先へ飛びたい方用 4話、7話、10話 |
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月の一族――掟 長より男児として生まれし者 十五の時より力を求めよ 強く正しき選ばれし者にその力、宿るなり 聖なる力を宿し者 長となり、魔物より人々を守るべし 「ったく、こんなもんがあるから俺は好きに出来ないんだよな」 ルドは月の石で作られた剣の、鞘に彫られた掟を指で弾いた。これは直系の者が持つ剣にだけ彫られている。 要は印なのだ。そのことを肝に銘じ、闘えという。 「ギガんとこみたいになりたい奴の勝ち抜き戦ならいいのに」 ルドはギガをみて羨ましく思う。同じ立場でありながら好きに生きていると。 「‥ルド様」 ハイトの呼ぶ声で我に返る。 「都まであと少しか‥」 そう呟くと、差し出された大事な腕を取って起きあがった。 § § § 広い海から大陸を目指すと遙か水平線の向こうから、まず山が一つ見えた。その下に重なりあう山々が姿を現すと、先ほどの山がいかに高いかがよくわかる。山脈がくっきりしてくると、谷間に沿って流れる川が目に入った。 川の幅が大きくなるにつれて、右側には深い緑が、左側には岩肌が広がる。大きな河口となると緑は磯に、岩肌は砂漠と草原になりそして砂浜へと変化していく。 大河によって分けられた大地は、それぞれ異なる自然形態を見せてくれた。 ここ、森の大地では月の一族が暮らしていた。初めは一つだったのが、少しずつ分散し、今では集落は二十を超える。その本家である大集落では三千もの人々が大長の力に守らて栄えていた。 密林と呼んでもいい、うっそうとした森が広がる。その中を一本の道が抜ける。たどって行くと薄暗さに慣れた目が、眩んだ。 森が切り開かれている‥。 月の一族の大集落、月の聖地に出たのだ。 しかし目の前にあるのは輝くような緑ばかり。かろうじて見える門がなければ入ることすら不可能に思えただろう。 中の門番に声を掛け小さな潜り戸から入ると、内側からは石が見える。土の大地からわざわざ運んできたのだろうか、頑丈そうな石の塀が周りを囲んでいる。緑はそれを覆い尽くしているつたのせいだった。 なぜこんなに茂っているのか、ふと疑問に思ったが、これだけ緑に囲まれているとそれも当然のように思えた。 かなりの広さの土地を囲んでいるようで、木で造られた家が建ち並び、綿の布一枚という軽装の人々が行き交う。畑もあれば家畜小屋もある、そんな中で、中心にあるひときわ目立つ建物、それが大長(おおおさ)の屋敷であった。 木材は全て着色した樹液で塗られ、柱は火の色で統一されていた。そのほかの板作りの部分は闇の色に塗られ、鈍い光沢を放つ。一目見ただけでかなり手の込んだ造りということがわかる。 磨き上げられた廊下を行くと、圧倒的な存在感を滲ませた中年の男が、日焼けをし疲労を滲ませた青年と話しをしている。 「五年ぶりか、立派になって‥よく無事で帰った。‥‥何も言わんでいい。顔を見れば解る。戻ってきてくれただけでよい」 「大王(おおきみ)‥」 青年は自然と頭を下げる。 「止めんかトオ。その呼び方は。周りの集落の者はそのような呼び方をしているようじゃが、ここは王制ではないぞ。しかも今は他に人はおらん。そうしゃちほこばらんでもよいだろう」 大王と呼ばれた男は少し食傷気味に答える。 「父上‥。いや、大長。兄たちはどうだったんですか」 懐かしさに込み上げるものを少し味わうと、トオは大長に向き合って、一番気になることを聞いた。おおよその噂は聞いていたが‥。 大長は黙って首を振る。二人ともに、一瞬の沈黙が流れる。 「だがまだトオより後から出た二人が戻っておらんし、月の儀を迎えておらん者も三人おる。この五人のうち必ず誰かが授かるはずじゃ」 大長の目は宙を仰いで、手には力が入る。トオを慰めているのか、自分を励ましているのかよく解らない。 「あと三人というと、次は‥」 トオはある心配を胸に、様子を窺う。 「うむ、トオミの番じゃな。じきに十五になる」 大長は今度はハッキリと自分に言い聞かせた。 トオは故郷に戻ってきた実感が少し湧いてきて、幾分元気に見せる。去りぎわに一言告げた。 「父上」 「なんじゃ」 「父上こそ、私の名は月の儀でドリに決まったのですが、覚えていらっしゃいますか?」 昔の、まだ子供のころのあどけなさがうかがえるような、懐かしい笑みを浮かべ戸を閉じた。 「くっくっ‥‥やられたわい」 大長は彼の明るさに救われた。自分の息子達はきっとどこへ行っても上手くやっていける。思いやりを感じると、そう確信した。 「トオミさまーっ」 次に決まっているというトオミを青年が探す。急ぎの用があるのかひどく焦っている。端整な顔を引きつらせ、見事な体躯を折り曲げて、ぶどう畑の中を行く。上背のある彼には少し辛そうだ。 「絶対ここだと思ったんですけどねぇ」 トオミは屋敷に居ないらしい。そこですぐに彼のお気に入りのこの場所に来たのだ。 「大長のお呼びです、トオミさまぁ」 腰が痛くなる体勢であちらこちらと探してまわり、大声で何度も叫んだ。疲れて声が掠れだした頃、やっと反応があった。 「なんだよ、まったく。うるさくて昼寝もできゃしない」 むっくと上半身を起こすとその青年を睨みつける。綺麗な顔に宿る眼光はとても鋭い。 「あっ、そんなとこにっ。それなら返事ぐらいして下さいよ。一体どれだけ探したと思ってるんですかっ」 体を屈めていては今ひとつ迫力に欠けるが、相当に怒っていることは解る。しかしトオミは少しも動じていない。 「昼寝してたんだよ。それにトオミって呼ぶな。俺はルドだ」 普通なら怒っていてもこの瞳に射竦められると大人しくなるのだが、この青年はそんなきつい眼差しにも慣れているのか、彼もまったく動じてはいない。 「それは十日後の新月に行われる月の儀で授かる名です。だから今はまだトオミ様です」 見つけることが出来たので怒りが収まってきたのか、子供にしつけるような言い方になっている。 「だから、俺はその番号制が嫌いだっつうの。上から順番に、一(ヒイ)、二(フウ)、三(ミイ)、四、五、六、七、八、九、十(トオ)、だなんて。信じらんない感覚」 「何を言うんですか。族長になるかもしれない方々は月の儀を迎えるまで魔がつかないよう、名前を守るのは当然でしょう」 儀式の時につけて貰うはずの名前は、占術士の占いによって昨日決められたばかりだ。トオミは待望の名前が授かって嬉しくて仕方がない。 「とにかく〈月ノ・留土〉になったんだからルドって呼べ。だいたいトオを過ぎて族長になった奴なんていないだろう」 「ですから皆さん、いらだっているんじゃありませんか。‥あっ、だから儀式のことで長がお呼びです。もう随分たってますからさぞかしお待ちでしょう。早く行って下さい」 本来の用をようやく思い出してせき立てる。 「ちぇ、仕方ないなぁ。この気分のいいところでお前と気の儀をしようと思ってたのに。行かないと怒られるのはハイトだからな。行ってやるよ」 その代わりそこで待ってろ、と命令し、重い腰を上げると屋敷へとしぶしぶ歩いて行った。 ハイトこと〈月ノ・十三(トオミ)・灰徒〉は、自分の主を見送りながら、ここまできたことに感慨を覚えていた。 |