【言えない真実、聞けない言葉】


聞けない真実、言えない秘密・Side Tからの続きです。


陽が傾きかけた頃、休んでいた堂を出て歩き出したが滝の機嫌はすこぶる悪い。
理由は俺の選んできた服が気に入らなかったのだろう。眉間に深い皺を刻み、目は鋭い光を放ち、唇の形は文字通りへの字に堅く結ばれている。

「何だ、この色は…」
「ちょっと薄いが茜色と言うんじゃないか。ここの所は浅黄色と呼ばれている色だな。」
「そんなことを聞いているのではない。何故こんな色を選んだのかと聞いているのだ。忍がこんな派手な色を着てどうする。」
「ハデかなぁ?お前に似合うと思ったんだが。」
そこまで言うとそっぽを向いて黙り込んでしまった。

やばい、怒っている。

言い訳を考えてみるがいい言葉は浮かんでこなかったので、服についてはそれ以上触れないことにした。

「袴の色はそれで良かったのか?その色は紫紺と…。」
「知っている。これの色は構わん。」
「簪も有るぞ。挿すか?」
「見せてみろ。ほう、朱漆か。貴様にしてはいい趣味だ。」

滝は小首を少し左に傾けて、結い上げた髪に朱漆の簪をスッと挿すと、俺の顔を自分の方にグッと向かせ、鼻がぶつかる程まで顔を寄せてきた。
呼吸が止まる。

「しばらく瞬きをするなよ。」
「何故…」
「鏡がない。貴様の瞳が鏡の代わりだ。」

滝は俺の瞳で簪の具合を確かめるために、右を向いたり左を向いたり。改めて言うのも何だが、やっぱり綺麗な奴だ。
顔が熱くなり鼓動が跳ね上がる。誘われているのだろうか、しかし・・・、動揺するな、俺。
簪に満足したように最後に薄く笑うその眼は「どうだ、美しいだろう。」と、言わんばかりに自信有り気に見える。
只々、無言のまま魅入っている俺の肩を、滝は指でチョイチョイとつつき手を離せと言った。俺は無意識で滝の腰に手を回していた。
まずい、と慌てて両手を挙げ作り笑いをする。
不思議とこの時から滝の機嫌は好転していった。



街はずれの辻で道が二つに分かれた。西へ行けば俺は自分の住む街へ帰る事が出来るが、このまま滝と別れるなど出来る筈がない。友人という形でも縁を繋いでおきたい、なんとしても滝の行く先を知っておく必要がある。

「俺の住んでいる街はここから西だ。滝、とりあえずコレ。お前の金と、荷物な。これからどうするんだ?行く所無いんだろ。住む場所を探すんだったら手伝うぞ。」
「私はしばらく宿を泊まり歩こうと思っているが。」
「そうか。宿場街ならここから東に二里程行けばあるが…。」

困った。宿なんかに泊まり歩かれると後々探し出すのが困難になる。何とか理由付けて一緒に着いて行かなければ。だが、俺が滝に着いていく理由など、「好きだから」と言う事以外何もない。
そこへ滝から思わぬ提案があった。

「三木ヱ門、追っ手の心配がある。もし来るとしたら数で攻めてくるだろうから、しばらくは一緒に行動した方が良いと思う。お前も私の仲間と思われ追われているかも知れん。住処を知られてはまずいだろう。暫くは宿に潜んだほうがいいと思うが、お前の意見は?」

その案にはもちろん賛成、俺は二つ返事で了解した。


宿場街に着いたのは空で橙色と藍色の混ざり合う頃だった。活気のある街は人の出入りも多く、人混みに紛れてしまうには都合がよい。




帳場で滝が宿の女将となにやら話している。
その間、俺は目を配らせ宿の出入り口や天井の高さ、間取りの確認をしていた。職業柄というのもあったがそれだけではない。
つい先程、宿屋の軒をくぐった途端に女中が大きな声で、

「女将さーん、ご夫婦でのお客さんお着きですー。」
と言った。

俺はそれに必要以上に反応して、眼は空を泳ぎ一人で赤面して狼狽えている横で、滝は素知らぬ顔をして部屋を頼んでいた。俺だけが変に意識してしまって、滝と目を合わすことが出来ない。

女中の案内で部屋までの長い廊下を歩いて行く。夫婦と間違われて滝は怒ると思ったが以外にも冷静だ。



「こちらのお部屋になります。もう夕餉の時間ですからすぐにお食事をお持ちします。」

女中の足音が遠のいていくのを確認して滝に尋ねてみる。

「おい、滝…夫婦って…。」
「私を女と見間違えたのだろうがその方が好都合だ。追っ手が掛かっているとしたら男の二人連れを探しているだろう。夫婦という事にしておけば追っ手を欺ける。」

確かにその意見は正しい。
滝は男の服装のままだったのに女と間違われるとは。


しばらくして女中が二人、膳を持って部屋へ入ってきた。夕餉の時刻で忙しいらしく、食事を置き、すぐに部屋を出て行こうとしたのを滝が呼び止める。女中達と一緒に部屋を出てしなやかな動きで障子を閉め、その向こうで何か話している。
部屋の中は小さな灯が一つともされているだけで薄暗く、廊下の方は沈みかけた夕日に照らされて幾分か明るく見え、障子には滝の綺麗な横顔が影になって浮かび上がっていた。その影に見とれたまま溜息を付くとスッと障子が開けられ、はっと我に返る。
そこにはまたもや眉間に皺を寄せている滝が立ってこちらを見ている。

「あほ面…」
「な・・なにぃ?」
「なにを呆けた顔をしているのだ?情けない。」
「疲れたんだよ。」
そう答えたがまたあの眼で見られる。

本当は見蕩れていたのだろう、私に・・・と、人の心を見透かすような滝の眼。
その眼で見られるのは嫌いだが、その表情は好きだ。好きなんだ。

「女中と何を話してたんだ。」
「風呂の場所をな。ここは温泉を持っているらしい。これを食べたら入りに行こう。」
「いや、それはまずいだろう!!」

思わず大きな声が出た。さっきの堂の中で、裸の滝を目の前にして理性を押さえるので必死だった。滝に覆い被さったときにはもう切れると思ったが、舌を噛み何とか持ちこたえた。お陰で舌がひりひりと痛い。

「何がまずいと言うのだ。」
「えっ・・と・・・・・ぁ、お前は女って事になってるんだぞ。一緒の風呂には入れんだろうが。」
「混浴だそうだ。」
「あっ…、そう。」
嬉しいような哀しいような複雑な気分…。


しかし本当にまずい。何しろ俺はここしばらく仕事が忙しくて抜いていない。
そんな所に滝の裸を見たら、どうなるかなんて想像に易い。何とか防護策を考えなければ滝を傷つけてしまうだろう。俺は健康で元気で若いんだ、このままじゃ暴走するぞ。

食事をしていても味なんか解らなかった。
胃の腑に食べ物を流し込み、しばらく腹ごなしをしている所へ女中が膳を下げにやってきた。女中達は膳を下げたらすぐに布団を敷きに来るからその間に風呂へ入れと言う。
滝は手拭いを二本取り、一本を俺に手渡すと「じゃぁ、行きましょうか。」とにっこり微笑み、女の仕草でさらりと立ち上がった。もう何処へでも着いていきたい…。

二人で連れ立って廊下を歩きながら、滝を襲わないための防護策をいろいろと考え、とりあえず抜いておくのが先決だという考えに達した。

「滝、先に行っててよ。俺、厠に寄って行くから。」
「じゃぁ、後でな。」
滝と別れて人気が無い厠に籠もった。


あまり時間をくって怪しまれてもまずい、手早く済ませなければと、気が焦ったがその心配は全く要らなかった。
溜まっていたのもあるが、間近で見た滝の白い身体と、あの舌使いを頭に想い描き自分を扱くと、精はいとも簡単にこぼれ出た。出したときには滝の名前まで呟いてしまった。
情けない話だ。自分の欲望処理のために頭の中で抱いた人は、すぐ近くに居て、無防備に裸で風呂に入っているというのに、何で俺はこんな所で自慰に耽らなければならないのだ。情けなさと苛立たしさがこみ上げてくるが、どうしようもない。

「まったく、だいたい滝も意地が悪いよ。俺を誘ったりしてさ、どーせ俺をからかって楽しんでるんだろうけど、解っていても俺だって期待するぞ。なぁムスコよ、滝が欲しいだろう。俺だって滝が欲しい。でもな、いい加減諦めて、早く収まってくれよ。そんなにいきり立ったってお前の出番はないんだからさぁ。」

後処理をしながらぶつぶつ独り言を言い、まだ収まらない自分のムスコを諫め、溜息を付いて見つめる。

もし、もしもだ。
俺の指を舐めたあの舌の感触…
あのヌメリと暖かな感触が、指ではなくて、俺のものに与えられていたとしたら?
俺のものに触れるのが舌ではなく、滝の身体だったとしたら?
性欲を満たすのに自分の手ではなく、滝の身体を使う事が出来たとしたら、どんなに心地になるのだろうか?
滝の身体の中は暖かいだろうか。こぼれる吐息は熱いだろうか。囁く声は甘いだろうか。

そんな事を思いついてしまったせいで、また収まりが着かなくなってしまった。
仕方がないのでもう一度扱いて吐精した。
その後は死んだ婆ちゃんを思い出しながら経を唱え、ようやくムスコは落ち着いた。



風呂は露天になっていた。豊富な湯が竹筒を伝い止めどなくそそぎ込まれている。垣根が巡らせて有りこちらからは外の様子が伺いにくい。

「遅かったじゃないか。」
「いやぁ、参った。なんだか腹の調子が悪くってなぁ。」
「しばらく私もお前と同じモノを食べているのに、私は何ともないぞ。変だな。」

湯船に浸かった滝は手拭いで顔の汗を拭きながらそう言った。俺を見るその目は心を読む様なあの目だった。
俺が厠で何をしていたか当然気付いているだろう。滝は俺の気持ちを知っているし、人より勘が鋭い。

まともに滝を視界に入れるのは刺激が強すぎるので、背中合わせになろうと言った。追っ手の心配がある今は当然の行動だ。これなら不信がられない。

「滝、背中合わせになった方が…」
「その前に髪を洗いたい。お前、見張っていろ。」

前も隠さずスッと湯船から立ち上がって、滝は櫛で髪を梳き、洗いはじめた。濡れた髪は月の光に照らされてつやつやと輝き出し、白い肌をより一層浮き立たせる。細い肩も、細い腰も、もっと見ていたい。だが下半身が落ち着かないので視線をひっぺがす。
滝は自分の髪を洗い終えると、俺の髪まで洗うと言い出した。

「俺は自分で洗うからいいよっ。」
「貴様は髪の手入れが下手だ。私がやってやる。こら、逃げるなって。」

髪を引っ張られて引き寄せられ、俺は渋々湯船から上がり髪を梳いて貰うことにした。下を向いて目を瞑っていれば何とかしのげるだろう。

「三木ヱ門、お前の髪は水分が足りないようだ。こんなにバサバサじゃないか。ほら、私の髪を触ってみろ。しなやかにまとまっているだろう。」

滝の髪に触れても良いとお許しが出れば、触らずには居れない。
触ってみるとツルツルと気持ちよく滑り、指に絡めても、もつれることなく綺麗に弾けて元に戻る。まるで黒い蜜のようだ。口に含むと甘いのではないか。

「確かに綺麗な髪だ。でもバサバサな髪でも仕事をするに当たって支障はないぞ。」
「お前、仕事は満足に出来てるいのか?」

余計なお世話だ…。



風呂から上がって浴衣に着替え部屋に戻った。
湯上がりの滝の体はホコホコして更にいい匂いがする。頬もうっすらと染まり、濡れた髪を結い上げた様なんぞは、まさしく新婚初夜を迎える恥じらう新妻のようだ。俺の心にはまたしても良からぬ妄想が沸き立つ。
俺の頭の中には志岐の言った言葉とそっぽを向いてうつむいた滝、そればかりが交互に浮かんでは消えている。



次々と起こってくる問題は、何とかしのいできた。
しかし次の問題はあまりにも大きすぎる。
なぜならば布団が一つに枕が二つ…。
嬉しい。正直なところその気持ちは嘘じゃない。
しかし手を出す訳にはいかない立場としては、それは只の生き地獄でしかない。しかも…

「なぜ布団の色が赤なんだ。おまけに水の張ってある手桶と手拭い、それに飲み水の入った水差しと湯飲みが二つ。これじゃまるで…」
「初夜の寝床だな。」

なぜだ?全てが俺の意思の望む方へ、いや意と反する方へ進んでいく。

「何でこんな用意をするんだ、この宿屋は!?」
「ん…あぁ、私のせいかな?」
「なに??」
「女将に、昨夜婚礼をあげたばかりで、田舎の危篤の祖父の所へ挨拶に行く途中だ、と言って於いたのだが。ここまで気を回すとは思わなかったな。」
「余計なことを。何で婚礼を挙げたばかりだなんて言った?」
「そう言っておけば、私達の間がギクシャクしていても怪しまれないだろう。」

確かにその通りだ。
脂汗を額ににじませ、顔を紅潮させて文句を垂れている俺の横で、滝は楽しそうにカラカラと笑っていた。
自分の身に危険が及ぶ可能性があるというのにいい気なもんだ。





実は私が女将に頼んでおいた。

「夫となった方はとても奥手で、初夜もまだ迎えていない。その気にさせるようにお部屋を作ってください。」
と。気風の良さそうな女将は大いに乗り気で、このような床を設けてくれた。
三木の様子を見てみれば、効果はあり過ぎたようだ。
顔を真っ赤にして、呂律もうまく回っていない。これほど動揺を顔に出して、よく忍をやってこられたものだ。
とにかく、勝負はこれからだ。三木は私のことを愛している。
本当は私から一言、愛していると、お前に身も心も捧げたいと、言えばすむことなのだろう。
だが、もし、私の勘違いだったら。三木が私に興味を持っていなかったらどうする。
私を友人として迎えてくれる心積もりしか持っていなかったら、どうなる。
恐ろしい。私にとっては恐怖だ。拒否されたことと誇りが傷ついたことで、生きていることすら出来なくなる。


「ここ二・三日まともに寝ていないから疲れた。もう寝よう。」

私から三木を床へ誘った。
三木のほうは、なにやら落ち着かない様子で荷物を整理したり、茶を飲んだりしていたが、手持ち無沙汰になるとようやく布団の中に入ってきた。

「三木ヱ門、油がもったいないだろう。消せよ。」
「あぁ、灯りね・・・、はいはい・・・。」

三木は空返事をして灯を吹き消し、ゴソゴソと布団へもぐりこんできた。ここで私はひとつの失敗に気がついた。

この布団はやたら広いのだ。相撲取りが二人並んでも、余裕で眠れるような広さだった。
三木は私から遠く離れ、布団の隅で私に背を向け横になった。

ムカツク奴。

そこまでして私を避けるか。しかし私とて本気なのだ。こんなことで引き下がっては居ない。
欲しい者を手に入れるための有効な手段を考える。

「三木ヱ門、そんなに離れていては隙間が空いて寒いじゃないか。もっとこっちへ寄れ。」

三木の気がざわつくのが判る。
三木は何も言わずに私のほうへ寄って横になった。だが、背は向けたまま。

ムカツク奴。

次の手を練る。

「三木ヱ門、私に尻を向けて寝るのか?失礼な奴だな。」

はぁっ、とため息をついて三木は寝返りを打ち、私の方を向いた。しかし瞼は硬く閉じ、顔は布団の中にうずめている。
今のところ素直に言うことを聞いてくれているが、それでもムカツク。私が誘っているのが判らないのか?

本当に私に興味がないのか。

次の手を・・・。
これで何もなければもうお仕舞いだ。お前とはこれで縁切りしてやる。鬱陶しがられるのは嫌いだ。必要とされていないなら消え失せてやる。

「三木ヱ門・・・。風邪をひいたかもしれない。なんだか寒い、温めてくれないか。」

途端に三木は布団を蹴飛ばし跳ね起きた。表情は明らかに怒りを表しており、目は血走っている。
今の言葉は失言だと悔やんだがもう遅い。口から零れた言葉は二度とは返らない。

「あのなぁ!!滝夜叉丸、よぉく聞け。あのなぁ!あのなぁ・・・。」

よく聞けと言っておいて、それ以上三木は言葉を発しない。布団の上にぺたりと座り込んでしまった。
私も三木に向かって座り直し、お互い押し黙ったまま、暗闇の中暫しの時間が過ぎた。


「あ・・・の・・だな、滝夜叉丸。俺はな、お前とは、これから先も、仕事の話とか、世間話とか、なんかこぅ、茶でもすすりながら、笑って、話ができるような、そんな仲を、続けていければいいなぁと、こう、思っている訳だよ。」
三木はやっと話し始めた。言葉を一つ一つ選ぶように、ゆっくりと。

「私とお前が、茶飲み友達だと・・・」
「そうだ。だめ・・・だろうか。」

笑わせるな。

「貴様とたまに会って、仕事の話でもして、夜を徹して語り合うのか。」
「・・・夜はいかん、昼の方が都合いい。そんで情報交換とかサ、お互いの技を高めあうために、だな・・・」

馬鹿馬鹿しい。

「その、茶飲み友達になるのと、今、私が寒いのと、どう繋がりがあるのだ。」
「だから・・・だよ、その、今の関係を、保っていたい・・・と・・・。」
くだらん。

納得のいかない表情の私を見て、三木が仕方ないと言う顔をした。

「むぅ・・・ん、滝夜叉丸、ひとつ約束してくれるか?その約束を守ってくれるなら、その繋がりを話して聞かせる。」
「ああ、どんな約束だ。言ってみろ。」

苛々してきた。

「俺が今から話すことは、聞く端から忘れて、明日の朝にはきれいさっぱり、今夜の話は無かった事にする。約束できるか。」
「ふん?いいだろう。では話せ。」

三木は顔をあげ、死間にでも入るような眼差しで私を見た。



「滝夜叉丸、お前との付き合いは忍術学園に入学して以来、九年経つ訳だが・・・・」
「結論から入れ。その結論に対して、私の望む説明を付属してくれ。」

九年分の話をされたら一晩あっても決着がつきそうにない。手っ取り早く結論を言って欲しい。

「滝夜叉丸。俺は、だな・・・、その、お前が、お前の事が、―――――― つまりだな・・・その・・なのだよ・・・。」
「!。」

三木が何か言った。確かに言った。だがはっきり聞き取れなかった。

「聞こえなかった。もう一度言え。」
顔を真っ赤にしながら、大きく息を吸って、三木はもう一度言葉を発する。

「だから!俺は、お前が、好きだと、言ってるんだ!これで納得したろぅ!!」

私は心の中で「ヨシ!」と拳を握った。正直言って小躍りしたいほどうれしい。しかしまだ知らぬ振りをしてやろう。今まで私を待たせた罪は、お前の想いよりも重いのだ。
それにしても、そんなに大きな声で愛を告白する奴があるものか。馬鹿者め。

「私もお前のことは嫌いではないぞ。まぁ、どちらかと言えば、好きなほうだろう。」
とぼけながらさりげなく私も想いを伝えてみた。さぁ、どう反応するか。

「お前の好きは、俺のとはちがうだろう・・・。俺はなぁ、その・・・お前に対して・・だな、こぉ・・・邪な想いを持ったりしている訳だ。」
勝利の確信。もう一息だ。

「どんな邪だ?たとえば、私を殺めたいとか、そんなのか?」
「違う、そんなんじゃない。もっと厄介だ。つまり、お前に対して、俺は、欲情する・・・。はっきり言えば・・・ぁ・・・抱きたいと、そぅ・・・思っている。」

落ちた。
三木は私の手の中に落ちた。もう少し、もっと深いところまで落ち込ませたら、もうお前を放さない。
もう少し。今はまだ堪える。

「私を、抱きたい・・・と。」
「そ・・ぉだ。判っただろう。あんまり近くに寄るとだな、俺の抑えが利かんようになる恐れが充〜分に有る。そのような訳だから、寒いから温めて欲しい等とは以ての外であり、今後二人の円滑なる関係を持続させるためには、この話は約束どおり、キレイに記憶から消去するのが望ましいと・・・。」
「忘れろ・・・と。私のことを好きだと言った貴様を、忘れろだと。」
「忘れる約束だろう。今更、顔も見たくないとか言うなよ。俺は意を決して告白したんだからな。お前は俺より優秀だから、気を付けさえすれば、俺に押し倒されるなんてことはないだろう・・・。いや、悪いと思うよ。俺ばっかり勝手に想いを告げたりして。でも、理由を述べろといったのはお前だからな。そんな顔するなよ。謝る、謝るから、な?スマン!!・・・・・・おい、滝夜叉丸?」

言い訳を並べ立てる三木の言葉を聞いていると涙が出てきた。
この愚か者と知り合って九年、想いを寄せ、想われて六年、この男はやっと私を好きだと口に出したのだ。
幾度となく見せた私の思わせ振りな態度を、指をくわえていただけの小心者の虚け者が。やっと・・・。

「参ったな、泣かれるとは思わなかった・・・。じゃ、こうしよう、俺はすぐにここを出て行く。それでお前の気も済むだろう。その代わりどこか落ち着く場所を見つけたら、せめて元気だって文くらい寄越してくれよ。俺、ここから東に二里行った街の月乃屋って置屋に世話になってんだ。そこに文を届けてくれよ。な。」

途切れることなくしゃべり続けるのは、自分の心を隠そうとしているためだろう。
三木は笑顔で振舞いながら、モソモソとした動作で、荷物をまとめ出した。
だんだんとその表情が暗くなって、とうとう言葉を続けなくなった三木の背中に、私は話かけた。

「三木ヱ門。貴様、私に好きだとか言っておきながら私を置いて一人で行ってしまうつもりか?貴様の想いとはそんなものだったのか。残念だ。私は違うぞ。私は貴様を何処まででも追いかけていく。たとえ目障りだと疎まれても、やっとこの手に落ちた貴様を手放したりするものか。」
三木の手がぴたりと止まる。

「ソレハ、ドウイウ意味カナ・・・。」
「貴様を愛しているという意味だ。」

上ずった声と立て付けの悪い襖の様な動きで、三木が私を振り返った。







【言えない真実、聞けない言葉】へ続く

 
2001/05



おかしいな??この章でえっちして目出度し目出度しで終わるはずだったのに、なんで終わってないんだろう。
後日談はいっぱい出来てるのになぁ。

my設定三木ヱ門は奥手な根性無しでいけません。滝夜叉丸は自分から好きって言えない根性無しです。

回を重ねるごとに段々と開き直っていく私は根性座ってきました。




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