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私が会社を辞めた理由(1/4)

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  I. はじめに
  II. 私がこの会社に入ってしまった理由
  III. 客観的分析から
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  IV. 私のお客がつぶされるまで
3/4
  V. 細かい嫌な事リスト
4/4
  VI. 週の勤務体系
  VII. 入社前から騙されていた
おまけ
  VIII. 辞めるまでの道のり
  IX. 辞める直前
  X. 余談

I. はじめに

日本では、商品先物取引に参加した人の90%以上が 損をしてやめているという統計があるということを聞いたことがある。 その統計というものを私は自分の目で確認したわけではないので、 本当かどうかはわからない。

しかし、少なくとも私の勤めていた会社の支店だけについて言えば、 それを遥かに上回っていた。 取引をしている人がいくらで始めたか、何年取引をしているのか、 やめたときに損をしてやめたのかどうかというデータを入手することは難しかったため、 正確な数字はわからないが、数人の先輩・上司に聞いた話から作ったデータによると、 98〜99.5%の人が損をしてやめていっている。 少なく見積もって95%だとしても多い。

しかし、そういう数字があったとしても相場を当て、 はずれた時には早めに損切りをすれば、 20人に1人・50人に1人の勝ち組みにはいることができる。 そして私は相場に自信があったので、 自分のお客には損をさせないことができると思っていたし、 実行しようと思っていた…。

農水・通産両省が平成9年9月に発表した統計では、 「取引客のうち80%が損をしている」とのことです。 また、「年間10万人の委託者のうち90%が素人で、 多くの委託者は約1年間の取引で拠出金の大部分を失い、 業界に強い不信感を持って取引から撤退している」とも書いてありました。 じゃあ20%の人間は利益を出しているのかというとそうではなく、 20%のうちの大部分は「利益も損失も出していない」という状態にあります。 将来負け組みに組み入られる要員だが、「何とか負けきっていない」状態であったといえます。 本当の勝ち組みは0.2〜6.0%程度であると予想されます。(2002/10/5)追記

II. 私がこの会社に入ってしまった理由

私は大学で生物を学んだわけだが、生物科というと普通、 食品会社か薬品会社の就職が多くなる。 しかし、大学でやっていた研究を仕事に生かせるという事はほとんど無く、 営業になることが多い。薬品の営業であれば、 生理活性や化学構造の知識が必要となり、 専門的であって生物科卒ならではの就職であるように思えるかもしれないが、 要はその会社で取り扱っている薬を売るだけなので、 多少勉強すれば文系でも誰でもできる仕事である。 また、効果があろうが無かろうが売り尽くさなくてはならなかったり、 他の薬と効果の違いが認められないものなのに 僅かな構造の違いから新薬とされ通常の薬より割増になっている薬でも、 とにかく売らなければならない、 と言うことがあるという噂を聞いたことがある。 (あくまでも噂です。)生物科であったからこそ、 そんな話を聞いてしまい、その系の営業はやりたくないと思っていた。 食品、薬品の研究職等はどうかといえば、景気の見通しが暗い中、 真っ先に新規の採用を減らすのは研究職で、 しかも、採用があったとしても 国立大の大学院でも出ていないとなかなか難しいという状態だった。

不景気で理系で、しかも生物科という中途半端な学問を学んでしまったために、 事務職もコンピュータ関係も技術職も難しいという状況の中、 方向を定めずにいろいろな業界をまわっていた。

どの業界に行っても落とされてばかりの状況のなかに、 スムーズに就職活動が進む会社があると『この会社(業界)は私を必要としている』と錯覚してしまう。それが私の場合先物業界であった。

またその他にも『先物そのものの魅力に取り付かれた』ということもあった。 実際に私も取引を行ったが先物は非常に面白い。 株などとは比べ物にならないかもしれない。 何よりすぐに結果が出ること、1日2日で2倍3倍になる可能性があるという点は、 人を熱くさせる。ただ自分で状況が判っていて自分の判断で取引を行うのであればよいのだが、 素人に対して、あたるかあたらないか分からないアドバイスで他人の金を動かしてしまうのは問題があると思う。

そんな理由で私は先物会社に入ってしまったのである。

最終稿2000.11.5


III. 客観的分析から

私の所属していた支店では当時、営業1課・2課・3課があり、 月によって多少の増減はあるものの、それぞれ1億程度 (通信取引を除く)の顧客資産を抱えており、 店全体で合計3億の顧客資産を持っていた。 その顧客資産に対して会社側から課せられる基準値(努力目標、ノルマ) はそれぞれの課が1700万円、合計5100万円である。 支店のコストが約4000万円であることを考えると、 基準が5100万円と言うのは妥当な数字であると言えよう。 そして、その基準はほぼ毎月力ずくで確実に達成させていた。

毎月月末が近くなると、毎日のように支店長から各課長に向けて 「何をしてもいいから手数料を振らせろ」 「建っている玉があるんだからそれを処分すればいいだろう」 という言葉が飛んでいた。そして課長たちは支店長の命令に従い、 利益がでている客に対しては「もうこれだけの利益がでてますから、いったん利食いましょう」 損をしている客には「もっと損をしそうですので、損失をこの辺でくい止めましょう」 といって、取引を終了させて手数料を払わせる。 そしてお金が余れば「今度は白金がいいですよ」等といってまた買わせる。 先物取引を数ヶ月やったことのある人ならば、 月末にやけに電話が多くかかってきたという経験のある人は多いと思う。 それはこういう事情があるからである。

この会社では「(何があっても)毎年増益を続け無ければならない」 と言う暗黙の絶対前提があったようである。 そして店に対する「ノルマ」は毎年の増益のためには必要な数字なのである。 そして、そのノルマを達成させるためには、こういうことをしなければならないのだ。 うちの会社は比較的ましな会社であったと思う。 先物各社の成績が毎年ダイヤモンドという金融情報雑誌で発表されるが、 尋常でない成績を上げている会社が何社かある。 こういう会社はどんなことをしているのか想像が出来ない が、そういう成績を上げるだけの事をやっている事には違いない。

その前に、「どんなに景気が悪かろうと、顧客資産が減っていようと関係無く、 毎年増益を続け無ければならない」と言う前提がそもそも間違っているのかもしれない。 が、私は大きく間違っているとは思わなかった。そういう考え方があってもいいと思った。 しかし、少なくとも自分はその当事者になりたくないと思った。だからやめたのだ。

私が会社の中で最も信用している上司に話をしたところ、 『現状では仕方が無い、その現状を変えるために証券業を始めたのだ、 2〜3年後には手数料収入の50%を証券でまかなおうと思っている、 現状を変えるためにみんな頑張っているんだ』と言う話を聞いた。 しかし、証券での利益を全体のを50%にするといっても、この会社での 証券とは、信用取引や株価の先物やオプションといったハイリスクの商品のことであり、 普通の人の想像する現物の株ではない。 もちろん現物の株を全く扱わないということはないだろうが、 証券業参入の際に「普通の証券会社があまり扱っていないデリバティブに力を入れていく」 ということを明言している。つまり「証券での利益を全体のを50%にする」 といってもハイリスク・ハイリターンの商品を勧めるということには変わりがないのだ。

またこうも言っていた。 『そのために今のお客に、会社が変わるための踏み台になってもらうことになるかもしれない』と。 正直で非常に的を得た意見だったと思う。現状がまずいので、 それを解消するために努力をしていることが伝わってくる。 しかし、そう感じている人は少なかったようである。

私が辞めるときに話をした上司の中で最も偉い上司には 『何もしないで辞めるのならただの逃げだ』と言われた。 それはまったく正しいと思う。私が会社を続けようと辞めようと、 先物で損をしていく客の数は変わらない。 損をして辞めていくお客を減らしたいと思うなら、 内部から変えなければならない。それを何もしようとはせずに、 辞めるのなら無責任な逃亡であろう。 でも、私は自分が勧誘して自分を信頼してくれて取引を始めてくれる客が、 ボロボロにされていく姿をもう見たくは無かった。 その陰惨な現場から逃げたかった、これが私が辞めた理由だ。


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