていたのだ。
 そしてハイトも理由は違えど同じ思いでいた一人であった。自分の大事な、愛おしい主を魔物の跋扈する森へなぞ行かしたくはなかった。一人目からドリまで祈るような思いで帰ってくるのを待っていた。

 誰も力を授からなかった‥‥。

 しかしこうなってしまうと逆に腹は決まる。トオミのことは自分が命を懸けて必ず守り抜く。それどころか、まだ二人戻ってないにも関わらず、自分の主こそがやはり長になるべき人であったのかと誇りに思う。守り役は守り役なりに複雑らしい。
 今までトオミが寝ていた場所に座り、決意を新たにするハイトであった。


 一方、そんなハイトの複雑な心境を考えたこともないトオミは、ただ呼びつけられたことに単純に文句を付けていた。
「めんどくせぇなあ。名前と剣だけくれやそんでいいのに。おまけに月の儀式なのに何でお月様の見えない新月なんだ」
 何度も始まりの証だと言われていたのに、まだ同じことを繰り返す。一目でふてくされてるのが分かるほど態度に出ているのに、トオミとすれ違う人は振り向いて、見つめずにはいられない。長の子と言うだけではない。美しいと言うだけではない。彼自身と彼の周りの空気が、輝いているのだ。
 そばにいるだけで心が浄化されていくような気分にさせてくれる。そんなトオミは幾分肩身が狭い血であっても集落のみんなから愛されていた。ハイトが誇りに思っても当然であろう。

 しかし族長第一候補はドリであった。力があり、頭も良く、戦闘に長けていた。そして思いやりもあった。皆が次の族長はドリだと信じて疑わなかったのだ。
 それだけに落胆は大きく、トオミに対する期待が膨らむ。多少わがままで子供っぽくあろうとも。

「なに怒ってんだよ」
 同じぐらいの年の友達が二人、トオミに声をかける。
「えっ、ああ、お前らか。なんか儀式が近づいてきたらやたらと呼びつけられてやんなっちゃうよ」
 やはり、年が近いと愚痴が言いやすいのか。いや、ハイトにも平気で言っていたか。
「いいじゃんか。ちょっと我慢すれば旨いもんがたらふく食えるんだぜ」
「そう、そう。月の儀式様さまだよな」
 彼らには楽しい宴の部分しか関わりがない。
「いいよな、関係なくて‥。それよりもう当番か。こないだやったばかりだぞ」
 二人が棒に通して担いでいる樽を見る。それは屋敷から運んできた直系の者達の排泄物だった。
「そうか、お前忙しかったからそう思うだけじゃないか。ちゃんと肥捲きしておかないと魔物が寄ってくると困るからな」
 集落に住む者としては当然だろう。長の子であろうが仕事は公平にこなさなくてはならない。
「まあそうだけど。分かってると思うけど外は気をつけろよ」
「大丈夫。魔除けがこんなにたくさん」
 二人はおどけて捲く真似をし、塀の外へと向かっていった。
「ほんとに効果あんのかな。あのすんげぇつたのお陰なんじゃないのか」
 トオミもそう呟いて屋敷に入っていった。きっと次が最後の当番になるだろう。


 ここで言われている力とは、魔物に対抗できる『聖なる力』のことである。外へ出ると、人間に狙いを定めた魔物が目を光らせ潜んでいるのだ。この集落を狙ってきた大魔を退治するのが長の役目なのだ。
 月の聖石から作られた剣に聖光を宿らす、それが聖なる力である。この剣で突けばどんな巨大な魔物でも一撃で片付けることができるのだ。
 力が宿れば魔物が近づけない体になる。長の体に取り込まれると、魔除けの成分が移るのであろうか。血肉に限らず、体から出る物にもその効果があった。直系の者達も血がそうさせるのだろう。長に比べると微力ながらその魔除けの力は皆持っていた。

 使える物は全て使う。先人から受け継いだ知恵である。普通はたい肥に使う物を屋敷の分だけは、外に捲きに行くのだ。これで一番数を占める小魔は寄ってこれない。つたが異様に茂っていた理由でもある。
 そして魔物が住む森を旅する、なんて無謀をこなすことができる理由でもあった。それでなくては、いくら先祖代々直系の者の墓が道に沿って作られていて、魔除けの役目を果たしてくれていても、生きて帰ってくるのは難しい。
 集落と集落とを行き来するのは聖を分かつ血を持つ者の仕事であった。もちろん、皆が農具、工具を手にしている間、剣を手にし、鍛え抜いている。皆を守れるのは自分たちしかいないのだから。

 闘いは、直系の男達の宿命であるのだ。


    §    §    §
     

「‥ミ様。もう‥やめて‥下さい」
 逞しい体を持つ男が、裸で俯せにさせられて、腰だけを挙げた格好を強いられていた。よく見るとかなりのケガをしてるようで、背中にも、地面にも大量の血が溜まっている。
「ダメだ。まだ完全に治ってない」
 気を送っている方がずっと華奢な体で、まだ少年である。こちらは服と、鉄で作られた兜と胸当て、具手、具足も着けていた。その全てに細工が施され、無骨と言うよりは芸術的であった。
 横に散らばってる物には細工はなかったが、少年のと同じだけ種類があった。後は剣が二本、揃えて置いてあった。
「せっせめて場所を‥移動して‥」
 そう、場所がちょうど先代大長の墓の前で、街道のど真ん中である。
「うるさい。ルドって呼ばなかったから聞いてやらない。それに奥へなんて入ってみろ。いつまた狙われるか分からないじゃないか」
 そう、半年ほど前に月の儀を済ませたルドと、守り役のハイトの二人であった。


 守り役の役目の一つに気の儀式があった。それは直系の者の子孫をより多く残す意味で、大切なことであった。護衛が役目の大部分を占める守り役は、数が足りる限り男である。その同性の者が相手をするのは、女子を抱くのとは違うであろうが、鍛錬には適していた。身ごもることもない。
 長になる者は妃が、そのほかの者も伴侶が決まるまで、相手を務めるのが当然であった。

 しかし状況を見る限り、今はそんな場合ではないはずなのだが。
 ルドはさっきまでべそをかいていた顔をほんのりと染め、月の使いと間違うような目映さを放っていた。そのルドの指でハイトの腰をなぞる。
 背中から腰にかけても大量の血がこびり付いていたが、なぜかそれ相応の傷が見あたらない。丸めた指ほどのかさぶたはあるのだが、出血したばかりとはとても思えない。

 血の中のかさぶたを確認すると、ルドはやっと笑った。それもニヤリと。死ぬほど心配したのだ。寿命が縮まる思いを少しくらい分けてやっても罰は当たらないだろう。
「次で完璧だ」
「お‥願いですから‥‥誰か通ったら‥」
「こんなとこ誰も来るわけないじゃん」
 ルドはそう言い切ると気の儀の終了に向けて動き出した。もうハイトは黙って待つしかない。
 ハイトの体を心配して、自分で煽ってから気だけを放ったさっきとは違う。けが人を前にして勃たせるのは随分と苦労したのだ。今度は遠慮なく体を打ち付け、快楽も味わう。
「‥あっ、いっイく‥」
 声と共にルドは自分だけ気を放った。

 ハイトの腰を抱き、ケガをじっと見つめる。するとどうだろう。かさぶたが浮いた。ルドはそっとそのかさぶたを持ち上げてみた。慎重に。下にはきれいに再生した皮膚があった。
「やった!」
 叫ぶと同時にハイトにそのまま抱きつく。勢い余ってルドの兜がハイトの頭に落ちた。鈍い音が響く。
「‥つっ。‥ルド様‥、頭もですが、素肌には武装したままでは痛いです。早く服を着させて下さい」
「俺は別に困らんぞ」
 ハイトの傷がすっかり良くなって、ルドは嬉しくて意地悪になる。
「もう、裸の供を連れていたなんて、ルド様も笑われるんですよ。分かってるんですか」
 仕方ないなぁ、と呟くとルドも脱ぎ始めた。
「なっ何してるんですか」
「だって俺も気をもらわないと、もう聖光が出ないぜ」
 唖然とするハイトを尻目に服を脱ぎ終えると、今度は正面から飛ぶように抱きついた。
「だからしよ。なっ」
 ルドの気軽で素早い行動に、もう文句を言うどころではないようだ。ハイトも渋りながらもそれに応え、最後はしっかりと抱き締めてくれた。ルドは満足してゆっくりと唇を合わせた。


 魔物には知力がない。だから獣が襲ってくるのと大差はない。しかし、獣は匂いを嗅いで、人と判断すればむやみには出てこない。だが魔物は逆に喜んで出てくるのだ。
 魔物も獣のように形は千差万別なのだが、成長するには人を殺し、その魂を喰らう必要があった。生きていくだけなら獣でも事は足りるようだが、そこは本能という奴だろう。大きくなるために人を襲う、魔物にとっては自然なことに違いない。
 魔物の寿命は誰も知らない。だから大きければ大きいほど、長く生きていると信じられていた。防衛の術が整ってきて、昔ほどは魔に倒れることがなくなったと思われるのに、まだ大魔が出るのは長寿にあるようだ。

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