目が覚めると、朝だった。いつの間にか眠っていたらしい。
結局、何も思いつかなかったが、まあ仕方がない。
そのときはそのときだと思って、学校に行く準備をする。
準備が終わると、由真を起こすために、部屋のドアをノックする。
「おーい・・・時間だぞー」
「・・・ん〜・・・」
返事はあったが、これはまだちゃんと起きてないな。
部屋に入って、ベッドのそばまで行く。
やっぱり、まだ寝ていた。
・・・相変わらず寝相が悪いな。
ふと、由良ちゃんも寝相が悪いのだろうかと思い、なんだかおかしくなる。
今日、学校でそれとなく聞いてみよう。
しかし・・・育ったな、コイツも。葉月ほどじゃないが。
由良ちゃんも、これぐらいなんだろうか。
葉月の育ち具合からすると、もっとかも・・・
う、想像したら元気に。由真ではこうはならないんだがなぁ・・・
「なんで起こしてくれなかったのよぅ」
「高校生にもなって、いつまでも俺に起こされてるんじゃねえ!」
やや寝坊した由真と一緒に、慌てて家を飛びだす。
だってしょうがないじゃないか。
元気な俺のまま、起こすわけにいかなかったんだから・・・
もういないだろうと思っていた大場姉妹は
予想に反して、待ち合わせの場所に佇んでいた。
「遅いー!」
俺達を見るなり、葉月が怒鳴り声をあげる。
「悪ぃ!由真が寝坊しやがってさ」
「アハハ、ウチと同じか」
「・・・そっちは遅れてないんだな」
「アタシが叩き起こすからね」
「あの・・・まだ間に合うの?」
由良ちゃんの問いかけに、俺と葉月が顔を見合わせ、そして叫ぶ。
「走れっ!!」
「なんとか・・・間に合ったか」
「はぁ・・・達也・・・足速いわね・・・」
しかし・・・由真はもっと足が遅かったと思ったが
成長したのか、それとも双子効果なのか。
双子で思い出した。
「そういえばさ・・・由良ちゃんって、寝相悪い?」
「ああ、悪い悪い!あと、よく寝ぼけるのよ」
「うわ、やめてよお姉ちゃん!」
やっぱり同じか。
「いつの間にかアタシのベッドに潜り込んで、抱きついてたりするのよ。やんなっちゃう」
「や〜め〜て〜!」
流石に、由真はそこまではしないな。されても困るが。
・・・葉月と・・・由良ちゃんが・・・同じベッドで抱き合って・・・
「・・・何考えてるか知らないけど、早く教室入ったほうがいいわよ〜」
担任が教室に入ってきて、退屈なHRの間
さっきの妄想が甦ってくる。しかもより過激になって。
むう・・・欲求不満なんだろうか。
しかし、葉月はともかく
由真とそっくりの由良ちゃんでそういう妄想をしてしまうとは・・・
イカン。
二人揃うと感情を読まれてしまうのに
由良ちゃんに対してこんなやましい気持ちでいては
人格を疑われてしまうじゃないか。
しかたがない、妄想の対象を葉月一本に絞ろう。
・・・何か間違ってるような気もするが。
・・・・・・・・・(妄想中)・・・・・・・・・
「・・・何考えてるの?」
「いや、胸のこととかな」
「・・・胸?」
ぐあ。妄想中にHRは終わり、いつの間にか葉月が隣に立っていた。
「何よ・・・胸のことって」
警戒するように、胸の前で腕を組み、葉月が俺をじっと睨む。
お前の場合、そのポーズは胸を強調するだけだ、と言いたいがそこは我慢する。
「いや・・・胸じゃなくて、群れ。俺の家のそばに、いつもカラスの群れがいるじゃないですか?」
・・・我ながらうまく誤魔化せたと思う。
「知らないわよ、達也の家行ったことないもの。それより、今日の昼どうしよっか」
「ああ、そういや朝バタバタしてて決めてなかったな」
昨日は通学途中で決めておいたからよかったんだが。
「お弁当じゃないんでしょ?」
「ああ・・・今日はそろそろ学食にするか。購買のパンも続けると飽きるし」
「そうね・・・由良には昼に伝えればいいかしら」
「間に合えばいいけどな」
「4限が早く終わればねー」
4限が誰だったか、思い出してみる。塚田の英語だった。
・・・今日もまた、揃ってため息をつく。
「厳しい戦いになりそうだな・・・」
例によって長引きかけるかと思われた塚田の授業は
「では、今日はここまで」
意外にもチャイムが鳴る数分前に終わった。ラッキー。
「いくぞ、葉月」
声をかける間も惜しんで教室を飛び出す。
周りの皆も走っている。目指すはただ一カ所。
早く授業が終わった分、他のクラスの連中よりはアドバンテージがあるので
それほど慌てなくてもいいんだが
何しろ余分に二人分の席を確保しなければならない。
「葉月、学食は俺が行くから由良ちゃん達呼んできて!」
「オッケー!」
息のあった連携だ。途中で葉月は1年の教室へのルートにそれ
俺は学食ルートを突っ走る。
食堂の入り口ホールに、100m走の勝者のような気分で飛び込むと・・・
「あ、お兄ちゃん」「早かったんですねー」
何故か・・・すでに由真と由良ちゃんが待っていた。
100m走でトップでゴールインしたと思ったら、フライングで失格を宣告されたような気分。
「・・・なんで・・・もう、いるんだ?」
あえぎながら、途切れ途切れに尋ねると
「授業、早く終わったの」「私もー」
くそぅ、俺のところだけじゃなかったか。
「けど、よく学食にするってわかったな?」
「あー・・・」「えーと・・・」
二人が見つめ合い、そして声をひそめる。
「朝・・・お兄ちゃんも葉月さんも・・・」「ここのこと、思い浮かべてたから、そうかなって」
むう。確かに、朝っぱらから走らされたんじゃ、昼は腹ぺこだろうから
購買のパンじゃ足りないかも、とは思っていたが。そんなことまでわかるのか。
「うし、さっさと場所とるぞ」
うまいこと4人分の席を確保した頃に、疲れた顔の葉月がやってきた。
向かった教室がすでに昼休みに入っていただろうから、さすがに気づいたんだろう。
「いるじゃん・・・」
「・・・お疲れ」
2人一組で交互に食券を買い、好きなメニューを取ってきて
またにぎやかな昼食を始める。
・・・周囲の視線には、もう慣れた。
「そういえば」「なんなのかな・・・?」
妹二人が意味不明なことを。
「いきなり、なんなのかな、じゃわかんないぞ」
「ほら、第2グラウンドの裏」「変な木造の建物があるでしょ?」
ああ。アレか。
B棟の裏は少し狭いグラウンドになっていて
そのまた裏手、立木で遮られてはいるが、古い木造の建物があるのだ。
「旧校舎よ」
「・・・旧校舎?」「なに、それ?」
「そのまんまだ。昔使ってた校舎。今は物置になってる・・・らしい」
俺も入ったことはないから、よくは知らないのだ。
「ウチの学校、古いからねー。戦前からあるらしいよ、あの建物」
妹たちは、ふーん、といった顔で聞いている。
「まあ、入ろうにも入れないらしいし、関係ない場所だな」
「おっと、ところが、コッソリ入る方法はあるのよねー」
また。何か自慢げに葉月が身を乗り出してくる。
「屋上のときといい、何でお前はそういうつまんねえことには詳しいかな」
「フフーンだ、3年生にもなって知らない方がおかしいのよ」
む。そんなもの・・・か?
「どう?知りたい?」
俺はたいして興味がなかったが、妹達は目をキラキラさせて激しくうなずいている。
「じゃ、放課後の予定は決まりね。みんなで旧校舎探検!」
・・・旧校舎か。何か・・・謂われがあったと思ったが・・・何だっけか?
「ま、どーせヒマだからいいけど・・・葉月」
「何?」
「今度はつっかえないで入れるんぐぁ!」
右手に!箸が!刺さってます!グリグリ!されてます!痛い!です!
「・・・ス、スマートな葉月なら!どこでも大丈夫だなっ!」
「・・・よろしい」
そして放課後。
家路を急ぐ帰宅部の連中とも
部活に向かう連中とも別の方向に俺たちは進む。
第2グラウンド奥。立ち並ぶ木々の後ろにひっそりと立つ木造の古びた建物。
旧校舎。こうして間近に見るのは俺も初めてだった。
「へー・・・結構、立派なんだな」
傾きかけた木漏れ日を浴びる校舎の壁に沿って進むと、正門らしきところに出る。
が、門にグルグルと巻かれた鎖と南京錠で
とてもここからは入れそうにない。
といって、1階の窓には、全て木の板が打ち付けられていた。
「・・・どこから入るんだ?」
「表がダメなら裏があるでしょ?」
・・・なるほど。
俺達はグルリと建物を回り、日の射さない建物の裏手に回る。
「えーっと・・・あ、アレね」
俺達の前に、小さな、通用門と思われる入り口があった。
「・・・鍵かかってるじゃねえか」
正面ほど厳重ではないが、ここにも掛け金にデカイ南京錠がはめられている。
「フッフ〜ン・・・ところが・・・よっと」
葉月が南京錠に手を伸ばすと
ガチャリ、と音を立てて鍵がはずれた。
「うお!?どうやったのお前?なんかそういうテク持ってる人?」
「違う違う。壊れてるのよ、この鍵。引っ張れば開いちゃうの。学校側は知らないんだけどねー」
「へー・・・」「役に立たない鍵だねー」
まあ、そのおかげで入れるわけだが・・・
何か引っかかる。
正門といい、こうまで厳重に施錠するのはなんでだ?
「さ、行くわよ」
立て付けの悪くなった扉を開ける。ぷん、とかび臭いような匂いがした。
1階は窓が板張りされていて、暗い。
板の隙間から僅かに射し込む日の光を頼りに、廊下を進む。
「なんだか・・・」「肝試しみたいだね・・・」
ああ。肝試しで思い出した。
「そういやさー、ここって出るって噂だったよな」
「・・・え?」「・・・出るって?」
「葉月は知ってるよな?旧校舎のピアノの話」
「へ・・・?」
あれ?知らなかったのか。
「旧校舎の音楽室には、まだピアノが置いてあって、時々・・・誰かが弾いてるって話」
葉月の顔が見る見る青ざめていく・・・
「なっ・・・!何それっ!?知らないわよそんな話っ!?」
「そうか?・・・で、幽霊ピアノって噂なんだけ・・・」
「知らないったら知らないっ!」
いや、そんなムキになって否定されても困るが。
見れば、由真も由良ちゃんも怖そうにして互いに寄り添っている。
「ただの噂だよ、噂・・・」
自分でそう言いながら、何かが気になる。まだ何か忘れているような・・・ま、いいか。
「行ってみるか?音楽室」
「い・・・行って、どうするのよ」
「いや、噂が本当かどうか確かめてみるのも面白いだろ?」
強がってはいるが、葉月はかなり怯えているようだ。
「・・・怖かったらやめてもいいけど」
「別に・・・怖くなんかないわよっ」
「あっそ。二人はどう?」
「えっと・・・」「私たちは・・・」
こちらも少し青ざめているが、それでもハッキリ答えた。
「行きます」「行った方が・・・いいと思う」
「じゃ、決まりな」
・・・とはいったものの、俺自身がかなり不安。
「でも、その音楽室って・・・」「どこにあるんですか?」
む。ここに入るのが初めてな俺も、噂を知らなかった葉月も当然それは知らない。
「じゃ、肝試しみたいに皆バラバラで行こうか?先に音楽室見つけた人の勝ち」
「バッ・・・バラバラは・・・あ、危ないんじゃないかしら?」
「わ、私も・・・」「一人っきりは、ちょっと・・・」
(続く)
(Seena◆Rion/soCysさん 作)