VS.I (1/3)

「鋭侍、おはよ。もう起きて」
「ん‥、おはよ‥」
「あなた若いくせにすごく保つのね。昨日は良かったわ」
 そりゃ鍛え方が半端じゃねぇからな。
「なぁ、ガッコまで送ってよ」
「大きな体して甘えるんじゃないわよ」
「いいじゃねぇかよ。乗せてくぐらい」
 図体はでかいが若さを生かして、拗ねる。
「しょうがないわねぇ」
 相手は嬉しそうにため息をつく。俺のいつもの手だ。
「その代わり帰りも迎えに行くわよ」
「えっ、会社は?」
「今日は土曜日よ」


 車で送ってもらったので学校に着くのが早い。 教室に一番乗りするとムカツクあいつが来るのを待つ。 足音が聞こえるたびに入り口を睨む。
 来た。
 なぜか一発で目が合う。
 放電し、ショートする。
 すると必ず絡んでくる。

「お早う。まぁた変な所からご出勤ですか」
「変な所ってどういう意味だよ」
「まっ。アホ侍さんったら、いやらしいっ」
「おめぇ‥、完璧おちょくってんな」
 からかった口調がいきなりマジになる。
「それがどうした」
 しれっと言われると頭に血が上る。
「このバカ馬め。面貸せや!」
「おう、いつでもいいぜ」

 立ち上がってあごをしゃくると、奴も机に鞄を投げてそれに従う。 2人で教室を出ようとしたら、ちょうど担任の中村と鉢合わせた。
「こら、赤城鋭侍に沢田生馬。どこへ行くんだ。今からホームルームだぞ」
 まったくもう、いつもいつも‥、などと言う中村のグチを聞きながら、 俺たちはしぶしぶ席に着く。また同じ一日が始まった。


 俺の2列横、3個前の席の生馬がイヤでも目に付く。 詰め襟に掛かるか掛からないぐらいの長さに揃えた髪が、 後ろからだとよく見える。長髪とは言えないがそのサラサラの髪は、 奴の本性を隠してる優しげな顔に似合っていて、 女をだまくらかすのに役立っている。 身長も悔しいことに俺より2センチ高く、188ある。
 顔も小さめの八頭身、容姿端麗とはこういう場合にも使っていい。 ほんとに黙って立っていればモデルのようにいい男なのだ。

 しかし、しかしである。口を開けば難癖を付けることしか知らない、 とんでもなく憎たらしい奴なのだ。
 そう、俺たちゃ死ぬほど仲が悪い。

 なぜそんなに仲が悪いのか。
 実は原因が俺にはちっともわからねぇ。 あいつがいつも絡んでけんかを売ってくるから、 負けず嫌いで気の短い俺は必ず買っていた。 しかし半端じゃねぇ回数をこなしてるうちに、 俺も本当に憎たらしくなってきた。
 そしてあいつは、俺が一番悔しいことを平気で自慢していた。 俺はそれに耐えられずノしてやろうとする。 そんでもってケンカになっちまう。 これは小学校入学当時から工高3年の現在に至るまで続いてるのである。
 俺たちは仲の悪い幼なじみで有名だ。


 4時限の授業が終わり、女が待ってるので急いで掃除をすませて教室を 出た。校門の横にスペースがあって車が止められるのだが、いない。
「おっかしぃなー。迎えに来るってあいつが言ったくせに」
 つぶやきながら嫌な考えが頭をよぎる。
 そこでたむろしている1年坊主に聞く。

「おい。ここに止まってた黒の軽、女が運転してたはずだ、知らないか?」
 俺は顔つきが怖いので怒ってなくても相手に威圧感を与えるらしい。 ガタイもでかいしな。1年坊主はビビリまくって返事をする。
「はっはい。あっあの、あのですね」
「赤城‥さん、ですよね」
「えーっと、沢田先輩が‥」
「よっ、よろしくって言ってました」
 予想がついてたとはいえ、思わずでかい声が出る。
「なんだってー!」

 だから機械科のなんてイヤだって言ったんだよー。じゃ、お前断れたかよ。 しょうがねぇじゃん、もしトンズラして見ろ‥‥。 俺の剣幕がよっぽどだったのか後ろで小さくなってる奴らがブチブチと 文句を言っている。バカ馬に頼まれたらしい。
 ちっきしょー。またやられたぜ。

「赤城ィ。なに弱いもんイジメしてんだよ」
 当番で一緒に掃除してた奴らが来た。
「俺の女が迎えに来てたはずなんだよ」
 クラスメートは手を振って、ビクついてる1年生を帰すと、またか、 と納得する。
「あれっ、でも沢田もデートだって言ってたぜ」
「相手は?」
「ここんとこの奴じゃないか」
「K学園か」
「たぶんな」
「お前らもいい加減にしとけよ」
「赤城も行くつもりなんだろう」
「うっせぇな。なめられたままで黙ってられっかよ」
 あきれ顔のみんなに「一応健闘を祈っとくよ」と言われて、別れた。


 俺の住んでる街はそう大きくない。デートの待ち合わせに使われる場所は 3カ所ぐらいだ。K学園ならまず間違いなく、駅のそばの公園にある噴水の 前だろう。
 ケッタを走らせてそこへ急ぐ。K学園の制服が数人いた。 そのうち1人で立ってる子の顔を見る。うん、間違いない。 あいつ好みのお嬢様で処女っぽい、可愛い娘だ。

「ねえ、沢田生馬、待ってんの?」
「えっ、そう‥だけど」
 オシッ、ビンゴ。
「今日さ、他の娘とデートしてるぜ」
「うそっ」
「嘘じゃないよ。その証拠にいくら待っても来ないから。 しかもその相手、俺の彼女なんだ。だから振られた者同士仲良くしない?」
 俺は紳士的にお友達距離を保ちながら、かがんで目線を合わすと、 ねっ、と首を傾げて聞いた。

 こういう悪そうな奴が、相手のテリトリーを尊重しつつ低い位置から 頼み事をすると、大抵の女の子が折れてくれる。 それに悪そうと言っても顔がきついだけで、頭がパッキンなわけじゃねぇし、 制服もごく普通だ。奴と付き合う娘は背が高い男が好きだし、 俺の顔もまずくない、だからまず失敗することはない。

 デートを終えると次に合う約束も取り付けた。


 俺は自分ちのマンションの駐輪場にケッタを停めると、 真向かいの家に行く。インターホンを押すとその上の大きな表札を見る。

『沢田』

 そう、このでかいうちはバカ馬の家なのだ。
 なぜか。
 ケンカで怪我をして、親が話し合いになったときにお袋同士の気が合って、 それから生馬の家に行くようになった。
 だが決して奴の所へ遊びに行ったわけじゃない。 学童保育へ行っていた俺の状況を、気の毒に思ってくれた生馬のお袋さんが 週に2回ぐらいは預かってあげる、4人も5人も一緒だ、 そう言ってくれたからだ。
 週2回とは。
 あんまりケンカが酷いので、精神修行のため空手を習う事になり、 その後で寄らせてもらうことになったのだ。
 うちのお袋も最初は遠慮していたのだが、俺が気に入ったのを知ると、 少しばかりだが気が済むからと言って、毎月お金を渡しだした。 それで俺はより大きな顔をしてここに通い、慣れてくると週2回と言わず 殆ど入りびたっていた。
 だってやっぱり1人は寂しい。下手をするとうちの両親は寝るまで 帰ってこない。だから俺は殆どの家事が出来る。
 そんな事情で奴のことは気に入らなかったが、 この家は好きだったので今ではすっかり馴染んでしまった。


 ドアが開いて住人の1人が顔を出す。
「オウ、なんだ。鋭侍か。勝手に入ってこりゃいいのに」
「えーっ、大兄いるんだ」
「あんだよ。俺が居ちゃなんかまずいのかよ」
「だっていつも休みだって出勤してるか、女のとこじゃん」
「そんないつもじゃないだろう。まあ入れ。けど生馬はまだだぞ」
「いいよ。別にあいつに会いに来たわけじゃねぇから」
「ほんとか?」
 睨まれると弱い。
「うっ、ホントは文句言いに来た」
「やっぱりな。何でお前らはそう仲が悪いかな。いや違うか。 良すぎるんだな」
 訳知り顔で俺を見るとニヤッとする。 全部知られてるような気がしてヒヤッとする。

 生馬は4人兄弟で奴はその一番下だ。
 今の大兄は次男で俺たちより3歳年上だ。
 兄弟は上から、一騎、大馳、凌駕(みんなかっこいい名前なんだ。 あいつだけ、生き馬の目を抜く、で根性に合ってるけどな) で俺は憧れの兄弟なので上の文字に兄を付けて呼んでいる。 バカ馬のまねだとは死んでも言いたくない。 3人とも生馬と同じぐらい俺のことも可愛がってくれた。 だからいくら奴が憎たらしくてもここに来たかった。

 俺より少し背の低い大兄の後を付いて居間に行く。 おもしろいことにここの兄弟は脳味噌に行く分と、 身長に行く分との栄養の合計が同じ量なのだ。要は頭が悪い方が背が高い。
 そして生馬は当然一番でかい。
 次は俺たちと同じように工業高校へ行った、 しかしランクは工高の中では一番高い、大兄である。 その次はちょうど180センチの凌兄で、私立の大学に行っている。 そして一番賢いのが国立の大学にストレートで受かり、 大手に就職しエリートコースを歩んでいる一兄だ。 しかし背が一番低いとは言っても75よりは高い。 顔はみんな、親父さんに似てハンサムだ。
 だからこの辺りで沢田4兄弟と言えば女の子なら誰でも知ってるくらい 有名だ。4パターン揃ってるのでその内、だれかは好みに合う。 そのためみんなが学生だった頃はそれぞれ派閥が出来ていた。


 大兄とは久しぶりだったので話し込む。 生馬の代わりに晩飯もごちそうになった。
 8時を過ぎた頃、奴が帰ってきた。 俺に自慢しなきゃならないので絶対にこういうときは早く帰ってくる。
「やっぱり来てたか」
「当然。どういうつもりだ」
「なにが?」
「とぼけるな。人の女取る奴があるか」
「お前のならなんで俺に付いてきたんだ。断れるんだぜ。 強制したわけじゃない」
「なんだとー。こいつ。やっぱ決着付けなきゃならないようだな」
「ふん、女寝取られるような情けない奴は俺の相手になんないな」
「そうか。お前も今日のほんとのデートはどうしたんだ」
「行ったのか」
「当然だろ。次も俺とデートしたいってさ。どっちが寝取られ男かね」
 今まで平然と構えてた奴の顔色が変わる。
「おーし、解った。相手になってやろうじゃないか」
 黙って聞いてた大兄が口を出す。
「またやるんか」
「やる」
「いい加減にしとけよ。お互い様だろう。それともそれは建前か」
「なんだよ。それは」
 生馬には大兄が言わんとしてることがいまいち解ってない。俺は否定する。
「そんなわけないだろう。気にいらねぇからやるだけだ」
「まっ、そういうことにしといてやるよ。怪我すんなよ」
 やっぱ大兄にはばれてる気がする。 俺と生馬を小突いて部屋に行ってしまった。


「なんだい。やるとか何とか物騒なこと言って」
 おばさんが顔を出す。俺にとっては心の恩人なので、 心配をかけるようなことはしたくない。 おばさんの前ではいつもいい子ぶっている俺だった。
「あっ、違う違う。ごちそうになったから腹ごなしに組み手をしようって。 なっ、生馬」
 わざとらしく笑ってみせる。
 奴はと言えばまったくしらけきっている。 俺のこの豹変する態度は毎度のことなので、あきれてはいるが口は出さない。
「そう、また骨折ったりしないよう気を付けるんだよ」
 俺たちは空手の段を取るとすぐに通うのを止めてしまった。 もう自由に組み手の練習が出来るようになったからだ。 それまではどっちが先に昇級するか競っていたので、 ものすごく真面目にやっていたのにである。 親の期待を裏切って結局ケンカの手段にしてしまったのだ。

「このマザコンにブラコン」
 庭に出ると心底イヤな目つきで呟かれた。

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