憎しみの檻
続編 レリア編 12
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後日、フェルナン様の暗殺計画を企んだとして、メルセンヌ侯爵が捕縛され、関わった一族と配下の者達全てが一斉に捕らえられた。
侯爵はフェルナン様が亡くなった後、自分が後釜に座って、息子と一緒にこちらに来て、好き勝手に支配するつもりだったらしい。
わたし達をいやらしい目で見ていた理由が分かって嫌悪感を募らせた。
王妃様が二度と会うことはないと言っておられたから、安心してもいいんだろう。
そもそもどうして自分が公爵に叙爵されると思ったのかも謎で、計画が杜撰すぎたのは言うに及ばずだけど、彼らの最大の誤算は、ネレシアの従騎士達がフェルナン様に恨みを持っているはずだという思い込みだった。
ジュスタン様はそれらの動きを事前に察知していて、密かに従騎士達に連絡を取り、陰謀に加担するフリをして、証拠を確保して欲しいとお願いしていた。
この十年で、ジュスタン様と従騎士達の間には信頼関係ができていた。
ただ彼らはその関係を公にはしていなかった。
なぜなら、ネレシアにも復権を狙う元貴族達がいたからだ。
彼らは王に忠誠を誓った騎士家とは違い、政務に携わり、経済活動に関わっていた文官達だった。
アーテスに併合されたことでネレシアの身分制度は白紙に戻り、それまで得ていた利権を奪われ、能力のないものは下級役人にまで地位を落とされてしまい、それゆえに犯罪に手を染めたり、陰謀に加担しようとするまでに堕ちていった。
アーテスの貴族達にもネレシアの領土は魅力的だったらしく、何とか自分のものにしようと手駒を送り込み、ネレシアの元貴族達を取り込んで暗躍していた。
クロード達はジュスタン様の指示を受けて、ずっとそれらの影を追い、領土を守る兵として戦ってきた。
いずれ来る、新たな主を迎えるために。
フェルナン様はネレシアで新たな騎士団を結成すると宣言された。
もちろん最初に騎士に任じられる人達は決まっている。
従騎士の称号を失って一兵士となっても、腐ることなく自己研鑽を続けてきた彼らは、騎士の称号に相応しい精強さを身につけていた。
この地は少しずつ変わっていく。
その中で受け継がれていくものもある。
それが強さ。
体と心を鍛え上げ、剣を交える喜びに沸く騎士達の声は永遠に消えることはない。
平穏な日常が戻ってきた頃合いに、わたしはアナベルに会いに行った。
そろそろあちらも落ち着いたはずだと思っていたのだけど、そう簡単には解けないほど、二人の仲はこじれていたらしい。
記憶が戻ったことを打ち明けて、さて話をと思えば、アナベルが怒りの声を上げたのだ。
「本当に今更よ、信じられるわけないじゃない!」
アナベルは怒っていた。
クロードに告白をされて、プロポーズをされたけど、はねつけてしまったそうだ。
「どうせあなたにフラれたから、適当な所で手を打とうと思ったんでしょう、馬鹿にするにもほどがあるわ!」
どうしよう。
これでやっと仲良くなれると思って会いに来たのに、とてもそんなこと言い出せない雰囲気。
わたしが怒られているわけではないけど、小さくなって彼女の怒りを浴びていた。
「ごめんなさい、これは八つ当たりよ。気にしないでちょうだい」
言いたいだけ吐き出すと、彼女はお茶を飲んで一息ついた。
そこでもう一つあった用件を切り出した。
「あのね、アナベル。あなた、侍女に復帰してみない?」
わたしの提案を聞いて、アナベルは驚いた顔をした。
「私が? 無理でしょう、一度娼婦にまで堕ちた女が城勤めなんて……」
「何言ってんだい、あんたは娼婦の仕事なんて一度もしていないじゃないか」
女将さんが口を挟んだ。
アナベルは娼婦じゃなかった?
どういうことかと尋ねると、女将さんが説明してくれた。
「この子はね、この通りの難しい性格だから客を怒らせかねないってんで店に出せなかったんだよ。でも、貴族のお嬢様だったから教養はあるし、礼儀作法は完璧だ。そこで裏方に置いて、うちの娘達を淑女に仕込んでもらってたのさ。おかげで客の評判がさらに上がって上客が集まってきてくれたってわけだ。数字にも強くて経営の才能もあるし、あたしの跡継ぎにしたい所だったんだが、城勤めなんて立派な仕事と比べたら、そっちの方が箔がついていいだろう」
「何言ってるのよ、クロードはわたしの客だった。お金をもらってやることやってたんだから、立派な娼婦でしょう」
女将さんがうまく言ってくれているのに、融通が利かない所がアナベルだ。
けれど、女将さんは彼女のそういう面がわかっているから、落ち着いて諭しにかかる。
「あれは男が好きな女に貢いでいただけだよ。身請けの話をしたら施しは受けないと断られたと言って、毎回せっせと花代に上乗せしてたんだ。その気がないなら今まで続きやしないよ。お嬢様に対しては、本当に責任感と家族の情しかなかったんじゃないかい? 幸せにやってると知って、ようやく自分のことに目が向けられるようになったんだろうさ。あんたも意地を張っていないで、いい加減素直になりな。諦められないから、身請け金を払い終えても、娼婦のフリして抱かれてたんだろ」
女将さんに指摘されて、アナベルは気まずそうに俯いた。
「女将さん、それはレリアの前で言わなくても」
「クロード様とくっつきゃ、お嬢様は身内になるんだ、知っておいてもらった方が良い」
アナベルがここにいたのは、クロードとの繋がりを失いたくなかったからなんだ。
女将さんは一度はアナベルを店に出そうとしていて、クロードに彼女の最初の客になってくれと頼んだ。
アナベルは頑なに口を閉ざして教えてくれなかったけど、その時に何かあったらしく、クロードはアナベルを気に掛けるようになり、彼女のもとに通い始めた。
それならいつか求婚しに来るのだろうと女将さんは思っていたけど、領兵をまとめる隊長になって地位も生活も安定したのにクロードが動くことはなく、アナベルもわたしのことで誤解をしていたから、娼婦と客というには親密で、それでいて手を取り合うことはない曖昧な関係を長い間続けていた。
女将さんからこれまでの経緯を聞いたわたしは、すかさず主張した。
「わたしとクロードの間には本当に何もなかったの。お互い適齢期になって相手がいなかったら結婚するかもしれないってその程度の認識だったのよ。従騎士だった頃のクロードの関心ごとは、お兄様みたいな強い騎士になることだったから、そもそも恋愛ごとなんて興味を持つどころか面倒だと思っていたはずよ」
いつまでも恋敵のように思われているのは嫌なのよ。
昔も今も、わたしはそんな立ち位置にはいない。
部外者のはずなのに、舞台に引きずり出された役者のような気分だった。
「それほど力いっぱい主張しなくてもわかったわよ。あなたもいらない苦労をしてたのね」
「ええ、わかってくれて嬉しいわ」
ここまで来るのに長かった。
クロードの告白が本気だとはわかったものの、アナベルはすぐには受け入れる気になれないみたい。
怒りは消えたけど、急に手の平を返したような態度を取るのは、彼女の性格では無理そうね。
クロードはまだ諦める気はないと思うし、待たされた分、時間をかけて口説いてもらうといいと思うの。
「まあ、この話はとりあえず置いといて、侍女の仕事をやってみたらどうかね。案外、新しい良い男と出会えるかもしれないよ」
ひっひっひっと女将さんは、悪巧みをしている怪しい人みたいな笑い方をした。
女将さんはクロードに少し怒っているのかもしれない。
わたしも便乗して勧めてみる。
「ネレシアの身分制度は白紙になったんだから、フェルナン様はどんな身の上の人でも能力があれば採用するって言ってらっしゃるわ。マガリ様は教育係になってくれる人を切望されているの。アナベルなら侍女の経験も、淑女教育の実績もあるし、大歓迎されるわ」
「そこまで言われたら引き受けるしかないわね。マガリ様にはお世話になったし、困っていらっしゃるなら、少しでもお力になりたいしね」
「嬉しい、また一緒に働けるのね。今度は仲良くしてちょうだい、わたしずっとあなたと友達になりたかったの」
「そ、そうだったの? いいわよ、もう避ける理由もないからね」
わたしは仲が良く、頼れる仕事仲間を手に入れた。
後日、侍女に復帰したアナベルがお城に勤め始めると、城の独身男性達がそわそわし始めて、クロードが牽制に躍起になることになるのだけど、わたしは手を出さずに高みの見物をさせていただくわ。
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