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「やだよ、俺は」 ハイトはしばらくルドを見つめたままでいた。 「‥そうか。そうですね。ルド様が気を送ればきっと治りますね」 ルドが嫌がっているのに、ハイトは気づいてしまった。 「だから、いやだって言ってるだろう」 「なぜです。助けてあげたくないですか?」 ハイトはそういうことには鈍い。それとも自分を抑えているだけだろうか。 「助けてはやりたいよ。だけどお前以外の奴と気の儀式をするのか?」 今度はルドがハイトをじっと見つめる。ハイトはそのことに初めて気が付いたようで、動揺しているように見えた。 ルドは自分を仮面の下に押し込んでるハイトが動揺した、ということに満足を覚えた。ハイトもきっと自分と同じ思いでいると。 しばらく見つめ合っていたがハイトはやはり立場を忘れてはくれなかった。 「ルド様。私としていることは子孫繁栄のためのあくまで練習です。私情が絡んではいけません。王子様のことも練習の一つだと思って下さい」 ルドは悔しかった。やっぱりハイトにとって自分は一族のための物でしかないのか。何度もルドを庇い、怪我までしたのは義務感からなのか。 今までくれた優しさも、口付けも‥‥。 もう、やけだ。何でもやってやる。ルドは捨て鉢になった。 「やればいいんだろ。やれば。でもハイトも手伝えよ」 ほとんどハイトにイかされる格好でなんとか王子に気を送った。意識のない者を相手にするのは難しい。 着物も姿勢も元通りにして、二人で王子の様子をうかがう。 天井を向いている瞼が震えた。 ‥そして持ち上がった。待望の瞳の色が見える。 「うわっ、ハイト、ほんとに空の色だ」 ルドは歓声を上げる。しかし毒が抜けたことよりも、瞳が見えたことの方に関心がいってしまったようだ。十年間誰にも起こすことの出来なかった者を目覚めさせた方が大変なことなのに。 「ギガ様。お目覚めですか。気分はどうですか」 ハイトが優しく呼びかける。王子は唸りながら上半身を起こし、二人を見つめた。 「なんだ。お前らは。魔物じゃないだろうな」 目の前に突然見た目の違う一族の者がいたのだ。驚いて当然だろう。しかしルドはその言い方が気に入らなかった。 「魔物だって。よくそんな失礼なことが言えるな。誰のお陰で目を覚ますことが出来たと思ってるんだ」 まだ頭がハッキリしていない王子を怒鳴りとばす。 「ちょっとルド様は黙っていて下さい」 ハイトがルドの前に立った。 「私たちは森の大地から渡ってきた月の一族の者です。突然でさぞ驚かれたでしょうが、あなたが砂漠の魔王に毒をかけられてから十年が過ぎています。その間ずっとここで眠っていたようです。私の言うことを分かってもらえますか」 「‥砂漠の魔王。‥十年? あれから十年も経っているというのか」 ハイトはうなずくと側にあった綴りを驚いている王子に渡した。 王子は熱心に何度も読み返し、ようやく事態が飲み込めたようだ。 「それでなぜ月の一族の者がここに? それになぜ私は目を覚ますことが出来たんだ。さっき誰のおかげでと言っていたが、お前達にいったい何が出来るというのだ」 王子はハイトをじろりと睨み付けた。さすが、一族を背負う立場を力で勝ち取った者だ。一般人とは迫力が違う。 「ギガ様、一つ言わせていただきますが、こちらのルド様も月の一族の直系。しかも次代の大長でございます。あなた様とは同等の立場にあります。余り無礼な口の利き方は慎んでいただきましょうか」 だがハイトも負けてはいない。主であるルドの力をみくびられては黙っていられなかったようだ。 「えっ、王子なのか‥。そいつも。それは悪かった。だがこの話し方で二十二年間生きてきたんでな。変えられん。その代わり同じ口の利き方でいいぞ」 そう言って笑った。月と日、それぞれの後継者がお互いを認めた瞬間だった。 ハイトが、ここへ来た経緯とルドの聖なる力について説明する。治癒の力と気の儀式のことはさすがに伏せて、ルドが来たことによってではないかとしておいた。 ギガの目が聖なる力と聞いて妖しい光を帯びた。 「一緒に都に来ないか? 目覚めさせてくれた礼もする」 ルドの目も光る。生き生きと。 「ハイト行こうぜ。違う集落を見てみたい。それに一人で帰るのは大変だ」 返事を聞かずとも、ルドはもう、行く気でいた。 § § § 「‥んっ、ハ‥イト? めずらし‥いな‥お前から‥な‥て」 ルドはハイトに抱き付こうとして出来なかった。もう一度試すと腕が痛い気がする。頭もぼんやりとしていて、瞼も重くて開けない。 しかし、少しの苦痛はすぐに快楽の波に呑まれてしまった。 当たる体は下から同じ調子を刻んでくる。十分に火照り、もうすぐ頂上に昇る、そのころやっと目が覚めてきた。そして叫んだ。 「ギガッ!」 いっぺんに意識がハッキリした。目の前にいたのはハイトではなかった。 「何してんだっ」 「見ての通りのことを」 そう言うと一瞬休めた動きを再開する。止まったことなどものともせずに、ギガは唸りながらルドの中へ精を吐き出した。 「おや? 今にもいきそうだったのに」 「いけるかっ」 ルドの物は勃ち上がってはいなかった。ハイトでない‥と、夢から覚めた瞬間に全てが冷めてしまったのだ。 「それでも、出してもらわねば困るんだがな」 ギガはあごをしゃくる。その先には黒ずくめの老婆が、小さなつぼを持って立っていた。 「ギガ王子、さあ、これに採って下され」 ルドはやっと自分の状況を悟ったのだった。先ほどの食事の中には眠り薬が盛られていたに違いない。 都への道は一ヶ月を要した。ギガは二人に気づかれないよう平静を装いはしたが、実は驚きの連続だった。 ルドに小魔が近づいていった。危ない、と思ったときにはもう消滅していたのだ。ギガは自分の目を疑った。日の一族が苦労して捕まえている魔物を一瞬にして消してしまったのだ。 今度は大魔が出た。ルドは月の剣を光らせると、またそれもあっさりと燃え上がらせてしまった。 何という違い。何という力。何という輝き。そしてその美しさに見とれた。神々しいとはこういうことを言うのだと。これをどうしても手に入れなくては。ギガは日の一族を背負う身として当然のことを考えた。 『力を持つ者と、力を持つ者とに別れた』 土と森の大地へ別れたときの、この言い伝えの本当の意味は「ただの力を持つ者と、聖なる力を持つ者とに別れた」だったのだ。 そしてルドの何もかもが魔除けになっていることを知った。特に精には強い力がこもっている。単なる性交を気の儀式と言い、毎晩必ず乳繰り合うことに疑問を投げると、安心して休めるという返答だった。精を放っておけば本当に朝まで無事でいられた。 どんなことをしても手に入れる。その全てが欲しい。ギガは身震いした。 ルド達は手ぶらであったが、日の一族では、倒した魔物は戦利品として持ち帰る。それは魔術使いに渡され、魔術の材料となるのだ。 それは月の一族には無い物であった。ルド達は魔物に触れない。触れる前に消えてしまうからだ。月の者にとって倒すと言うことは、消し去ると言うことであったから。 「おいっ、これ取れよ」 ルドは叫ぶ。先ほど痛みを感じた腕は真横に広げられ、鉄の棒で止められていた。 食事に案内されたところや廊下の床は、建物と同じ石造りであったが、この部屋は土が固めてあるだけで、地面が剥き出しだった。そこに鉄の棒が打ち込まれていたのだ。 かなりの太さがあるのに、先が床に着くぐらいに腕に密着して湾曲していた。一体どうやって曲げたというのだろう。ルドを寝かせておいてから曲げるのだから、型は使えない。二の腕の付け根よりをその鍵状になった棒が止めていたのだ。 これでは腕は持ち上がらない。肘より先が自由になっても自分の顔にさえ届かなかった。 そして脚は広げられ、頭がわに倒されていた。その脚も、腕よりは高い位置で、同じように膝の裏が曲げられた鉄の棒に引っかけられていた。こちらは抜こうと思えば、床と棒の先の間から抜けそうだが、残念ながら布で縛られていた。 つまりルドは、普段閉じられている部分を全開にした格好で、縫い止められていたのである。 「一体どういうつもりだよっ。ハイトはどこいったんだよっ」 いくらルドが怒鳴ってもギガはニヤニヤするだけである。 「まあ、まずは採る物を採らせてもらわないとな」 |