VS. EVE編 1

「鋭侍。おい、来てるんだろう。来てるんなら挨拶くらいしろよ」
 俺はデカイ声で喚きながら凌兄の部屋のドアをノックもせずに開けた。
「‥ったく。なんで俺が一々おめぇに挨拶しなきゃならねぇんだよ」
 このアホ侍、やっぱムカつく。言いたかないが、なんていうのか、一応‥キッキスなんて‥する仲なんだぞ。初めてしてから1年近くたつのに。その俺に挨拶抜きとはいい根性してるじゃないか。そりゃ最近は会話もせずにヤるだけってなことも多かったんだけどさ。
 ムッとして立ちつくす俺に凌兄が声を掛けてくる。
「こら、生馬。えいちゃんは遊びに来てるわけじゃなくて、勉強しに来てるんだぞ。構ってもらえなくて寂しいからってケンカ売るんじゃない」
「だっだれが寂しいなんて言ったんだよ!」
 いつも凌兄は変なことを言う。でもなぜだか俺はいたたまれなくて、サッときびすを返すとドアを思いっきり閉めた。
 バーンっと、家中にその音が響き渡る。当然、お袋に怒られた。


 12月に入ってからは年末に向けてずっと忙しく、でも今日は珍しく仕事が定時で終わったので、鋭侍が来るのを待っていた。そしたら待っている間に寝てしまったのだ。でも車があるし、靴だってあるから俺が帰ってることは来たら分かるはずなのに。
 来たぞって一言くらいはあっていいだろう。大体が凌兄の方だけに用事があるってのも気に入らない。鋭侍は俺の‥、俺の‥、そこまでは勢いよく出てきていた言葉が詰まる。俺の物なんて、そんな恋人同士みたいなことは死んでも言えないよな。そら俺の下に付かせたいとは思うけどさ。でもそしたら‥俺の何だろう。


 俺と鋭侍は仲の悪い幼なじみだった。今はそう、言葉に詰まるような関係なのだが。小、中学と同じ、そして高校も同じだった。だがその高校は鋭侍としては不本意だったらしい。もっといい大学へ入ってあいつの両親が居る会社の開発へ行きたいらしいのだ。
 俺たちの行っていた高校とは工業高校で、残念ながらいい大学へは行けない。推薦でいけれるところは私立の3流大学数校のみ。それでも俺たちの工高からでは大変なことなのだ。学年で5番には入ってないと無理なのである。

 そして奴は推薦で大学に行くと言っていたのに。なのに蓋を開けたら予備校に通っていた。一浪してでもいい大学に行きたいらしい。奴が狙っているところは県内ではあるが、うちから通うにはちょっときついところで、合格すればここから出ていってしまうのだ。
 俺は今の会社は気に入ってるし、やっと仕事も覚えてきたところだ。と言うことは奴が大学に受かったら離ればなれになってしまうのだ。なのにそれに向かって黙々と勉強してるアホ侍の気が知れない。


 憮然として居間のソファーに座り込んでいた。
「何ぶすくれてんだ」
 こつんと頭を叩かれた。
「あっ、大兄。おかえり」
「鋭侍、来てるんか?」
「うん。俺のとこすっ飛ばして凌兄の所にいる」
「何だ。それで拗ねてたんか」
「ちっ違う」
 全く、凌兄も大兄も変なことばっかり言う。それじゃまるで俺が鋭侍にいかれてるみたいじゃないか。

 俺と大兄は兄弟の中で一番よく似ている。でも大兄の方がずっと渋くて格好いい。煙草がこんなに似合う男もいないだろう。メチャクチャもてるにも関わらず、工高の時に逆ナンパされたこれまたメチャクチャにいい女とずっと付き合ってる。浮気はしたことがない。完璧硬派なのだ。その彼女は8歳も年上なので、兄弟の中では一番早く結婚しそうだと、他の家族といつも話している。

 ピッタリ様になってる煙草を、それが嫌いな俺とは反対の方向に吐き出すと、口を開いた。
「なんでお前は鋭侍が大学へ行くのを応援してやらないんだ?」
「どうして俺が応援してないなんて‥」
「だってそうだろう。凌駕の所へは勉強を教わりに来てるんだぞ。凌駕だってお前に付き合わせた3年間を悪いと思ってるから、バイトを削ってまで鋭侍の面倒をみてるんだ」
「何だよ。俺に付き合った3年って」
 何でいつもいつも俺を引き合いに出すんだよ。そんなに他の学校に行きたけりゃ行きゃよかったんだよ。とまた、何遍も言ったことが頭をかすめた。
「まだそんなことを言ってるのか」
 目がチリッと燃えた気がする。大兄は滅多に怒らない。けれど怒ってなくてもかなりに恐い。とても迫力があるのだ。
「わっ、分かったよ。俺に合わせたって言うんだろう」
「よし、分かってるならいい」
「そんでなんで応援してないなんて言うのさ」
「口聞くようになったのがつい最近じゃねぇか」
「だっだって‥」
 俺に何の断りもなくそんな大事なことを決めちゃったんだぜ。怒れるのは当たり前だろう。

「あいつ、言い訳も聞いてもらえないってけっこう凹んでたぞ」
「何だよ、言い訳って」
 勝手に決めといて勝手に凹むなよ。
「あいつなりに考えてたんだ。大学は変えるつもりはなかった。そこの大学でいい成績を取ればいいって思ってたみたいだな。でも就職は成績よりまず大学のランクだ。だから俺と一騎で説得した」
 初めて聞く話に愕然とする。
「何でそんないらんことを!」
 つい、本音が口から出てしまった。

「ほら、生馬。お前は鋭侍が受験することが気に入らないんだろう。あいつが自分でって言うから黙ってたんだが、まだ言ってなかったのか」
 そういう話になるとケンカ売ってたから、まともなことを聞いてないんだよな。
「それともお前が聞いてやらなかったのか」
 チェッ、大兄って何でこんなに鋭いかな。視線を外した俺の様子で勝手に理解する。
「やっぱりか。なんで推薦の大学はよくてN大が気に入らないんだ。言ってみろ」
 睨まれて言いたくないことまで言わされる。
「だって、推薦が決まってた所はうちから通えたじゃないか‥」
 答えが尻すぼみに小さくなる。
「鋭侍と離れられないか?」
 ニヤッと笑われると顔が熱くなる。
「もういい!」
 俺はやっぱりいたたまれなくなって立ち上がった。

「まあ、待て」
 腕を掴まれて引き戻された。
「続きを聞け」
「大兄がからかうからだろう」
「ああ、悪かったな。珍しく素直だったもんだから、つい‥と、な」
 大兄はまた煙草に火を付ける。

「あっ、そう言えば知ってるか?」
「何を?」
「鋭侍は煙草好きなんだぞ」
「何をそんな嘘ばっか」
「お前が嫌いだからな。一度試して見ろ」
 そう言って封を切った煙草を一箱とライターとを渡された。
 大兄に逆らうのは恐いので、それを受け取る。

「そんで続きって?」
「ああ、N大は下宿しないと通うにはちときつい。でもうちに近い側に住めばどうだ。お前の会社には車があれば楽に通えるだろう」
「えっ‥」
 俺の思考は一時切断される。それから再度繋いで考える。地理を思い浮かべる。俺の会社はN大とうちを直線で結んだ線上にある。そんでもって下宿をその線上の会社とN大の間に置く。確かにそうすれば下宿から会社には通える。
「ちょっちょっと待てよ。それって俺もそこに住むってことかよ」
「そうだ。そうすれば離れなくてすむぞ」
「イヤだね。なんで俺が鋭侍と一緒に住まなきゃならないんだよ」

「俺だっておめぇとなんか住みたかねぇぞ」
 体がギクリと強張った。
「えっ鋭侍‥」
「大兄、おかえり」
「ああ、終わったのか?」
「うん、今日はこれでおわり。凌兄にもワリィから」
「あんま無理すんなよ。身体壊したら元も子もないからな」
 1週間ぶりに見た鋭侍はやっぱ少し顔色が悪そうだった。
「おい、分かってると思うが‥」
 鋭侍は大兄の言葉の途中で頷くと帰っていった。

「お前は〜」
 大兄のげんこつが俺の頭をグリグリとえぐる。
「痛いって」
「まぁったく、おめぇらは素直じゃないんだから。鋭侍も何で売り言葉を買うかな」
 いらつきを表すかのように煙草の吸い方が激しくなる。
 そしてその煙草がなくなると、ついに俺は追い出された。
「仲直りするまで帰ってくるな」

 玄関のドアが冷たく閉まる。12月に上着も着ずに外には居れない。すぐに俺は庭に回った。そこには大兄が仁王立ちになっていた。
 うっ、いいもんね。そこの窓から見えないところまで戻ると、でっかい桜の木がある。俺はそれを登る。2階の窓から入ろうと思ったのだ。
 しかし狙った窓には凌兄が居た。
「ちゃんと仲直りするまで駄目」
 目の前で窓に鍵が掛けられる。くっそー、工高の頃と違って就職してからは女に会えるチャンスも少なく、こんな時に気軽に泊めてくれる相手は居なかった。それにもうそんな女を作る必要もなかったしな。

 木の上でため息を付くとどこかから俺を呼ぶ声がする。振り向くとうちの前のマンションの窓からだった。声が響いていたのか、鋭侍が顔を出していた。

「取り敢えず来いよ」

 寒さで鼻水が垂れてくる。仕方なく鋭侍のうちに向かった。

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