心のままに30のお題
配布元はこちら 例によって日記から再録。
春っぽいもの
しゃぼん玉(2004/03/27)/葉っぱ(2004/05/18)
桜貝(2004/06/07)
夏っぽいもの
ビードロ(2003/08/25)
秋っぽいもの
カルピス(2003/09/22)/Oh,HappyDay(2003/11/13)
冬っぽいもの
青い鳥(2004/01/07)/春待ち(2004/03/18)
未分類
涙雨(2003/10/13)
未消化
ビー玉/虹/旅芸人/風船/バラ色の頬
相合傘/散る星/夕暮れ/折り紙
花冠/幸せ/月灯ランタン/水玉模様
Hello,my
dear!/ひとひらの雪/小春日和
みつば/ドロップ/すみれ/片思い/色々
カルピス
久しぶりに会った彼は、いつになく穏やかな表情をしていた。
だが、その口をついて出たのは辛辣な言葉だった。
「お前わがままだなー」
「そんなことないよ、どこがわがまま?」
「自分が忙しいときはろくに連絡もとらないくせに、暇になったら『かまってほしい』」
彼が口調を真似ると彼女は口を突き出した。
「だってあたしいっぱいいっぱいなんだもん」
「じゃあお前の彼氏も今いっぱいいっぱいなんじゃねーの」
彼女はカルピスサワーを含む。グラスが露で滑った。
「あたしと違ってあの人はできる人なんだから」
「……何年付き合ってるって?」
「二年と二ヵ月」
「それでんなこと言ってんのかよ」
「どーいう意味?」
彼はグラスに半分残ったカルピスサワーを飲み干すと失笑した。
「近々フラれるだろうな」
「縁起でもないこと言うな!」
「ならもっと優しくしてやんな。今のままじゃお前の彼氏、疲れるだけで、お前と話したくなくなるんじゃね」
わあっと店中が沸いた。二人が振り返ると、プロ野球のテレビ中継が終わるところだった。マジック四が点灯しました、アナウンサーも興奮を抑えきれない様子だ。
「あー、あの人この球団好きなんだよね。観にいきたいかなぁ」
「いつも観にいってんのか?」
「休みの日のデーゲームを時々ね。友達と行ってるみたい」
「お前とは行かねえの」
「一度誘ってくれたんだけど、友達と先約があって行けないって言ったら、それっきり」
彼女は小さくため息をついた。
「一緒に行きたいって今更かなぁ」
「言ってみれば。悪い気はしないだろ」
「そうかな、うん、そうだよね」
彼女は茄子の漬物に辛子を伸ばした。
「あんた、ちょっと変わったかも」
「そうか?」
「うん。なんかあった?」
「特になんもないけど」
「うそー」
彼が肩をすくめ、運ばれてきたライムサワーを呷る。彼女はテーブルを叩いた。
「分かった。女ができたな!」
「ん、言ってなかったか?」
「とぼけるな! 聞いてないよ。写真ないの?」
「ない」
彼女は彼の携帯電話を取り上げるとアルバムを開いた。
「お前なぁ」
「うっわ、カワイイ! ちょっと美女と野獣じゃないのっ」
彼は黙々と焼そばを口に運んでいる。
「いくつ? どこで知り合ったの? どれくらい続いてる?」
「同僚で四ヵ月」
「どんな娘?」
「とにかく性格がいい。お前と正反対な」
彼女は彼の背中を力一杯叩いた。
背中を押え呻く彼の電話が鳴る。ディスプレイを覗き、彼女はにやりと笑った。
「サキちゃんっていうんだ、その娘。今度紹介してよ」
「やだよ。汚染されたら困る」
彼女の拳を避けて彼は立ち上がった。
「もう行かないと」
「行け行け、思う存分いちゃついてきなよ。あたしはもうちょっと呑んでくから」
「悪いな。じゃ、また」
いそいそと立ち去る彼の背中に舌を出し、彼女はもう一杯カルピスサワーを頼んだ。つまみはまだ沢山ある。
ジョッキを運んできた青年の姿をぼんやり目で追った。
電話が震えた。彼女は表示された名前を確かめて、急いで通話ボタンを押した。
葉っぱ
「四つ葉のクローバーがほしい」
定まらない瞳でマキコが呟いた。
「クローバー?」
「そう」
「誕生日だろ、そんなんでいいの?」
「四つ葉じゃないとイヤだからね」
マキコがどうしてそんなことを言い出したのかさっぱり分からなかった。ただ、逆らうつもりもなかった。マキコは言い出したらきかないところがある。しかも僕には理解できないこだわり方をする。
とりあえずわけをきいてみた。
「ホントに聴きたいの?」
「聴かせられないような理由でもあるの?」
「不幸になるよ」
「不幸って……」
「冗談だと思ってるね」
憂欝そうにマキコは空を仰いだ。
「まあいいけど。あとで泣くのはわたしじゃないし」
「おとなげない」
「わたしは永遠に十代だから」
きかなかったことにした。ちなみに、僕の記憶違いでなければマキコは今度の誕生日で二十六になる。
「あ、わかった」
「多分違うと思うよ」
「いや、当たりだって。リッキーに食わせるんだろ」
リッキーというのはマキコのうちの黒ウサギだ。マキコには物凄く懐いているが、僕は出くわすたびに足を齧られる。嫌われるようなことをした覚えがないのに。理不尽さは飼い主にそっくりだ。
「賭けておけばよかった」
マキコは鼻で笑った。
「はずれ」
「じゃあホントになんのため?」
「くれたら教えるかもしれない」
「かもって」
幸い、ゴールデンウイーク中日、マキコと出かける約束をしていた日曜は天気に恵まれた。本来は隣県のテーマパークに行くつもりだった。
それなのに、僕は川原のくさむらにはいつくばっている。汗が目にしみる。どうして流されてしまったのだろう。
仰向けになるとくっきり浮かんだ雲がまぶしい。
「見つかった?」
僕は目を閉じた。
「少し休憩させて。腹減ったしさ」
「じゃあお昼にする?」
僕が跳ね起きるとマキコは、なんだ元気じゃないと肩をすくめた。
「近くにコンビニあったよなあ」
「お弁当作ってみたんだよね」
僕は歓声をあげてしまった。マキコは常日頃から料理をしないと公言している。どういう風の吹き回しだろう。だんだん不安になってきた。
「もちろんおにぎりの具は鮭です」
「そりゃいいや」
げんきんなもので、すぐに不安は解消した。おにぎりなら失敗しようがない。いざとなればおにぎりだけ食べればいい。
しかし、僕の予想を裏切り弁当は美味しかった。
「これだけできるなら、もっと力を入れればいいのに」
「姉がつくったのよ」
「そうなの!?」
「どうかしらね」
どちらにもとれる笑顔だった。いやいや照れ隠しだ。きっとそうだ、信じよう。
にんにくの芽のベーコン巻を頬張りつつ、僕は何気なくきいてみた。
「四つ葉、見つからなかったらどうする?」
とたんにマキコの手が止まった。
「ないの?」
「たとえばの話だって。見つかるから大丈夫」
マキコの変化に驚いて咄嗟にフォローしてしまった。無責任なことを言ってしまった、ちらっと後悔する。
「見つからなかったらどうする?」
冷静に尋ね返されてしまった。
「そんなのありえないから考えない」
マキコの表情が和らいだ。
「ときどき格好いいよね」
「いつもだよ」
「……まあそういうことにしておきましょうか」
マキコが目を閉じた。
「風が気持ちいい」
横顔が僕の中に鮮やかに焼きついた。
なんとしても四つ葉を見つけよう。
僕の決意と裏腹に一向に四つ葉の見つかる気配はなかった。しまいにはマキコも一緒になって探しはじめた。藍色のひらひらしたミニワンピースみたいな服に泥がついても気にならないみたいだ。ジーンズの膝も真っ黒。服だけではなく、顔まで汚しているマキコを見ているとなんとも言い難い気持ちになった。
なにがあるのだろう。
日が傾いてもマキコは川原を離れようとしない。
「また明日、他のありそうなとこに出直そうか?」
マキコは首を振った。明るい色の目から涙がこぼれ落ちた。
「明日は友達と約束があるって言ってたじゃない」
「延期してもらうから」
「そんなの悪いじゃない。もう、いいよ」
「じゃあもうちょっと探してみるかな。飲み物買ってきてくれない?」
立ち尽くしているマキコの横をすり抜け、僕は岸に下りた。川の水で手をすすぐと鞄の中をかき回す。ハンカチなんて持ち合わせていなかった。なんとかポケットティッシュを見つけると一枚とりだしてマキコの顔を軽く拭った。
「缶コーヒーかなんか。休憩中がいいな」
「……分かった」
ようやくマキコが動いた。
マキコがいなくなった途端、遠巻きにこちらを窺っていた子供が近寄ってきた。
「おにいちゃん、おねえちゃん泣かせちゃダメじゃない」
「そうだよなあ。でも僕にもどうして泣いたのか分からないんだ」
苦笑いすると子供が目を丸くした。
「おにいちゃんたち、ずっとここにいるね」
「ああ。探し物をしてるんだよ」
「なにを探してるの?」
「四つ葉のクローバー。どのへんに生えてるか知らない?」
「知ってるよ」
あっさりと子供が言った。
「本当に!? どこ?」
「あっち」
子供は川の上流側に架かった鉄橋を指差した。
「グラウンドのベンチの下にいっぱいあるよ」
「ありがとう!」
僕は子供の頭をくしゃっと撫でつけ、逸る気持ちを抑えきれず駆け出した。
「おねえちゃん待たなくていいの?」
「そうだった」
戻ってきたマキコは僕の報告を耳にしても悲しげな表情を崩さなかった。
「あるのかな」
「いいから行ってみよう」
マキコの手をひいて僕は歩き出した。夕陽が川面を輝かせている。マキコが僕の手を強く握った。
「職場、異動になったの」
「え。どこに?」
思わず立ち止まって振り返る。
マキコが告げたのは新幹線で半日かかる都市の名だった。
「黙っててごめんなさい」
「いや……そうだったのか」
「同僚も何人か一緒だし、仕事はなんとかなるって思ったの。でもね、不安だった。離れてやっていけるのかどうか不安だったんだ」
目が赤い。しおらしく打ち明けられて僕は大人しく聞き続けるしかなかった。
「四つ葉のクローバー、本物みたことないの。だけど、だから、四つ葉があったらうまくいくような気がしてね」
マキコの手が小さく震えている。
「子供みたいだよね。でも、もういいの」
僕は早足になった。
「よくないよ。そんな理由があるんだったら絶対見つけないと」
「ありがとう」
マキコが僕の腕を抱え込んだ。
ようやくグラウンドが遠くに見えてきた。