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部屋に入ると机の上に沢山の参考書が散乱していた。
俺がグーグー寝てる間も勉強してるんだよな。
追い込みに入ってるんだよな。いつもならその参考書を破り捨てたい衝動に
駆られるんだが、何故だか今は応援してやれる気がする。 「何追い出されてんだ」 「うっ、うるせー。お前が悪いんだ」 「なんで俺がワリィんだよ」 「あんな時にちょうど下りてくるからだ」 「俺と住まないって言うのを聞かれたくなかったのか?」 「うっ」 俺は言葉に詰まる。聞かれたくはなかったが、 うちを出るなんて考えられないのも事実だ。 「安心しろ。誰がてめぇなんかと一緒に住むかよ」 なに言ってやがるんだ。言い訳するんじゃなかったのかよ。 「お前ってほんとムカつくよな」 「それはおめぇだろうが。俺はお前が家族と離れてやっていけるなんて 思っちゃいねぇ」 なっ、なにぃ。大兄が言ってたことと随分違うじゃないか。 「俺が独り立ち出来ないって言うんかっ」 「出来るのか?」 「出来るに決まってんだろう!」 俺が怒鳴ると鋭侍が小さく笑った。 「何が可笑しい?」 「いや、やっとお前らしくなったと思ってさ」 「俺らしいってなんだよ」 「春からこっち、まともに口も聞かなかったじゃねぇか」 「お前が勝手に!」 「だけどお前、聞かなかったじゃないか」 「推薦受けるって言ったからそうだと思ってたんだよ」 「考えたら分かるだろう。俺が予定してた所は今井が行くことになった じゃないか」 えっ? ああっ、‥そう言えばそうだった。 2人行けるようになったのかと疑問には思ってたんだけど、 鋭侍が止めたなんてことは考えもしなかったぜ。 「きっ聞かなくても言えばいいだろう」 「何て言うんだ? うちを出るから一緒に出よう‥か? 4年で帰ってくる から待っててくれ‥か? 何て言えば良かったんだよ。 お前なら言えたか? 俺らってそんなこと言える関係か」 ‥‥‥‥。 何だか‥まるで、プロポーズみたいだな。そうか。 そんな真剣に考えていやがったのか。そんならそうとハッキリ言えよ。 だからずっと受験することは言えなかったんだ。 俺よりずっと賢いこいつでも悩んでたんだ。 初めてする真剣な話し合いの重さに圧力を感じて、 黙ったまま2人でじっと睨み合う。どうもガンを飛ばされると 視線を外した方が負けっていうくせが抜けない。 しかしその睨み合いは俺が鼻を啜って終わった。 誰も居ないこいつのうちは冷え切っていて外よりはマシだがかなり寒い。 まだヒーターが利いてこないのだ。 「風邪ひかねぇうちに熱いシャワーでも浴びてこい」 結局俺は何しに来たんだか分からないうちにシャワーだけ浴びる。 「そんでおめぇ、何か用があったのか?」 「用って?」 「おめぇが気持ち良さそうに寝てたくせに、挨拶しろってうるさく 言ったんだろうが。何か用があったのかと思うだろ」 「あっ、ああ。そうだった。24日のイブの日はクラスの奴らと 久しぶりに遊ぶんだ。彼女の居ない連中で集まるから、 お前も息抜きに来ないかと思って」 「なんで俺がそんな寂しい集いに顔出さなきゃならねぇんだよ」 「っんだよ。行かないのか」 「来て欲しいのなら行ってやるぞ」 「ったく、素直じゃないな。最近顔色悪いぞ。たまには遊べよ」 俺だって一応、応援してるんだ。 鋭侍は思ったより勉強がはかどってないようで、焦ってるらしい。 凌兄も恨詰めすぎだって心配してたしな。 「へぇ〜、心配してくれてるんだ。反対されてるとばっかり思ってたんだが」 「そっそんなこと言ってないだろう」 でも自分でもびっくりした。こんなにスルスルと言葉に出来ると思って なかったのだ。どうも怒る理由がなくなってしまったようなのである。 「ん、おめぇが反対してねぇのならやる気も出る。 パッと遊んでスッキリするか」 久しぶりに笑った顔を見た気がした。 ドキンと心臓が鳴る。ちょっとでもいい男だと思ってしまった自分が 悔しい。こんなに素直な鋭侍は見たことがなかったから。 俺の気持ち1つでこいつが変わるなんて‥。考えたこともなかった。 今まで影のある顔をさせていたのは自分だったことに気が付く。 鋭侍は俺が想像してるより俺のことを思っているのだろうか。 大兄に言われたことが頭をよぎった。参考書に埋もれて、 吸い殻が山になった灰皿を見てしまったから。 今までもこの部屋に煙草の匂いとか吸い殻がなかったわけじゃない。 でも連れのだと思ってたし、こいつもそう言っていた。 だけどここんとこは誰も来てないのだ。だって追い込みに入って るんだから。俺が嫌いだから隠してたんだろうか。 そうなるとかなり俺のことを思っていることになる。 俺の想像をはるかに超えてることになるのだ。 気分が切り替わったのなら俺の役目はここまでだ。これ以上は 勉強の邪魔になると思い、出ていこうとしたのに引き止められた。 「いいのか。ヤらなくて」 「何だよ。人を盛りのついた犬みたいに」 「違うのか? いつもヤりたくてケンカだけ売ってたんだろう」 悪ぶってる唇の片端が上がる。ムッとする。そうじゃない。 ケンカになるとどうしても勝ち負けでいつものようになってしまうだけで、 俺はずっと怒ってたんだ。出ていってしまうことを認めたくなくて、 話をしたくなかっただけなんだ。 「やるってのか?」 「オオッ、いいぜ。と言いたいところだが、でもケンカはしない。 こんな時間だしな。俺がやりたいから、抱かせろ」 なっなっ何が「抱かせろ」だよ。顔が赤面するのが分かる。 俺は女じゃないんだぞ。‥チキショー、何か格好いいじゃないか。唖然 として毒気が一気に抜ける。それどころか身体が熱くなる。こいつの匂いが 恋しくなる。そしてあっさりと服を脱いでその体勢にはいった。 俺の上に鋭侍が被さる。唇を寄せてキスをする。熱い身体も熱い舌も、 フェロモンという麻薬の中毒患者になった女のように、 欲しくてたまらなくなる。 舌を吸い取ってしまうくらいに絡め、自分の中に導く。 胸にツキンとした刺激を感じ、身体がビクつく。絡めていたはずの舌は 俺の耳たぶを這っている。 「ハァッ‥」 息が漏れてハッとした。待て。このままいけば俺がやられる方になる わけか。 ケンカの勝敗なしにこんなことになったのは初めてだった。 どっちがどっちか決めてなかったのだ。 ‥このままじゃ負ける。 そう思った俺は両手を鋭侍の腹に当てるとそのまま撫でるように 上に移動させた。 鋭侍の身体がブルッと震えた。アッと言う間に鳥肌になる。 その隙をついて体を入れ替えた。今度は俺が鋭侍の萎えそうになった モノを扱いた。 「おめぇ、俺を萎えさせて自分がヤるつもりなのか?」 「当然」 「俺が抱かせろって言ったんだぞ。了解したんじゃなかったのか」 「セックスすんのはいい。けど俺が挿れる。中はお前の方が感じるじゃ ないか」 「俺は俺の手でお前を喘がしたかったんだぞ。こんなふうに」 そう言って鋭侍は俺の胸の突起を摘む。 「あっ‥」 鋭侍の上で俺は仰け反る。 「ほらみろ、気持ちいいんだろう」 「なっ、お前だってここは気持ちいいじゃないか」 俺は自分の人差し指を銜えて唾液で濡らすと鋭侍の後ろに差し込もうと した。いつもならヤる方が決まってるので、ちゃんと潤滑剤を使うのだが、 今はそんな暇はない。 しかしすんでの所でその手は止められた。 「勝手に挿れるんじゃねぇ」 「気持ち良くしてやろうって言ってんだよ」 「それはこっちの台詞だ」 「言うこと聞けよ」 「おめぇこそ」 ガチッと視線が絡み合う。さっきまでの色っぽい雰囲気はどこへやらで、 ケンカをするときとまるで変わらない。互いに止めた腕がミシミシと音を 立てているようだ。 ありったけの力で押し合いを続ける。 「退けよ」 「お前が退け」 筋肉が収縮し、身体中が固くなっているのに、反対に中心のモノは力が 抜けていく。 長い間押し合いを続けていたが、これ以上は無駄なことを悟る。 「仕方ねぇな。じゃ、せーので退くぞ」 「おし、一緒にだな」 「せーのっ」 2人同時に掛け声をかけると、バッと離れた。そして上半身を起こすと 2人して壁にもたれる。 鋭侍が大袈裟に溜息を付く。 「ったくよー。ケンカしなきゃセックスもできねぇんかよ」 何だよ、その言い方は。まるで俺のことを性欲のはけ口にしてる みたいじゃないか。ただやりたかっただけなのか。 ムッとした俺は大兄が言ってたことを確かめようと思った。 そしたらさっき想像した俺への想いが分かると思ったのだ。 脱ぎ散らかした服から大兄に渡された煙草とライターを取る。 片膝を上げそこに肘を付いて頭を掻いてる奴の前に1本取り出した。 素直にそれを受ける。ライターを口元に持っていって火を着けてやる。 肺まで息を吸い込むと煙草の先端が赤く光る。 そして少し眉を寄せ、まぶたを伏せ、俺と反対側の頬を上げ、 唇の片側だけに空いた隙間から溜息のように煙を吐き出した。 まるで大人の男のようなその哀愁のある表情に見とれた。 当たり前のように吸う鋭侍に見とれた。もしかしたら大兄より似合って いるかもしれない。 頭の半分は他人事のように見惚れていたが、その半面すごく悔しかった。 元々こいつは年より老けて見える。しかし見かけだけではなく、 中身も俺よりずっと大人だったというのか。俺がずっと遊ばされてたと いうのか。 「お前、煙草吸うのか」 鋭侍は体全体が飛び上がったくらいにびっくりし、煙草を落とした。 「あちぃっ」 足に落ちたそれを拾ってはいたが、えらく狼狽えている。 さっき見た灰皿を持ってきてやった。 「ほら」 「あっ、悪いな‥‥。って、おめぇ気が付いてたんかよ」 鋭侍は灰皿を奪い取るとベットから離れたところに持って行く。 「今日、大兄に聞いた。俺が煙草嫌いだから我慢してたんか」 「ちっ違う。えーっと、その、そうだ。受験でイライラするから つい最近ちょっと吸ってみただけだ」 俺はもしかしたら凄くこいつに甘やかされていたのだろうか。 こいつは何の見返りもないのに、レベルを落としてまで俺と同じ学校へ行き、 好きな煙草を我慢し、俺の会社へも通える大学を選んだ。 何でそんな大事なことを黙ってるんだよ。何でこいつは俺に説明しない んだよ。言えば俺だって分かるじゃないか。気に入らない。 何もかもが気に入らない。 バカみたいだ。俺だけが子供扱いで、ほんとに馬鹿にしてる。 無性に腹が立ってきた。 「バカ野郎‥。お前俺のことバカにしてるだろう」 急いで服を着て、部屋から飛び出そうとした。引き止められて 無理矢理コートを羽織らされた。また子供扱いだ。 今の俺にはそれが優しさだと思う余裕はなかった。 ただ火に油を注ぐ結果になっただけだった。 「お前なんか大っ嫌いだ!」 捨て台詞を残して走った。 家の玄関の前で考える。そういや仲直りしに行ったんだった。 結局またケンカを売って帰ってきちまった。大兄、入れてくれるかなぁ。 試しに開けてみた。そしたら鍵は掛かってなかった。何故だろう。 「鋭侍から電話があったからな。入れてやってくれって。 ちゃんと仲直りできたんだな。お前にしちゃ上出来だ」 大兄の思いがけない言葉で、怒りは最高潮に達した。 奴は俺の保護者かよ!! 俺はいつでも対等でいたつもりだったのに。 まるで裏切りにあった気分だった‥。 |