会いたい人はいますか?
なんとも陳腐で使い古された言葉が、目の前にひらひら揺れていた。
シティにきてから初めて知ったこの行事、サテライトで流行らなかったのは多分、材料が揃いにくいからだと思う。
さらさらと本当に音がする気がしないでもない、風に揺れる笹。こんなものはどう頑張ったところで、サテライトで手に入れるのは無理だ。
はしゃぐ子供達とはぐれないよう無意識に目で追いながらも、クロウはちらちらと短冊に目を向けていた。
そう、もうひとつ理由をつけるとするならば。サテライトには、胸を張って夢を語る者は本当に少なかったから。無意味だと、そう判断されたのだろう。
サテライト出身のクロウはだから、この行事が不思議でならない。
こんな紙切れ一枚に願いを込めて、誰でもその気になれば読めるような場所に掲げ、何が楽しいというのだろう。大切な願いならば、ひけらかす必要はない。寧ろ表に出してしまった方が、願い自体色あせてしまうのではないだろうか?
そんな事を考えてしまうのは、夢がないことなのだろうか。
こてんと首を傾げたクロウは、そこで先の問いが書かれた短冊に目を留めた。
会いたい人はいますか?
何度読んだ所で、ありきたりな言葉にしか写らない。いたらなんだというのだろう、そもそも短冊は願いを書く為のもので、問いを投げかけるものではないのでは?
あまりにも陳腐で、あまりにもありきたりで、あまりにも場違い。
逆に呆れて目を引く。その思惑で短冊を吊るしたのだとしたら、最低でもクロウはそれに引かれた事になる。
「会いたい…つったら、会わせてくれんのかよ」
真っ白な短冊に書かれた、少し角ばった文字。指で弾いて、苦笑を漏らした。
今すぐに、なんて絶対無理な相手かもしれない。もう絶対に会えない相手かも。短冊は問うだけで、出てきた答えは受け止めてはくれない。
「出来もしねぇで、ちょっと無責任だろ」
もう一度、今度は少し強めに短冊を指で弾いて。それでもクロウは苦笑を止めない、小さな声であってもそんな事を呟いてしまった、自分に呆れたから。
この無意味な短冊につい望みを呟いてしまいたいほど、会いたい人がいる。それを、自覚していたから。
「おいお前ら、あんま騒ぐんじゃねぇぞ!」
自覚している事実を気付きたくなくて。だからクロウは短冊から目を逸らし、子供達の様子を見るという名目で後ろを振り返った。途端、喉をひくりと鳴らす。
子供達がいない。先程まで確かに視界の端に留めていた子供達が。どころか、誰もいない。
大きな広場。噴水すらない丸い広場の端に、クロウはいる。地面はあらゆる種類の茶色でモザイク模様。広場を囲う建物はみな、ぴたりと鎧戸を閉めていた。
何だか見覚えのあるようなないような広場。何をしに来たのだろう?
「…あ、れ?」
子供達と、来ただろうか?
クロウは軽いパニックに陥りかけた頭を大きく振り、まず落ち着いて朝からの行動を順に思い出そうと少し考えて。
また首を傾げた。
多分、起きた。多分朝御飯を食べて、多分遊星達と少し話して、多分仕事が休みだから子供達をマーサハウスまで迎えにいって、多分買物に出た、のだろうか?
全てに多分がつくのは、身体には本日それだけの行動をした記憶が全くない。脳の記憶は、過去の行動を結び付けての予測的憶測だ、ただの。
そもそもおかしいではないか、朝目を覚ました記憶も曖昧、だなんて。
…あ、これ夢か
次にクロウの脳が弾き出した予測的憶測は、彼にとって大変満足出来るものだった。子供達と一緒に出かけたというのに、突然同伴者がいなくなるのは夢ではよくあること。見覚えのあるようなないような広場も、太陽が真上にあるというのに誰もいないという説明にもなる。
もし、夢だとしたら…
先程は苦笑では終わった事。もし夢ならば、可能なのだろうか?
会いたい人はいますか?
…いる。夢でも良いからと、望む相手が。
振り向けば、笹だけは場違いにさらさらと、涼しげな音を立てていて。けれどクロウが背を向けている間に、短冊に書かれていた言葉は別のものにすり替わっていたようだ。
たとえば
「たとえば、だぁ?」
白い短冊に書かれた、少し角ばった文字。予想外の言葉にクロウは面食らい、短冊をひっくり返してみる。けれど裏面には何もなく、元に戻しても相変わらず『たとえば』。
たとえば…本来ならば、その後に何か文章が続くはずの言葉。暫く短冊を眺めていたクロウは、ふと他の枝に目を向けた。
さらさらと風もないのに揺れる笹、先程まで沢山吊るされていたはずの短冊達はいつの間にか消え、緑の葉に見え隠れする白い短冊が数枚だけ。
たとえば…続く言葉には、選択権があるということか。
高い枝に揺れるもの、殆んど葉に隠れてうっかりすれば見逃してしまうもの、さして隠れる風もなくゆうゆうとクロウの目の高さでゆれるもの。ひとつひとつに書かれた文字を、クロウはゆっくりと確認していった。そして、全てを読み終わった後、もう一度最初の短冊の前に戻り、一度ほっと息を吐き。
「俺は…」
なんと言ったのだろう?
クロウは何かを呟いて、その瞬間にかき消えた身体。笹は相変わらずさらさらと、数枚の短冊を揺らすだけ。まるで何事もなかったかのように。
たとえば、ただ只管に憧れていた遠い日
たとえば、音にならない悲鳴を上げた日
たとえば、安泰と安堵を与えてくれた今
たとえば、何もかもを捨て全く別の世界
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