憎しみの檻

続編 レリア編 3

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 季節は春へと変わり、継承式当日。
 エリーヌ様はフェルナン様と一緒に式典に参加される。
 わたしも正装のドレスを着て、アシルにエスコートされて参列した。

 国を挙げての式典だから、城下街はお祝いムードでお祭り騒ぎ。
 けれど、城内は静寂に包まれている。
 人の気配は多いけれど、厳かな空気を損ねないように、私語は控えめに、足音もなるべく立てないようにと、それぞれが気をつけていた。
 案内されたのは玉座が置いてある謁見の広間。
 深紅の敷物が扉から奥の、一段高い場所に置かれた玉座の前まで敷かれていて、その左右に参列者が分かれて立って整列していた。

 やがて、主要な人々が集い、式典の開始時刻が過ぎた。
 合図のラッパが吹き鳴らされ、玉座に座っていた王様が立ち上がり、式典が始まった。

「これより王位継承の儀式を始める。第一王子ジュスタン、そなたに王位を譲る、玉座の前に進むが良い」

 王の声に応えて、一人の男性が臣下の列から進み出てきた。
 混じりけのない黒髪をした男性は、白に金の刺繍を施した正装の上に紫のマントを羽織り、とても威厳のある佇まいで王の前まで行くと、その場で恭しく跪いた。
 あの方が第一王子ジュスタン殿下。
 フェルナン様とは十才違いで、現在三十八才。
 兄弟だからか穏やかな雰囲気は似ているけど、ジュスタン殿下はどこか怖い。王位を継ぐ施政者だからか、優しいだけの人ではいられないのはわかるから仕方ないのかな。
 戦後にネレシアの統治をしたのは、あの方だと聞いた。
 占領されたとは思えないほど、民は穏やかに暮らしているらしい。
 これまで任された国のほぼ全てで平穏をもたらし、民の生活環境を向上させた手腕が高く評価され、長子であることも含めて王位継承の資格を得たそうだ。

 跪いたジュスタン殿下の頭に王冠が乗せられた。
 王位を譲った王様は、これからは大公爵と呼ばれ、王領の中にある閑静な農耕地を治めながら、静かに余生をお過ごしになる。
 それに伴いお妃様達は第二の人生の選択を許された。
 王妃様はついていかれるけど、側室の方は別の方と縁づいたり、年金と小さな領地をもらって、お側を離れる人もいるみたい。そのお子様方もすでに国外の貴族と縁づいたり、爵位と領地を賜って臣下の列にいたりして、継承争いとは無縁になっている。
 皆、とっとと隠居して気楽に過ごしたいんだよって、アシルが小声で呟いた。
 王妃様のお話を聞いていたから、新しい治世の邪魔にならないように、政争の場から退いていくのだろうと理解できた。

「第二王子エルネストを公爵に叙爵、併せて宰相に任ずる」

 続いて呼ばれたのは、第二王子エルネスト殿下。
 容姿と雰囲気がジュスタン殿下とよく似ていた。
 爵位と役職、さらに領地を授けられ、エルネスト殿下はジュスタン殿下の傍らに控えられた。
 次はいよいよフェルナン様の番だ。

「第三王子フェルナンを公爵に叙爵する。授ける領地は旧ネレシア王国の領土とする、彼の地は今後ネレシア公爵領となることを布告する」

 静かだった場がざわめいた。
 納得している人もいるけど、驚いている人もいる。
 大国だっただけにネレシア王国の領土は広い。これまでは王領として扱われていたその土地を、臣下の一部の人はこの機会に割譲して、自分達にも分け与えられるものだと思っていたみたい。

 ざわめきはすぐに静まり、王家の人々へ新たな地位や役職が任命されていく。
 大きなことは王位継承順が変わり、ジュスタン殿下のお子様達が、継承上位に繰り上がってきたことだ。
 これにより、フェルナン様の王位継承はほぼなくなった。
 エリーヌ様は王子妃から、公爵夫人になられる。
 お二人とも肩の荷を下ろしたようなホッとした顔をされていた。

 式典が終われば、いよいよネレシアに旅立つ。
 私の故郷。
 戦争に関する記憶を失い、どのように変わっているのかもわからないから、単純に帰れることを喜べなかった。
 それでも帰りたい。
 父母と兄が眠るあの地に戻り、鎮魂の祈りを捧げたい。
 そして、クロードに会いたい。
 幸せならいい。
 けれど、あなたがまだ悲しみや怒りを胸に抱えているのなら、わたしは家族として寄り添って支えたいと思っている。




 旅立ちの日が来た。
 複数の馬車と荷馬車で構成された一団が、騎乗した騎士達に守られて、アーテス王都を出発した。
 わたしはエリーヌ様とフェルナン様が乗る馬車に同乗することになった。お二人は向かい合わせに座られていて、わたしはエリーヌ様の隣に座った。
 客車の窓から外を覗くと、馬に乗って護衛についているアシルが見えた。
 お側にいるからにはしっかりお世話をしようと意気込んでいたけど、馬車に揺られているうちにうっかり眠ってしまって、気がついたらエリーヌ様のお膝に頭を乗せて寝ていた。
 エリーヌ様は笑って許してくださったけど、わたしはとても落ち込んだ。
 お城に上がったばかりの頃も、こんな風に失敗ばかりしていたのかな。
 このまま頑張っていれば、みんなが言うような、仕事は完璧にできる侍女だった元のわたしに戻れるの?

 フェルナン様が率いるネレシアへ向かう一行には、アシル以外の近衛騎士は一人もいなかった。
 ユベールお兄様も残ることになった。
 家の跡継ぎとなる嫡男であることも理由の一つだけど、騎士団を引き継いだ王子様は十三才の少年で、彼を支えるためには経験豊富な騎士達が大勢必要だったからだ。
 せっかく頼もしいお兄様ができたと喜んでいたのに、会えなくなるのは寂しい。
 その代わり、お手紙のやりとりをするお約束をしたの。
 ネレシアに着いたら、さっそく書かなくちゃ。

「近衛騎士団は騎士を志した王子のために精鋭を集めた部隊だ。アシルを引き抜いたのだから、他の騎士は譲らないといけない」

 フェルナン様はそう言って笑っていた。
 今回一行の護衛についているのは、ジュスタン陛下の指揮下にいる兵達で、彼らはわたし達を送り届けた後、向こうから王都に戻る要人を護衛して帰還する任務を受けている。
 お屋敷の中では若手の料理人と、独身の執事と侍女が数人ついてきた。
 皆、新しい職場では上の役職につけてもらえることになっているから、これまでの見習い期間の成果を発揮したいと意気込んでいる。
 仲良くなれた侍女さん達が数人でも一緒に来てくれて、そこは嬉しかった。
 ネレシア公爵領の要となる元王城には、公爵の補佐役となる文官達が赴任済みで、政務の基盤を整えて待っているそうだ。

 気になるのは公爵領を守る兵のこと。
 ネレシア王家の軍は戦争の終結と共に解散されてしまって、これまではアーテス軍の一部の兵が治安維持のために駐留していた。
 けれど、フェルナン様の公爵就任と同時に駐留していた兵は王都に戻されて、今後はネレシア領内の民の中から志願してきた人達に任せていくと聞いた。
 腕に覚えのある人となれば、かつて従騎士だった人達に決まっている。

 大丈夫なのかな。
 彼らがフェルナン様にどんな感情を持っているのかはわからない。
 もしかしたら亡き王の仇として恨みに思っているかもしれないなんて、悪いことまで考えてしまう。
 記憶をなくす前のわたしがそうだったと思うから。
 わたしが自害を選んだ理由の中に、そのことが含まれているかもしれないと考えることがあった。
 故郷に帰れることを喜んでいるエリーヌ様にはこの不安を打ち明けることができなかった。




 休息を取るために馬車が止まった。
 街道沿いには広場が設けられていて、旅人が利用できる水場があり、夜間には旅人がテントを張って夜を明かしたり、昼間は立ち寄った行商人が店を広げていることもあった。
 これはアーテス国内の街道では普通のことらしい。
 広場と水場の管理はその地を任されている領主が行い、領兵が定期的に見回りをしている。それらの費用は各関所を通る時に払う通行税に含まれているそう。

 広場に天幕が張られて、寛げるように敷物を敷いていく。
 エリーヌ様はフェルナン様と散歩に行かれた。
 ずっと馬車の中で座っていたから、足を動かしておきたいのだとおっしゃっていたけど、寄り添って歩いているお二人はデートを楽しんでいるみたい。
 微笑ましい気持ちで見ていたけど、天幕の下で一人で座っていると、また鬱々と考え込んでしまう。
 隣に誰かが座ったので視線を向けると、果物を手にしたアシルだった。

「元気がなさそうだが馬車に酔ったか? そこの露天で美味そうなもん売ってたから買ってきたんだ、食うか?」

 アシルが差し出してきたのは、小さなリンゴだった。
 生育不良ではなく、そういう品種。
 とても甘くて子供に人気がある、ネレシアで採れる特別なリンゴだ。

「ネレシアから仕入れて来たんだと。新公爵の就任祝いで安く売ってくれた」

 アシルは皮ごと齧りついた。
 お礼を言って、わたしも食べ始める。

「馬車酔いじゃないなら、何か心配ごとか? 道中何があるかわかんねえけど、盗賊の類いなら負けねえし、猛獣なら追い払う用意はしてある。後は、向こうに着いてからのことか?」
「うん……」

 アシルにも言えない。
 根拠のない、かもしれない不安なんて、口にしてはいけない。

「ちょっと色々考えちゃって。両親もお兄様もいないから、わたしの家はないと思うし、クロードだって、わたしに会いたいとは思ってないかもしれない」

 クロードに会うことへの不安の一つは、言えない不安にも繋がっている。
 もしもクロードがフェルナン様やアシルを恨んでいて、わたしも彼らに寝返った裏切り者だと非難されたら、どうしたらいいんだろう。
 その気持ちを宥める言葉を、今のわたしは持っていない。
 何も知らないわたしは、何を言う資格もない。
 落ち込んで暗くなっているわたしを気遣って、アシルは頭を撫でてくれた。

「会ってみなけりゃわかんねえだろ。それと家は造れば良い、お前が選んだ場所に、好きな家を建ててやる」
「家を建てるのって大変なんだよ、簡単に言っていいの?」
「オレはフェルナン様の側近だ、戦の功績で得た爵位もあるし、これでも高給取りなんだぜ。屋敷の一つや二つ余裕で買える」

 爵位持ちの近衛騎士の給金はかなりあるみたい。
 今後は近衛騎士ではなく、公爵の側近に相応しい爵位と役職を新しく賜るそうで、前よりも収入は増える予定なんだって。
 それよりも、気になることがある。

「わたしの家をアシルが建てるの? それってプロポーズ?」

 お返事した方がいいのかなって思ったから聞くと、アシルはハッとした顔になった。

「家は建てるが、結婚は別だ。プレゼントだと思ってもらっとけ」
「じゃあ、いらない。わたしの仕事はエリーヌ様のお世話だから、お城に住むもの」

 一人で住む家なんて必要ない。
 アシルはわたしの機嫌が悪くなったことに気づいて、ちょっと慌てている。

 わたしが言って欲しい言葉を知っているくせに、アシルは全然口にしてくれない。
 愛している。
 オレはお前のものだ。
 そんな言い方をするくせに、自分からは手を伸ばそうとしない。
 わたしだけが好きみたいで不安になってしまう。
 きっと、わたしが結婚してって言ったらするんだろう。
 だから、わたしからは絶対言わない。

 わたしが自害しようとしたのは、アシルが浮気ばっかりしていたからだって、お節介にも言ってくる女性達がいた。
 浮気のことは本当なんだと思う。
 吹き込まれた話が本当なのか、エリーヌ様に尋ねた時、とても困った顔をしてたから。
 でも、それだけではない気がする。
 浮気されたなら別れればいいだけ、エリーヌ様を置いて死ぬ必要なんてどこにもない。
 アシルはわたしに何をしたんだろう。
 わたしは何に絶望して死を選んだの?

 わたしに贖罪をするために尽くしてくれているのかな。
 愛しているって言葉を素直に受け取れない。
 アシルの優しさが罪悪感からくるものだったとしたら、わたしはちっとも嬉しくなかった。

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