心のままに30のお題


配布元はこちら 例によって日記から再録。



春っぽいもの
しゃぼん玉(2004/03/27)/葉っぱ(2004/05/18)
桜貝(2004/06/07)

夏っぽいもの
ビードロ(2003/08/25)

秋っぽいもの
カルピス(2003/09/22)/Oh,HappyDay(2003/11/13)

冬っぽいもの
青い鳥(2004/01/07)/春待ち(2004/03/18)

未分類
涙雨(2003/10/13)

未消化
ビー玉/虹/旅芸人/風船/バラ色の頬
相合傘/散る星/夕暮れ/折り紙
花冠/幸せ/月灯ランタン/水玉模様
Hello,my dear!/ひとひらの雪/小春日和
みつば/ドロップ/すみれ/片思い/色々


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涙雨
 針のような雨が降り注いでいた。音もなく続く雨は上村の体を重く冷やしていった。
 薄闇の中で仲睦まじく寄り添う男女の姿は一瞬で網膜に焼きついてしまった。当分、忘れられないだろう。上村は歯を食いしばった。マネージャーとキャプテンという取り合わせは現実世界にも虚構にも掃いて捨てるほどにありふれている。だが、そのありふれたカップルのせいで自分の恋が入学後二ヵ月半で破れるとは思ってもみなかった。
 独りよがりだったのか。同じクラス、同じ部に所属する彼女が明らかに他の部員と上村とを差別して、好意を表してくれていた。そう思っていたのは自分だけだったのか。脳裏で彼女の笑顔が明滅する。
 上村は水溜りを避け、呆然と足を動かし続けた。薄いカッターシャツが濡れそぼり、肌に張り付く。傘はない。天気予報にはなかった突然の通り雨、友人たちはとうに帰路につき、コンビニエンスストアは駅までの道すがら、かろうじて一軒きり。時間が遅いために傘は売切れてしまったことだろう。
 濡れて帰るなんて心身ともによろしくないが、やむを得まい。仰いだ空から絶え間なく落ちてくる雨粒が目を刺し、視界を揺らし、頬の火照りを奪って流れ落ちた。校門をくぐるときだけは流石に顔を伏せた。バスの停留所を過ぎ、肩で風を切って駅までの道を急いだ。
「あのー」
 アスファルトの段差に足をとられかけた。自覚した以上に動揺しているようだ。上村は口を歪めた。とにかく落ち着かなくては。
「あのっ!」
 それにしても、あの二人の関係を皆は知っていたのだろうか。少しは噂が立ちそうなものだが。自分の耳にあの二人の噂が入ってこなかったということは、無意識のうちに噂を拒んでいたのか。
 考え込む上村に影が落ちた。雨が遮られる。訝しく思った彼が足を止めて顔を上げれば空色の傘が彼の頭を守っていた。傘のふちに描かれた白い小花のラインを目で辿り、半周したところで視線を下ろすと、傘の持ち主と目が合った。
 彼女は軽く目を瞠った。
「これ、よかったら使ってください」
 不躾に傘の持ち手を差し出され、上村は困惑した。
「あたし、もう一本持ってますから」
 彼女はトートバックを開いた。中からチェックの折りたたみ傘が現れる。片手だけで器用に傘を開き、ね、と首を傾げて彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべた。勢いに押されて上村がつい傘を受け取ってしまうと、彼女は素早く踵を返して元来た道を引き返してゆく。そのまま停留所の屋根の下に滑り込み、傘を畳んで振り返った。
 上村は我に返り、気まずい思いで会釈した。礼を言いそびれてしまった。彼女がひらひらと手を振った。白くけぶる道路の上をバスがやって来る。
 上村も再び駅を目指して歩き出した。傘の持ち手から下がった名札が小さく揺れた。



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青い鳥
 窓を開けると夜風が吹き込んできてレースのカーテンがはためいた。
 大きく伸びをしてテキストを閉じる。ちょっと休憩したくてベッドに座った。固まった背中と腕をほぐしながら、ぼんやりと電球を眺めた。予備校って不思議なところだな、色んな人がいるように思えるけど、みんな結局は希望の学校に入ることが目的なんだ。当たり前なんだけど、何だかしっくりこない。
 救急車のサイレンが聞こえてきて、すぐに遠ざかっていった。わたしは枕に顎を乗せて雑誌を引き寄せた。
「バカ!」
 女の人の鋭い声だった。
 わたしは思わず跳ね起きた。バタン、とドアが破れそうな音がして、また静かになる。
 雑誌をめくった。好きな若手俳優のインタビュー記事のページなのに文章が頭に入ってこない。この記事のために買ったのに。
 恐る恐るベランダに出た。私道を挟んだ向かいに三階建てのマンションがある。手前に螺旋階段があって、上がりきった一番上の段に誰かが座り込んでいた。
 目が合った。笑いかけられた。手も振っている。変なひと。
 わたしはすぐに部屋に戻った。
「ん、逃げることないだろ。別にとって食いやしないよ」
 よく通る男の声だった。まさか、わたしが話しかけられているの、見ず知らずのひとに。
 休憩はもう終わりにしよう。
「おーい、ねえ、無視すんなよー」
 顔がほてってくる。下敷きで煽いでシャーペンを手に取った。
「あやしくないよ、ちょっと話そうよ。っていうか、事情を知りたくない?」
 ちょっと心が動いた。でもねえ。誘惑を振り切って物理の参考書を開いた。
 しばらく呼び声が続いていたけれど。わたしが興味を示さないから諦めたに違いない、やがて声が途絶えた。

 苦手な公式を使った問題が一発で解けるようになって胸のすく思いがした。一息つきたくなって階下にいき、麦茶を飲んで部屋へ戻った。窓際の時計を見る。そういえば、さっきのひとはいいかげん帰ったかな。足音を忍ばせてベランダに出た。
 彼はまだ同じところに座り込んでいた。闇に紛れそうな濃い青いブランケットに包まって膝を抱えている。
 呆然と立ち尽くしていると彼は片手を上げた。
「や、戻ってきてくれたんだ?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「すげーいい娘だね、うん。頭良さそうな顔してるし」
「頭の良し悪しって顔で判断するものじゃないと思います」
「ふむ。ボケというよりツッコミタイプ」
 このままだとこのひとのペースで乗り切られてしまう。ずばっと切り出すことにした。
「なんでそんなとこにいるんですか?」
「おお直球」
「話す気ないんじゃないですか」
 思わず冷たい目でみてしまった。
「いやね、話す気ないんじゃなくて、君の反応が面白かっただけ」
「もういいです」
「おっとー! あのな、彼女に追い出されちゃったんだ。そこが彼女の部屋なんだけどね」
 彼はこちらを向いたまま背後をぞんざいに指した。
「うっかり怒らせちゃってさ」
「なにしたんですか?」
「うん、いや、昼間すごい可愛い娘を見かけてね。声かけてるのをみつかっちゃったんだな、これが」
「自業自得じゃないですか」
「やっぱそう思う?」
 馬鹿馬鹿しい。
「どう考えても貴方が悪いです。素直に謝ったらどうですか?」
「うーん。謝ったんだけど許してもらえなくて」
「へこんでる場合ですか。このままだと凍死しますよ」
「まずいな」
 彼は立ち上がるとひらひら手を振った。
「アドバイスありがとう。なんとかするよ」
「早く入れてもらえるといいですね」
 彼が眩しそうに目を細めて頷いた。わたしは屋内へ戻った。

 それから二週間、毎晩ベランダに出るのが習慣になってしまった。咳払いをしたり、伸びをしたり、どうしようもなく不自然だろうけど、精一杯さり気なくみえるようにして隣のアパートの様子を窺った。だけど、一度たりともあのひととは出くわさなかった。
 いいかげん気にかけるのもやめよう、でも最後に一度だけ、とベランダに立った夜。あのひとはスポーツバッグ片手に姿を現した。こういうとき、つくづく世の中ってうまく出来てると思う。
「や。出てくことになったよ」
 彼は肩をすくめた。
「仲直りできなかったんですか?」
「なんとかなりかけたんだけど、結局ね」
「理由、訊いてもいいですか」
「怒んない?」
「そんなの聴いてみないと分かりません」
「それもそうか」
 彼は後ろ頭をかいた。
「ふたまた」
 わたしは手にしていた単語帳を投げつけてやろうとした。
「やっぱ怒ったか」
「当たり前じゃないですか! 彼女さんかわいそう」
「潔癖だなあ」
「貴方がだらしなさすぎるんです!」
「でもさ、いい雰囲気になって、今を逃したらもうこの娘とは会えないかもしれないと思ったらしょうがないだろ」
「意味が分かりません。多分、分かっても賛成できないけど」
「もしも、その男が君の好きなヤツでも?」
「尚更ヤですよ。馬鹿にしないでください!」
 わたしは単語帳を投げてしまった。
 彼はしょぼくれていたけれど、単語帳が足元に落ちると屈んで拾い上げた。人を喰ったような表情で、人差し指にリングを引っかけてくるくる回す。
「これ、記念にもらってもいい?」
「返してください」
「なーんだ。いるものだったら自分から手放すなよ」
 単語帳がわたしの胸元へ飛んできた。抱きとめるようにして受けると、彼が背を向けた。
「もう会うこともないか。じゃあな」
 後姿が物悲しい。
「さよなら」
 螺旋階段の途中で足を止め、彼はこちらを仰ぎ見た。
「なんですか?」
「君、俺の好きな娘に似てるんだ」
「そこに住んでる彼女さん?」
「違うよ。結構前にふられて……俺のことふりっぱなしな娘」
「最低」
 彼はへらへら笑った。
「ほら、今の顔。口元とかそっくり」
 心底腹が立って、私は部屋に戻るなり窓を力いっぱい閉めた。
 ちょっとたってアパートの方を窺ったけど、もう彼の姿はなかった。



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春待ち
 下校途中のバスケット部の生徒に伊勢崎の所在を尋ねたところ、教室へ向かったと聞かされた。早苗は逸る気持ちを抑えつつ三年五組の教室へ急いだ。手にした白とピンクのストライプの包みを確かめる。これを渡したら彼はどんな顔をするのだろう。
 灯りは消えていた。早苗は細く開いた扉から教室内の様子を窺った。
 薄闇の中に抱き合う男女が一組。男は早苗の探していた当人、伊勢崎。女は彼女の親友のひかりだった。みつめあう二人の顔が近づいて。
 気がつくと早苗は昇降口に立ち尽くしていた。息が苦しくなってしゃがみこむ。手から包みが滑り落ちた。知らなかった、知りたくなかった。
「早苗さん」
 呼ばれて顔を上げる。伊勢崎の後輩、上村が早苗を見下ろしていた。
 包みを鞄に押し込めて早苗は無理矢理、笑顔を作った。
「今、帰り?」
「そうです。具合悪いんスか?」
「ううん、大丈夫だけど」
「泣きそうな顔してますよ」
 早苗は咄嗟に両頬を押さえた。上村が苦笑した。
「今日はバイトないんですか」
「そ。休みもらったんだ……」
 自分でも声が尻すぼみになっていくのが分かった。早苗は片手で鞄を抱えるともう片方の手で靴箱に掴まった。
「立てますか」
 上村が手を差し出す。礼をいって早苗は手を借り立ち上がった。立ちくらみがしたものの、深呼吸をすると気分が落ちついてきた。
「たまには寄り道しませんか」
「いいかもね。うん、行こう行こう」
 上村が柔らかく微笑んで歩きだした。
 早苗は彼の背中を足早に追いかけた。胸が詰まり口元までマフラーを引き上げる。本当は今頃、伊勢崎と並んで歩いている予定だった。何の疑いもなくそう信じていた。
 自転車置き場に辿りつくと上村はやんわりと早苗の手から鞄を取り上げ、自転車のかごに入れた。
「乗ってください」
「あたし、重いよ」
「そんなことないっスよ。いいから」
「ごめんね」
 チャコールグレイのダッフルコートの肩に手をついて後ろに乗ると、かすかにオレンジに似た香りがした。
 上村がゆっくりとペダルを漕ぎ出す。彼と共に帰る時間が早苗には妙に懐かしく感じられた。二人きりではないものの、幾度も駅までの道を広がって騒ぎながら歩いたことがある。いつも彼は自転車を転がしていた。時々通りすがる自動車にクラクションを鳴らされて、慌てて白線の内側に戻っては拗ねたように文句を口にした。
「後ろに乗せてもらうの二回目だね」
「そうっスね、前は夏だったな」
「上村くん、チョコいっぱいもらったっしょ」
「はあ、いくつか」
「本命も?」
「本命は丁重にお断りしました」
「えーっ勿体ない!」
「いいんです。嬉しいけどもらえません」
「そっかあ」
 上村にも何かあるのだろうか、自分のように。いや、一緒にしてはいけないだろう。彼は目立ちはしないが何気なく気配りのできる性格で、ひそかにもてるタイプだと早苗は踏んでいた。
「あたしもね、本命チョコを渡そうと思ったんだ。十七年間誰にも渡したことなくてね、初だよ初」
「うわーそりゃ貴重っスね。相手は果報者だ」
「伊勢崎なんだ」
 しばらく沈黙が下りた。
 上村の肩を強く掴んでいるのに気づき、早苗は慌てて手を離しバランスを崩した。上村の頭に倒れこむ。彼は急ブレーキをかけ両足をついて踏みとどまった。
「大丈夫ですか?」
「あたしは大丈夫。上村くんこそ大丈夫? ごめんねっ」
「平気っスよ」
 軽く笑って上村は早苗が体制を整えるのを待った。早苗も少し笑った。再び緩やかに景色が流れ出す。
「あたし、伊勢崎のこと好きだなんて自分でも知らなかった」
「俺は知ってました」
「なぬ!?」
「俺はずっと前から知ってましたよ。早苗さんが伊勢崎先輩のこと好きだって」
「でもね、渡せなかった」
 上村の言葉を遮るように早苗は続けた。一度話し出したら止まらなくなる、そう思った。
「あいつ、ひかりと……ひかりってあたしの友達なんだけど、キスしようとしてた。あたし、自分の気持ちもあいつと友達の気持ちも、なーんにも見えてなかったんだ」
「じゃあ、チョコはまだ残ってるんスね」
「そうだよ」
 自転車が止まった。上村は素早く早苗の鞄を開けた。
「あっ、ちょっと」
 上村は包みを取り出して早苗を振り返った。
「これ、俺にください」
 早苗は束の間、真摯な瞳に見惚れた。上村の言葉が意識を上滑りする。
「俺、早苗さんのチョコほしいです」
「……何を」
「勿体ないじゃないですか。折角のチョコ。誰にも渡さないんだったら俺にください」
 視界が揺れた。早苗は口を歪め、目を伏せた。
 上村は鞄を閉めてかごに戻し、その上に包みを重ねた。そうして悪びれた様子もなくペダルを踏んだ。
「勝手に出してすいませんでした」
 でも、チョコはもらいますから。言い切った彼の後頭部を早苗はぼんやりと眺めていた。



 卒業式の朝、早苗は伊勢崎にメールを送ってみた。式前に時間をくれないか、と送ったところ、ろくに返事を返さない彼がたまたま起きていたのか、呼び出しに応じた。冷たい手を擦り合わせていると伊勢崎がやってきた。薄っすら雪の積もった裏庭の隅に二人きりで、このまま時間が止まってしまえばいいと早苗は月並みなことを思った。
「こんな時期に雪が降るなんて珍しいよな。寒ぃー」
「ホント寒いよね」
「で。話ってなんだよ」
「あのね……第二ボタンちょーだい」
 伊勢崎は目を瞠って、それから吹き出した。
「ひかりに渡すのか?」
 早苗は首を振った。胸がどうしようもなく疼いた。
「あたしがほしいんだよ」
「どうしたよ急に。オレのボタンなんかどうすんだ?」
「伊勢崎、仙台行っちゃうじゃん。もう二度と逢わないかもしれないしさ」
「何かあったのか?」
 伊勢崎が眉をひそめる。早苗の心臓は縮み上がった。
「あたし、伊勢崎のこと好きだよ」
「オレもお前のこと好きだよ」
 彼は照れたように笑った。あくまでも無邪気な言葉を耳にして早苗は彼を睨みつけた。
「違うよ。好きってそういうんじゃなくて! あたし、ひかりに嫉妬してる。伊勢崎の一番近くにいるのはどうしてあたしじゃないんだろうって思ってる」
 伊勢崎の顔が凍りついた。早苗はただ、彼が口を開くのを待った。
「いつからだ?」
「多分、ずーっと昔から」
「そっか。お前も女だったんだ」
 呟いて、伊勢崎は大きな手を早苗の頭に乗せた。
 早苗は彼から視線を外さなかった。この時間の全てを自分の中に焼き付けておこうと身動ぎもせずにいた。
「長く友達やりすぎたな」
 伊勢崎の手が離れた。
「今はひかりのことしか考えられない」
「うん。知ってる」
 早苗は笑みを浮かべた。これが彼の中に残る最後の表情になるのだろう。
「卒業、おめでとう」
「ありがとう」
 伊勢崎も笑った。笑ったまま踵を返した。遠ざかっていく背中が校舎の角に消えるまで、早苗はずっと笑顔を保ち続けた。

 式が終わり誰もいなくなった学校から離れがたく、早苗は三年五組の教室に足を運んだ。黒板には大きく『Von Voyage』と書かれている。教卓に座り、口に出してみた。
「Von Voyage」
「やっぱりここに」
 戸口を振り返ると上村が目を細めていた。彼は足音もなく早苗の目の前に立った。
「フラれてきたよ、すっぱりね」
「……そうですか」
 上村の瞳が揺らいだ。早苗は教卓から飛び降りて、わざと床を鳴らした。
「なんて顔してんの」
「すいません」
 上村を見上げていると不安が込み上げてきた。早苗が後ずさると同時に上村の手が伸びて彼女の肩に触れた。
「俺なら早苗さんのこと泣かせません」
 脳裏を伊勢崎の顔がよぎった。「お前も女だったんだ」と声まで聞こえてきた。
 早苗が俯くと上村はそっと彼女を引き寄せて背中に腕を回した。
「なんで、上村くんを好きにならなかったんだろう」
 上村の腕が強張った。早苗はそっと上村の胸に額を預けた。
 窓の外で梢が強風に煽られ軋んでいる。空に垂れ込めた雲は勢いよく流れ、しかし決して絶えることはなかった。





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