月の儀式4



    §    §    §
     

「ハっハイトぉ〜」
 ルドはびっくりしてハイトの腕に縋った。
「ルっルド様。落ち着いて。ここは土の大地ですから、きっとこの人は日の一族です」
「日の一族?」
「ええ、土の大地に住んでいる人たちです。聞いたことはあるでしょう?」
「そっそりゃあるけど、聞いてもいたけど、ほんとにこんななんだな」
 ルドはハイトの筋肉質な腕に両手を絡ませ、自分が一番安心できる場所を確保しながらその、日の一族を観察した。

 土の色の肌に日の石色の髪。ハイトもかなり逞しい方だが、それよりもまだ大きそうだ。月の一族とはこんなに違うものなのか。
 ルドは自分たちの月の石色の髪を見、月の色の肌を見る。
 そっと手を伸ばし寝ている人の髪を触ってみた。
「同じだ。こんなに色が違うのに。なんか変な感じ」
 同じ人間だと分かると少し落ち着いてきた。そういえば知を伝授されたとやっと思い出した。

 遙か昔。月と日の一族は一つであった。魔の少ない山の上に暮らしていた。だが山が噴火し、仕方なくふもとに下りてきた。その際に川のこちらと向こうに別れてしまったのだと。
 森に下りてきた者は、月を拝み、夜の空を見つめて瞳が暗くなり、髪は月の光に染まった。
 土に下りてきた者は、日を拝み、昼の空を見つめて瞳がその色を映し、髪は日の光に染まった。
 肌は、森には余り日が当たらないため月の一族は月の色になり、太陽を燦然と浴びて暮らしている日の一族は土の色に灼けたと。

「待てよ。じゃあハイト。もしこいつが目を開いたら空の色なのか? 瞳の色」

 獣の、緑の色の瞳。
 魔物の、血の色の瞳。
 自分たちの闇の色の瞳。

 その三色しか見たことがない。
「そうだと思います。しかもこのなりから想像しますとルド様ぐらいの血筋の方かと。土の大地では王制という統轄の仕方だと聞いております。私ぐらいの年令のようですから、すると王の子ということでしょうか」
 その者が着けている衣装は、明らかに絹であった。綿とは違う光沢が豪華である。月の集落では、長との契りの儀に着たという物を母から見せてもらっただけである。
 絹の着物は腕も脚も覆い尽くしていた。
 ルド達月の者は皆が同じ物、―肩が隠れるぐらいの袖、膝上で終わる丈―、を着ていた。作りは簡単で布を二つ折りにし、脇を縫い、首を出す穴を開けただけである。腰の辺りをひもで結び、中は腰帯を巻いている。戦う者は剣帯を腰に巻く。

 それに比べ暑くないだろうかと心配になるくらい、ごてごてといろんな物が装飾されていた。
 確かに気候は森よりはじっとりした感じがなく、さわやかではあったが。しかし日が当たるところはとても暑かったのに。
「何でもいいよ。とにかく起こしてみようぜ。目が見たい」
 慣れてくると最初の恐怖心はどこへやらで、興味のみが湧いてくる。まだ子供なのだ。
「しかしなぜこんな所にたった一人で寝かされてるんでしょうね」


 ルドとハイトの二人組は決めたとおり月の川の集落へ行き、大地を分かつ河も見た。
 そこで遠くに霞んで見える対岸に、日の石で光る建造物を見つけたのだ。新しいおもちゃを見つけた子供のようにルドはそこへ行きたがった。
 またしてもハイトはルドに逆らえず、川の集落の者に船を出してもらい、土の大地へ渡ったのであった。
 目立つ建物を目指していくと山のように、しかし整然と石が積み上げられていた。その見えるところ全てに日の石が加工して嵌め込まれていたのだ。
 どう見ても魔除けのためであった。小さな扉を二つほど潜り、辿り着いたところがここだったのだ。部屋の中も、床から天井まで日の石が嵌め込まれ火を灯すと眩しかった。


「ハイトっ、見て」
 日の一族から目が離せないでいるハイトの腕を引っ張り、隅の机を指さす。そこには紙の綴りが置いてあった。
「うっ、ハイトぉ、俺には読めないや」
 手に取って中を見るなり降参した。月の一族で『字』が使えるのは知恵者とそこへ弟子入りした者だけである。他の者は言葉、つまり発声した一音一音に対する文字を覚えるだけなのだ。
「ルド様、だから私が常々勉強して下さいと言っているのです。あなたは次代の大長ですよ。字も読めなくてどうするんですか。本来月の儀式を迎えると言う事は成人を意味するんです‥‥」
 ハイトは今の状況も忘れたようで、ここぞとばかりに説教を始める。放っておけばどれくらい続くか分からない。
「分かった。分かった。俺が悪かったから。なっ。とにかくこれを読んでよ」

『犠我王子覚書』

「やはりこの方は王子様みたいで、ギガ様とおっしゃるようです」
「へー、王子様がとやらがなんでこんなところに閉じこめられて寝てんだよ」
「まあ、待って下さい。ここに書いてあるかもしれません」

『一〇五〇年。ギガ様が継承の儀を勝ち抜いた後だった。十年に一度目覚め、腹を満たしに都を襲う、砂漠の魔王が出たのだ。ギガ様はそいつの左目を潰した。魔王は逃げ出したが、背を向けた瞬間、尻尾の毒針を振り下ろした。ギガ様は兵士達皆を庇ってその下に立ち、毒針を剣で叩き切った。毒がギガ様にかかった。それ以来ギガ様は目を覚まされない。

 一〇五一年。砂漠の魔王はきっとギガ様を恨んでいるだろう。王の命で魔王のこれない、砂のない河のほとりにここを建てた。これだけの魔除けがあれば何者も入ってはこれまい。ギガ様の毒が抜けてくれることを切に願う』

「えっ、たった一年でこの石の山を作ったのか?」
「そうらしいです。どうやって作ったんでしょう。それも不思議ですが、砂漠の魔王という大魔がいるんですね。森の大地ではそんな恐ろしい魔はいないですから気の毒ですね。王子はそれにやられたらしいです」
「一〇五〇年って、十年も前ってことか?」
「十年間も寝たままなんですね」
「他には何か書いてないのか?」
「ええ、毎年この時期に様子をうかがいに来てるらしいです。都と呼ばれるところは遠いみたいですから。そうしょっちゅうはこれないようですね」
「みんなを庇ってなんて、やっぱ直系の者なんだな」
 ルドは噛み締めるように呟いた。
「あっ、ルド様。今年も誰か来ていたようです。読みますね」
 続きを見ていたハイトは声にして読む。

『一〇六〇年。ギガ様はまだ目を覚まされない。ずっとこのままなのか。もう王も年を取られた。また魔王が出る。二十年、三十年前のように何百人という民が犠牲になるのか』

「なんか方法がなかったのかよ」
 ルドは少しぶっきらぼうに物を言う。
「きっとこの都中の方々が努力したと思います。それでもだめだったからこうして魔王のこれないところに避難してるんじゃないですか。なんとか出来るならしてあげたいですね」
 ハイトはかなり同情しているようだ。それからルドの目をじっと見つめる。こういうときはちゃんと目の表情だけで分かるのだ。
「ルド様、何か気が付いたんじゃないですか?」

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