償い
第10話 エピローグ
あとがき BACK INDEX
その日の夜、鷹雄はマンションに帰ってきてくれた。
夕食後にリビングでくつろいでいたら、鷹雄は真面目な顔をしてわたしと向き合った。
「雛、実家に連絡しろ。オレが挨拶に行くってな」
わたしは突然の申し出にうろたえた。
挨拶だけではすまないことを直感したせいだ。
「挨拶って、急にどうしたの?」
「お前とこうなった経緯を全部話す。いつまでも黙っているわけにはいかない、ケジメは早めにつけときたいんだ」
「全部って、そんな……。だめだよ、怒られる。許してくれなくなるかもしれない。わたし、嫌だよ。鷹雄にはお父さんとお母さんと争って欲しくないの。言わなくてもいいじゃない、両思いだってことだけ伝えようよ。そうしたら、反対はされないはずだよ」
経緯を全部話して、すんなりと認めてもらえるとは思えない。
お父さんはともかく、お母さんが許さない。
お母さんはわたしを宝物のように愛してくれていた。
鷹雄に負い目があるとはいえ、天秤にかければ、わたしを取る。
幾らわたしが許したと訴えても、娘を犯して自分達を盾にして脅し、愛人として従わせてきたと知って、許せるだろうか?
知らない方がいいこともある。
今までのことは、わたし達の胸にだけしまっておけばいい。
そう言って止めたけど、鷹雄は聞かなかった。
「ぶん殴られても構わない。土下座でも何でもして、許してくれるまで粘る。確かにオレは二人を恨んできた。だが、それとこれとは別なんだ。関係のない雛を謂れのないことで責めて従わせてきた。それはオレの罪だ。このまま黙ってやり過ごしてしまえば、一生後ろめたい思いを抱えて生きていかなきゃならない」
プライドの高い鷹雄が、土下座までする覚悟で許しを得ようとしている。
わたしも逃げてはいけないんだ。
それにわたしと鷹雄の行き違いには、少なからず両親のことも関わっていた。
もしかすると、これはチャンスなのかもしれない。
鷹雄と両親が和解するきっかけ。
最初で最後の本音を明かす機会を活かそうと、わたしは実家に連絡を入れた。
さっそく次の休日に、わたしは鷹雄と一緒に実家に戻った。
お父さんとお母さんは、顔を合わせてからずっと緊張して落ち着かない様子だった。
わたし達はソファに座る両親を前に、床に敷いた座布団の上で正座をしてた。
鷹雄は終始折り目正しい立ち居振る舞いを崩さず、その態度が二人を一層緊張させている。
「今日来たのは、今までの謝罪と頼みごとがあるからだ。まずは謝る。オレが雛にしたことも全部話す」
鷹雄は冷静に事実を話し始めた。
高二のわたしを犯したこと、両親への憎しみを口実にして繋ぎとめていたことも、隠すことなく打ち明けた。
話が進むごとに、お母さんの顔色が悪くなっていった。
体が震えている。
お母さんが一番恐れていたことは、鷹雄がわたしに憎しみの矛先を向けることだったんだから。
憎しみからの行動ではなかったにしても、自分達の過去がわたしを苦しめる原因となったことに、お母さんは強いショックを受けている様子だった。
「告白はこれで全部です。今まで申し訳ありませんでした」
話し終えた鷹雄は、床に頭をつけて謝罪した。
お母さんは何も言わない。
落ち着きのない呼吸をしながら胸に手を当て、感情の読めない目で彼を見つめていた。
鷹雄は頭を上げずに、言葉を続けた。
「いくら好きだの愛していたからだのと理由を並べ立てたところで、オレがやったことは許されないことだ。親父もだが、特にちどりさんにはオレを罰する必要がある。雛はオレを許してくれたが、このまま自分の罪を黙っているわけにはいかない。さあ、好きなようにしてくれ、雛を諦める以外のことなら、どんな罰でもオレは受けるつもりだ」
お父さんが立ち上がった。
鷹雄の前までやってくると、胸倉を掴んで立ち上がらせた。
激昂とはいかないまでも、お父さんは怒っていた。
鷹雄は抗うことなく従い、怒りが宿るお父さんの瞳を、逃げることなく見つめ返した。
「鷹雄、歯をくいしばれ」
搾り出すような声が命じた。
鷹雄の口元がきつく結ばれる。
振り上げられた腕。
手の平が、鷹雄目がけて振り下ろされる。
「お父さん、やめて!」
わたしの制止は間に合わず、鷹雄の体は大きな音を立てて床に打ち付けられた。
鷹雄は殴られた頬を擦りながら、すぐに体を起こした。
「止めるな、雛。こいよ、親父、何発でも受けてやる。今まであんた達を苦しめた分だけ、オレは罰を受けなきゃならない」
お父さんは動かなかった。
代わりに、お母さんが進み出てきた。
鷹雄の前に膝をついて、首元に手を伸ばす。
「お母さん、だめ! 鷹雄を殺さないで!」
てっきり首を絞めるのだと思った。
悲鳴をあげて止めに入ったわたしの前で、お母さんは鷹雄に抱きついた。
「え……?」
意外な成り行きに、わたしも鷹雄も呆然とした。
お母さんは涙を浮かべて鷹雄を抱きしめた。
「雛が苦しんだ分は、鷹之さんが怒ってくれた。今度はわたしが謝る番よ。鷹雄くん、幼いあなたからお母さんを奪ってごめんね。怒らせないように顔色ばっかり窺って、本音で話したことなかった。愛されてないって思うのは当然だったよね。それでもわたしはあなたと家族になりたいと思っていた。いつかお母さんって、呼んで欲しかった。雛を通じてその願いが叶うなら、わたしはあなたを許すわ」
お母さんの腕に鷹雄は自分の手を添えた。
「ありがとう、ちどりさん。オレ、わかってた。ちどりさんがフリじゃなくて本気で母親になろうとしてくれたこと。だけど、受け入れたら母さんを裏切ることになると思って素直になれなかった。ちどりさんはオレがどれだけ反抗しても見捨てずに、味方になって親父からも庇ってくれた。あの時、迷惑いっぱいかけてごめんなさい」
中学生の頃に言えなかった言葉を、彼はお母さんに伝えることができた。
お父さんも鷹雄の傍らに膝をついて、肩を抱いた。
「さっきは雛の父親として殴ったが、今のオレはお前の父親だ。最低な親父ですまなかった。つぐみとお前を引き離したのは、若い彼女に今後の選択肢を多く与えたかったからだ。どちらにとっても最善の方法を選んだつもりが、お前に大人の事情を押し付けて苦しめただけだった。荒れていくお前をこの手で救えなかったことを、オレはずっと悔やんできた。償いにオレができることはなにもない。気が済むなら遠慮なく殴れ」
お父さんに対して、鷹雄は笑いかけた。
「ちどりさんのことを母さんと呼べなかったように、隼人さんのことも父さんとはどうしても呼べなかった。どんなに憎んでも、嫌っても、オレの父親はあんただけだった。母さんが親父を許したから、オレも許す。オレは親父とちどりさんとも親子になりたい」
お父さんとお母さんは、鷹雄の言葉に頷き返した。
長い時間がかかったけど、わたしの望みが叶ったんだ。
わたし達はやっと家族になれた。
落ち着いてから、鷹雄は正式にわたしと交際したいと挨拶をした。
あのお決まりの「娘さんをください」ってセリフを言ったんだ。
笑っちゃいけないけど、いつも尊大な鷹雄が、あまりにも礼儀正しく言うものだから、両親もわたしも大笑いしてしまい、彼は恥ずかしさで拗ねてしまった。
「人がせっかく真面目にやってんのに笑うか普通? 雛まで何だよ。バカにするなら、挨拶なんかやめるぞ」
くすくす笑いながら、お母さんが宥めに入った。
「ごめんなさい、怒らないで。鷹雄くん、雛をよろしくお願いします」
「いたらないところもあるだろうが、娘をよろしく頼む……って、自分の息子に言うのも何か変だなぁ?」
首を傾げているお父さん。
お父さんが一番不思議な立場にいる。
だって、自分の息子と娘が交際することを許すなんて、滅多にできない経験だよね。
結婚は、わたしの卒業を待って行われることになった。
鳩音ちゃんには報告済み。
もちろん過去の経緯は内緒にして、義理の兄であった彼のことがずっと好きで、長年のすれ違いが実を結んで両思いになれたとだけ言ったのだ。
鳩音ちゃんはびっくりしてたけど、祝福してくれた。
「溺愛されてるとは思ってたけど、そういう仲だったのね。雛が男に興味がなかったのは、お兄さんのことが好きだったからなんだ。言ってくれればよかったのに、義理の兄妹って言っても、とっくに籍は別になってたんでしょう?」
「そ、そうなんだけど、色々事情があってね。ほら、同居とかもしてたし」
突っ込まれて、あたふたと言い訳する。
別の話題に変えないと。
そうだ、あれだ。
「そうそう、以前に約束してた鳶坂さんと二人っきりになる機会を作るってあれね。鷹雄に頼んでダブルデートの計画立ててるの。鳩音ちゃん、行くでしょ?」
効果覿面で、鳩音ちゃんは顔を輝かせた。
「やった! 雛、ありがとう! もちろん行くわ!」
興奮した鳩音ちゃんが抱きついてきた。
こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
鳩音ちゃんの良い所を、鳶坂さんが見つけて好きになってくれたらいいな。
鳩音ちゃんと抱き合っているところに、鳶坂さんがやってきた。
「相変わらず、雛ちゃんと鳩音ちゃんは仲がいいね。でも、場所は選んだ方がいいと思うよ」
彼の指摘で周囲を見回すと、さっと目を逸らして立ち去っていく人が複数いた。
注目されていたみたい。
恥ずかしくて、鳩音ちゃんと顔を見合わせて俯いた。
鳶坂さんは今でもわたしの護衛についてくれている。
監視も護衛も必要なくなったと思ったのに、続けるようにと鷹雄が命じたのだ。
今は護衛がメインで、悪い虫がつかないように見張っているんだって。
嫉妬深い鷹雄らしいと、鳶坂さんは笑っていた。
三人で話しながら、駅へと向かう。
回数を重ねるごとに鳩音ちゃんのテンションも落ち着いてきたせいか、鳶坂さんも以前ほど彼女に苦手意識を持っていないように見受けられる。
二人の仲が進んだ時には、架け橋になろうと張り切っている。
鳶坂さんには鷹雄とのことで、かなりお世話になったし、今度はわたしが協力できたらなと思っているんだ。
幸せを分け与えたい気分なのかな。
鷹雄との生活を続ける上で、家事などの役割分担にさほどの変化はなかった。
大きな違いをあげるなら、性生活が恋人同士のものに変わったぐらいかな。
甘い言葉を囁いて、気持ちよくしてくれるの。
だけど、こっちの都合を聞かずに触ってくるのはやめて欲しい。
夏になり、外は夜にも関わらず熱気が漂って蒸し暑いけど、室内は冷房がきいていて涼しい。
わたしはキャミソールにミニスカートという夏らしい姿で、リビングで鷹雄と過ごしていた。
「雛、オレの方を見ろよ」
「ちょっと待って、いいところなの」
わたしはソファに座る鷹雄の足の間に腰を下ろしていた。
彼はわたしを後ろから抱きしめている。
わたしはといえば、テレビに夢中になっていた。
お宅拝見番組で、冷蔵庫の驚愕の中身とは!? という煽り文句でCMに入ってしまったのだ。
冷蔵庫の中には何が入っていたのだろう。
あれこれ想像してCMが終わるのを待っている。
「それじゃあ、好きなだけ見てろ。オレも好きにさせてもらう」
「ふひゃあっ」
べろんと首を舐められて声を上げた。
鷹雄の手はいたずらを始めて、キャミソールをまくりあげた。
馴れた手つきでブラのホックを外して上にあげる。
ぷるんと二つの膨らみが揺れて、先っぽの赤い実が指先で摘ままれた。
指の腹で押しつぶしたり、つつかれたりされて、乳首が尖ってくる。
「鷹雄、だめ…、あぁ…、テレビ見れないよぉ」
画面の中では待望の冷蔵庫が開けられていたけど、それより首筋を這う舌の感触が気になる。
鷹雄の腕が股の間に入ってきて、ぐっと広げられた。
スカートをめくってショーツに手を触れられた。布越しに指先が割れ目に触れる。
中途半端に触るなんて、ずるい。
欲しくなってきちゃう。
「テレビ消して……、もういい、鷹雄の方がいい」
観念して呟いたと同時に、ぷつんと電源が切られて画面が黒くなった。
鷹雄はリモコンを投げ捨てると、勝利の笑みを浮かべた。
悪戯が成功した子供みたいな顔だ。
「こんなカッコで挑発するからだろ。お前、マジで淫乱なのか? 昔のお前は純情でかわいかったのに、どうしてこんな風になったんだ?」
「違うよぉ。わたしをえっちな体にしたのは鷹雄じゃない。何も知らないわたしにいやらしいことたくさん仕込んだくせに、忘れたなんて言わせないからね」
鷹雄のキスが、わたしの口を塞ぐ。
舌を絡ませているだけでも、感じてくる。
「そうだったな、オレが仕込んだんだ。でも、誘ったのは雛の方だぞ。あの日、小さなお前がオレのベッドに入ってきた時から、こうなることが決まってたんだ」
「は?」
思考が止まる。
何の話? あの日って何?
ベッドに入って誘った?
そんな覚えないよ?
「覚えてないのも当たり前だ。あの時のお前は三つにもならねぇガキだったからな。教えてやろうか、オレがお前に惚れた最初のきっかけ」
それはわたしがお母さんと一緒に、小鳥の家に引っ越してきた日のことだった。
当然ながら鷹雄は挨拶もせずに部屋に引っ込んだ。
わたしはお兄ちゃんだよと紹介された鷹雄を追いかけて、彼の部屋に入っていった。
「おにいちゃん、おにいちゃん?」
布団を被って不貞寝している鷹雄を、わたしは布団の上から叩いた。
構って欲しかったんだろうか。
記憶がないので、行動の理由は謎のままだ。
「うるさい、あっち行け!」
鷹雄は怒鳴ったけど、わたしを叩かなかった。
つぐみさんから、自分より小さい子と女の子には手を上げてはいけないと躾けられていたからだ。
布団の中で無視を決め込んだ彼は、そのまま寝てしまった。
わたしは何を思ったのか、布団の中にもぐりこんだ。
鷹雄の背中にくっついて、一緒に眠ってしまったのだ。
「背中が温くなってきて不思議に思って起きてみたら、お前が寝てたんだ。何か気持ちよくてさ、母さんがいなくなって人肌が恋しかったんだろうな。一緒に寝てたら離せなくなって、母さんを追い出した女の子供だなんてことも忘れて好きになってた。兄妹なんて端から思ってなかったさ、あの時からお前はオレの特別な女だったんだ」
鷹雄が妹の存在を頑なに否定していたわけはそれだった。
最初から、わたしは女として愛されていたんだ。
でもね、もしもわたしが高校生じゃなくて、小学生の時に気になる人ができたと彼に言っていたらどうなっていたんだろう、同じことを小学生のわたしにしたんだろうか?
実は気になる男の子がいたんだよね。
ちょっとだけ、他の男子より仲良しだった男の子。
なぜかある日を境に疎遠になってしまったけど、思い返してみれば、あれは彼と下校中に鷹雄と会った翌日からだったのかもしれない。
いや、まさか偶然だよね。
疑いすぎはよくないよ。
「お前が同級生に告白されて兄離れを言い出した時、オレがどれだけショックを受けたか想像できるか? それまでオレ一筋だと信じていた雛が、他の男と付き合うって言ったんだ。可愛さ余って憎さ百倍ってヤツか? それでもお前が欲しくて、気がついたらあの通りだ。朝になって冷静になると、すげぇ落ち込んで後悔した。だから、もう来るなって言ったのに、お前は離れたくないから一緒にいるとか言うし、諦められなくなったんだ。全部、お前のせいだぞ」
しゃべりながら、鷹雄は胸をまさぐってきた。
指先が乳首を撫でて、乳房を解していく。
息が荒くなる。
鷹雄の言い分はかなり一方的なものだったけど、口答えすると大変なことになる気がしたので黙っておいた。
「鷹雄はずっとわたしだけを見てくれてたんだね。いいよ、好きなだけわたしを抱いて。不安になるたびに言ってくれればいい。わたしはいつでも言ってあげる。鷹雄のことを誰よりも愛しているって」
ショーツを脱いで秘所に彼の指を迎える。
キスを交わして、鷹雄が触りやすいように足を開いて腰を浮かせた。
「んあぁ…ひぅ……んっ! …はぁ…あっ…ああんっ!」
つぷりと沈んだ指が中で愛液を混ぜて、わたしを高みへと導いていく。
「イッたか、雛。オレもイカせてくれよ、我慢の限界だ」
達してびくびくしている体を優しく撫でて、鷹雄が囁いた。
「ん…あ…、いいよ、してぇ…」
ソファの上で寝転んでいるわたしに鷹雄が覆いかぶさってくる。
濡れて準備のできた秘所に、ゴムをつけた鷹雄自身がゆっくりと挿入されていく。
大きくて温かい彼の体と一つになって、悦びの声を上げた。
「ああんっ、あっ、うぁああんっ……、あ、鷹雄、や、お兄ちゃあんっ!」
快楽の頂点に達すると、わたしはついお兄ちゃんと口走ってしまった。
ぼんやりしている意識の端で、鷹雄が苦笑しているのがわかった。
「こんな時にお兄ちゃんはねぇだろ。これで燃えてたら、オレは妹好きの変態じゃねぇか」
「だって、鷹雄はお兄ちゃんだよ。わたしにとって、お兄ちゃんとの思い出も大事なの。兄妹でも恋人でも、わたしの一番大事な人は鷹雄だけだよ」
「雛には敵わねぇな。お前がオレのことを好きなら、兄貴でも何でもいいよ。忘れろなんて言わない。オレは雛の兄貴で、ただ一人の男だ」
わたしは鷹雄に兄であることを否定されることが悲しかったけど、それは思い出の全てを否定されたのと同じだったからだ。
彼との思い出が偽りのない幸せな記憶であると確かめることができたから、わたしも兄妹であったことに拘る必要はなかった。
腰の動きが早くなってきて、鷹雄が達する気配を感じた。
「鷹雄ぉ……、あ、わたし……またイク…、あっ、ああっ…っ!」
「雛……うっ…、はぁ…っ!」
果てた鷹雄は、体を起こすと情事の痕を綺麗に拭いてくれた。
「キツかったか? 調子が悪かったらすぐ言えよ」
わたしの体を言葉でも気遣って、口付けをくれる。
前にも増して彼は優しくなった。
まるで過去の経緯を知る前のように、甘くて優しいお兄ちゃんに戻ったみたい。
きっとこれが鷹雄の本来の姿なんだ。
偽りだったのは、ご主人様だった彼の方。
わたしをいじめながら、嫌われることを恐れてびくびくしていたんだって。これは鳶坂さんからの情報だけどね。
「何、笑ってんだよ?」
あ、表情に出てたのか。
いけない、いけない。
「お兄ちゃん、大好き」
ごまかすために抱きついて、子供の頃みたいに甘えてみる。
鷹雄は腑に落ちない表情をしていたけど、すぐに笑顔が戻った。
わたしは彼の胸元に顔を寄せて、瞼を閉じた。
「こうしていると安心するの、鷹雄の傍が一番落ち着く」
「オレも雛を抱いていると落ち着く。オレとお前は求めるものが同じだったのに、今まで何やってたんだろうな」
すれ違っていた時間がもったいなく感じた。
これからは、その分を取り戻していこうと二人で誓う。
幸せはここにある。
絡めた指は二度と解けることはない。
彼はわたしの大好きなお兄ちゃん。
そして、一生を共にする伴侶となった。
END
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