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ハイトはいつものようにルドの後ろについて歩いていた。前から来る物は防ぎようがあるが、後ろから来られるとどうしようもないからだ。 奇襲にも思惑通りルドを守ることは出来たが、ハイト自身は魔物の角にやられたのだ。敵はかなりの大きさだった。 そもそも魔物が魔除けの力がある者に近づこうと思えば、自分の体の損傷と引き替えにしなくてはならない。火に飛び込むと思ってくれればいい。距離が近いほど火傷を負ったような状態になるのだ。小魔であれば、直系の者のそばに来ると燃え尽きてしまうだろう。 ハイトも少し油断していた。ルドのために鍛え上げた、優秀な剣士であるにもかかわらず。 なぜかと言えば、ルドが聖なる力を授かったからである。 ドリまで十人の兄たちが十五の歳から五年間、力を求めて魔物と闘いながらの旅を続け、そのうち三人の行方が分からない。そしてまだあと二人がどこかで苦労している。そう、二十歳までなのだ。選ばれるのは。 それをあざ笑うかのように、あっさりとルドには宿ったのだ。 月の石の集落に聖石の鉱山、加工場などを見せてもらった後だった。聖地と石の集落は一番よく行き来する。それゆえ街道はかなり手を入れてあった。 魔除けの力のある先祖の遺体、聖石、―要は墓だが―、できる限り狭い間隔に配されていた。 その街道で、やはり油断があったのか、対応が遅れた。ルドを庇ってハイトは傷を負った。初めて魔物に襲われ、初めて命の危険に晒されたのである。 もちろん、ルドも剣の訓練はしてきた。魔物は大きくもなかったが、魔除けの力が効くほど小さくもなかった。ルドは剣先を魔物に向けた。 瞳には負傷したハイトが映る。大量に血が流れてるにもかかわらず、剣に縋りまだルドの前に立とうとする。そのハイトの姿に全身の血が沸き立った。 ルドの廻りに炎が立ち、体が染まる。その瞬間、聖剣が月のように静かに光った。魔は光に焼かれた。切るまでもなかったのだ。 大長が聖剣を使うのを見たことがある。それとまったく同じであった。いや、光はいま見た方が強かった。 選ばれし者にルドはなったのである。 それでハイトは、もうルドに近寄れるような魔物は滅多にいないと思ってしまったのだ。 「んっ‥‥ハイト‥」 鍛錬と言うには甘い声を出して、ルドはハイトの口付けを貪っていた。それにハイトの方が気を送っていたのである。 「もう充分でしょう」 ハイトは、道のど真ん中というのが気になって仕方がないらしい。 「そんなにいやなのか。俺にするのが」 ルドは少しムッとする。 守り役が受け身になるのは当然のことなので、誰も疑問に思わないが、その逆はかなり抵抗があるらしい。ハイトは主に対して、していいものかを悩み、いつも遠慮がちであった。そして初めて抱いた日のことをひどく後悔しているのだ。ルドはそのことを言っているのだが、いまのハイトは単に羞恥心からのようだ。 「そうじゃなくて、場所が‥」 「聖光が出ないと困るだろう」 ルドは選ばれはしたのだが、一つ問題があった。 二度目に魔物に襲われたときは聖光が出なかったのだ。普通に戦って勝てた相手だからよかったのだが。 なぜか分からなかったが、まだ慣れていないからだと解釈していた。危険に晒されたときにしか出ない物だと思っていた。しかし繰り返すうちに仮説が立ってきた。 たまにしか出ない聖光。それはたまにしかない、ルドがねだってハイトの気を受けたときの後であった。 せっかちなルドはすぐに試してみた。剣を握って気を込めても聖光が出ないときに、気の儀を行った。もちろん、ルドが受け身で。そのあと剣を握ると‥。剣には光が宿ったのである。 ハイトがいないと聖光が出ない。ルドは自分が選ばれし者だとは思えなかった。 「もう、出るでしょう?」 「んーん、まだ」 顔に嘘の文字をいっぱい付けてにっこりとする。この顔にハイトが弱いのを知った上での策である。 他の直系の者達は聖光がなくてもなんとか旅をしていた。だが、なぜかルド達は大魔に狙われることが多かった。それは、きっと闇に映える炎へ飛び込んでいく虫みたいなものであろう。ルドの輝きに引き寄せられるのだ。それゆえ聖光があると楽に魔物を退治できる。 今だって危険なのだが、ルドの精がハイトの背中に塗りつけられていた。精には気が凝縮されている。放たれてすぐは魔除けの力が非常に強く、本人をも凌ぐ。角や爪、そして牙など、攻撃に使用する物が鋭利なままで、体に到達できることはまずないだろう。 しかもルドの精には特別な力があった。それは傷の治りを早める、治癒の力であった。 ハイトが初めて怪我をしたときは、石の集落の世話になっていた。ひと月たって、ようやく動けるようになったのだ。 気の儀式はまだ練習中なので、鍛えるためにかなり頻繁に行われる。ひと月も溜めていたことのないルドは、我慢が限界にきていた。それで傷の加減を見ながらも気の儀を行ったのである。 怪我は首の付け根から肩までの広い幅で、脇腹まで斜めに三本の爪で切り裂かれていた。出血がひどく、それで長らく起きあがれなかったのだ。まだ痕が痛々しい。 それがどうだろう。気を送った直後、治癒してしまったのだ。見る間に治っていく様は恐ろしいぐらいであった。 そうして改めてルドの力の凄さを思い知ったのだ。歴代の長の記録を思い出してもそんな力は書き記されてはいなかった。 ルドがせがんで何度も繰り返された気の儀式は終わった。ハイトはルドに逆らえないからルドが満足するまで続けることになる。ルドは、腕の中でその余韻を味わっていたかったのに、その相手はそっけなく服を着る。 「お前、つまんない奴だな」 「何を言ってるんですか。ルド様も早く服を着て下さい。そして今度こそ聖地へ、大長の元へ戻りましょう」 ルドは力を授かっても帰りたくなかった。元々ルドはこの旅を力を得るためだと思ってなかった。ハイトと二人で楽しく過ごすためだったのだ。それが何の間違いか、勝手に力が宿ってしまいハイトのようには喜べなかった。だからまだ帰る気が起きなかったのだ。 そしてハイトはわがままを聞いてくれて木、土、綿、馬、牛、鉄といった集落へ、その役目を見学に回っていたのだ。 「どうしようかな。川の集落へも行きたいな。大地を分かつ河も見てみたいし」 ルドがこう言い出したらもう駄目だ。何を言っても聞きはしないことをよく知ってるハイトは、深いため息をついた。 「ルド様。あなたはもう次の族長に決まったんですよ。選ばれし者になられたんです。みんながあなたの帰りを待ち望んでいるでしょう。ドリ様が授からなかったので、皆さんルド様に期待してるはずです。どうして帰らないんですか?」 ハイトは一生懸命、集落の皆のルドに対しての思いを伝えてくる。それで説得しようと思ってるのだろう。 「俺はハイトがいないと何もできない。族長なんてなりたくないんだ」 とうとう、言ってはいけないことを、言ってしまった。 ハイトの顔が青ざめる。 「なっ、なぜ‥ですか。確かに初めはルド様を危険な目に遭わせたくはありませんでした。しかし今は、自分の主は長になるにふさわしかったと、内心とても誇りに思っていました。ルド様はやはりなるべきお方だったと。それがなぜ? 私は何か間違っていましたか?」 ハイトはとうとう膝を着いてしまった。放心状態に陥ってるようだ。それはそうだろう。赤ん坊の時から側にいて、ほとんど彼が育てたと言っても過言ではないのだから。 月の一族であれば、当たり前に皆が甘受してきたことを、否定するとは思ってもいなかったことだろう。 「お前の、みんなの、期待が重い。俺は親父のようにでかい人間になれると思えないんだ。あれだけの数のみんなを守ってなんてやれない。四人も五人も妃をもらって、子作りに励むなんて。それに‥」 勝ち気で、言いたいことはハッキリと口にするルドにしては弱気で、歯切れが悪い。ハイトと視線を合わせていたが最後は横を向いて外してしまった。 「それになんですか?」 ルドのこんな様子は珍しい。ハイトの声も優しくなる。 「俺が長になるってことはどういうことか、お前ほんとに分かってるのか?」 ルドが何を言いたいのか、今まで顔を見ればすぐに解ってくれたはずなのに、今度ばかりは解らないようだ。 「分かってるつもりですが‥」 ハイトの顔も不安げだ。 「ハイトの仕事だもんな。長を作るのが。守るのが俺じゃなくても同じことしてるんだよな‥」 最後はほとんど独り言になった。 「ルド様‥」 「‥もういい。とにかく川の集落へ向かう。決めた」 ルドは気持ちを奮い起こし、そう勝手に決定するとそっちへ向かって歩き出した。 ハイトは慌てて後を追う。 「じゃあ、約束してください。川の集落へ行ったら聖地へ戻ると」 腕を取り、縋るように言われた。 「う〜ん。着いたら考える」 いつものルドに戻っていた。まだ気が変わる余地がありそうな返事に、取りあえずハイトは引き下がった。 |