嫉妬1

 今日の俺は遅番で、2時から店へ出ていた。遅番はシフトの中では一番好きな時間帯だ。午前中に家のことをしてから出掛けられるし、最後は徹さんと一緒に帰ってこれる。
 徹さんは必ず最後までパチンコをしているから。これが本当は俺のことを待っていてくれるから、と言うならとても嬉しいのだが、そんなことは全く関係なく。早番や中番の時だって俺が帰ってしまっても徹さんは店にいる。
 まあだけどそれはそれで徹さんの居所がいつでもハッキリしているので安心なんだけど。

 いつものように徹さんが来るのを待ちながら仕事をこなす。徹さんが店に顔を出すのは大抵が8時過ぎ。忙しいときは閉店1時間前という時もあるけど、今はそこまで忙しくないと聞いている。
 8時半頃に丁度外から戻ってきた途端、徹さんの気配を妖怪のように察知した時には自分の徹さんへの想いに褒美をあげたくなった。
 見回る振りをしながら、入り口の方へ向かう。近頃の徹さんのお気に入りは北斗の拳STV。羽デジタイプで遊べるから。一時間しか打てないような遅い時間に来たときはビッキーやダイナマイトキングに行って一発勝負を仕掛けるけど。

  ※パチンコに関する注意5※ ←パチンコに詳しくない方はクリックして見てね。

 徹さんは給料が底をついてくるとお金がないとは言ってるけど、給料振り込みしてない違う銀行に蓄えが有るらしい。やっぱりお金持ちなので基本的に金銭感覚は変。使えって言われたら100万くらいは簡単に使うぞ、と言い切る。
 平凡な家庭の俺には理解できないけど、金はないよりは有った方がいいだろ、と徹さんが言うので、その通りだと思うことにした。

 カウンターの方から直接北斗の拳の島へ歩いていくと、珍しく徹さんも俺を捜していたようだ。徹さんが俺のことを気にしてくれたことが嬉しくて、俺のこの顔じゃ不気味にしか取れないだろう微笑を浮かべながら近づいていく。
 だが、徹さんは俺のことを睨み付けたまま、そばまで来た。その不穏な雰囲気に気が付いたときには、俺は徹さんに殴られていた。
 真正面からの利き手のパンチ。足を開いて体重を乗せたそのパンチは渾身の力がこもっていたと思っていいだろう。
「とっ、徹さん?」
 頬を押さえ、驚いた俺に徹さんは怒鳴る。
「バカヤロー! 格好だけでも倒れるくらいしろよ」
「すっすいません‥」
 怒られて自分の機転の利かなさに悲しくなるが、でもそんなことを言われても、徹さんより40キロ近く重い身体はそう簡単に倒れられるはずもなく。しかも俺は男兄弟ばかりの中の末っ子だ。殴られることなんて日常茶飯事で、正直言って一発くらいじゃなんともない。この程度なら起こされるときだって朝っぱらから殴られる。

「どう‥したんですか?」
「どうって‥? なんで殴られたか分からないのか。胸に手を当てて考えろ」
 胸ですか。言われたとおり右手を胸に当ててみる。そして徹さんに怒られるようなことをしでかしたか考える。
「ええっと、飲みかけのポカリを捨てました。あ、それから今日着ていくつもりだったかもしれない黄色のTシャツを洗濯してしまいました」
 俺の答えを聞いて徹さんの顔は一瞬にして怒りの度合いが増す。
「俺はどんなせこい男だよ!」
 周りのお客さんが笑いを堪えているのが分かる。徹さんは答えが出せない俺に見切りを付け、くるりと後ろを向いた。
「徹さん」
 呼びかけても無視し、そのまま出口へ向かう。
 えっ、マジですか。パチンコ屋へ来て、パチンコを打たずに帰る徹さんを初めて見ました。
 余りのことに驚いて身体が動かなかったが、徹さんが出口に差し掛かった時点でようやく走り出した。駐車場まで追いかけると、徹さんの車の前で乗るのを阻止できた。

「一体どうしたんですか? 何をそんなに怒ってるんです?」
「お前が別れる気なら別に引き止めはしない。だが、今日はもう帰ってくるな。荷物はまとめて送ってやる」
「わっ、別れる?! 誰と誰がです」
「俺とお前が、だ」
「どうして?」
「どうしてかお前が一番よく分かってるだろう」
 徹さんはなにか‥単純に怒ってるのではなく、怒りの中に諦めが混じっていて、何かを決心してる感じだ。別れることにも躊躇がない。
 そう‥ですよね。
「やっぱり俺なんかよりも可愛い女の人の方がいいですよね‥。分かりました。徹さんが出て行けというなら俺は素直に従います」

 突然の別離宣言に頭を殴られたような衝撃を受け、徹さんの方を向いたまま一歩後退った。なんとか笑顔を、いやそれは全く無理でも普通の顔をしなくてはと焦る。
 俺は徹さんの重荷にはなりたくなかったから。
 こんな時がいつ来ても、スッと身を引けるように心掛けていたのだ。だってこの徹さんが俺を選んでくれたことが奇跡で、それだけで俺は幸せだったから。
 別れるときだって、幸せだったと徹さんに分かってもらいたかったから。出来れば笑顔でそのことを受け止めたかったのだ。
 だけど‥そんな理想の形で人間の心は操作できない。無理に笑おうとした拍子にまぶたが動いてしまい、表面張力でなんとか保っていたものが零れ落ちた。
「お前‥泣いてるのか?」
「いっいえ。俺は徹さんと過ごすことが出来て幸せでした。だから別れるときは笑顔でと決めてました」
「そんなに‥真剣だったのか」
「はい」
 徹さんは下を向き、溜息を一つ付く。そして俺の方をしっかりと見た。

「分かったよ。殴って悪かったな。それならそうともっと早くに言えばよかったじゃないか。そうしたら殴ることもなかったのに」
「すいません。早くと言われても、徹さんが言ってくれないと分かりませんから」
「どうして俺が言わないと分からないんだよ。自分のことだろ」
「自分‥すか?」
「そう、トシ自身のことだろ。つうか、果歩ちゃんと二人のことっていうか」
「安東さん? どうしてそこに安東さんが出てくるんです」
「知ってるんだぞ。果歩ちゃん妊娠してるんだろ?」
「ええっ! どうして知ってるんですか? 店の人間だってまだ知らないのに」
「だからもうとぼける必要はない。早く従業員寮に移って準備しなきゃな」
「いえ、安東さんは実家へ帰るそうですよ」
「出産するまでか?」
「そうじゃなくて実家で子育てもするそうです」
 徹さんはもの凄く不思議そうな顔をする。

「お前、養子に入るのか?」
「どうして俺が養子に? って、あれ。あの‥もしかして俺が父親だと思ってる‥んですか?」
「そうだよ、それ以外に何があるって言うんだ」
 なんだか徹さんと話しが噛み合わないと思っていたら、そんな勘違いをしていたんですか。
「えっとですね。安東さんの彼氏は近所の高校生でして、その彼が大学進学を希望してるんで、安東さんの実家の近くの大学を受けることで話し合いがついたんです。いきなり一緒には住めないんで、とにかく近くにいて子供にも会いながら卒業するまで結婚は待つそうですよ」
 徹さんはそれを聞いて、凄く気の抜けた顔で質問する。
「お前が父親じゃないのか」

「俺には徹さんがいるのにどうしてそんな話しになるんですか」
「いや、さっきお前ら抱き合ってただろ。丁度昨日果歩ちゃんの妊娠を、しかも内緒話しとして聞いた所だったから、てっきりお前が父親だと思って」
「一体誰からその話を‥。それにさっきは抱き合ってた訳じゃなくて、安東さんが気分が悪くなったって言うから車まで付き添っただけです。途中で目眩がしたそうで倒れそうになったところを抱き止めました」
「え、それじゃその時を丁度俺が見たってことか」
「そうだと思います」
 徹さんはもう一度、今度は軽く溜息を付くと、自分の車にもたれ掛かった。
「俺の勘違いだった訳だな。悪かったな、殴ったりして」
 俺の方を向いてすまなさそうに、と言うよりは悶着に決着付いた安堵の表情で謝ってくれた。
「俺は徹さんと一緒にいられるだけで幸せですから。浮気なんてしませんし、他の誰かなんて全然欲しくないです」
「うん、だけどな。女の子が抱けたのならそれはそれでトシのためにはいいとも思ってた。ちゃんとした家庭を持って、子供も作って、普通の幸せを求めてもいいだろうって」
「普通の幸せってなんですか。俺の幸せは徹さん以外に有り得ませんから」
 すると徹さんは俺がクラリとする笑顔を向けてくれた。

「えっと、それで、あの。今晩は帰ってもいいんでしょうか」
「馬鹿だな。いいに決まってるだろ。誤解だったんだから」
 はぁ〜、よかった。
「あの、もう一つ聞いてもいいですか」
「ああ、なに」
「徹さんは俺にもしも相手が出来たら、そんなにあっさり別れられるんでしょうか」
「お前だって俺が出て行け、って言ったらあっさりと出て行けるんだろ」
「え、だって俺は徹さんの重荷にはなりたくありませんから。今のこの瞬間をもらえただけで充分ですから」
「それなら俺も一緒だろ。トシが女の子とくっつくんなら俺は引くぞ。だけどもしも男とどうかなってるのなら、俺は戦うからな。覚悟しておけ」
 徹さんは俺の胸に指を突き付け、そう宣言してくれる。徹さんが俺のために戦ってくれる。それだけで俺の身体中の血が沸き立つ。身体中に鳥肌が立つほどザワザワして、膝が崩れそうなほど震えた。
「徹さんが戦うことなんて一生涯ありませんから。どうか安心して下さい」
「そっか。なら安心してるよ。だがトシはどうなんだ。お前は戦ってくれないのか」
「え‥。だけど徹さんが選んだのなら俺は従うだけですから。徹さんが言うことは絶対ですから」
「全く‥もう。トシはしょうがないなぁ。それじゃお前も安心していろ。俺は浮気はしない」
「はいっ、その言葉だけで嬉しいです」
 にっこりとした俺にその表情をぶち壊すようなひと言を残して店へ向かう。
「まあ、するなら浮気じゃなくて本気だから」
「ええっ‥、とっ徹さん」

 徹さんは笑いながら店へ入っていってしまった。
 冗談だとは思うけど、さっきの沸き立った血が凍り付きそうになる。徹さんは何を考えているのか分からない所があるから。一緒に住んでいても掴み所がないのだ。いつも淡々としていて、どこか冷たそうで、怒ったり笑ったりはするけど、徹さんが泣く所とか、メロメロになってる所なんかは想像できない。
 俺はと言えば、サボってるのをオーナーに見つかってしまい思い切り怒られた。人生の一大事だったからサボっていた訳ではないんだけど、そんなことをオーナーに言うわけにはいかない。でもオーナーはよく分かってる。さっそく北斗の拳を打ってる徹さんの所へ行くと釘を刺していた。
「うちの従業員を連れ出すな」
 と言って。
 みんなが俺のことを分かってくれている今のこの状況。本当に幸せだと痛感した。
 徹さん、俺は浮気くらいは平気です。徹さんのそばにいられるのなら。

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