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玩具

〜3〜

固いものが、足の間を往き来している。触れるか触れないかの曖昧な加減で、薄衣の上を滑っている。
身体を最奥から揺さぶられている。ともすれば、息を継ぐ力まで奪われてしまう。
足元がおぼつかない。まるで、大海原で船尾に立たされているかのよう。支えてくれる腕がなければ、とうに落ちている。
でもこの腕――私を繋ぎとめてくれるこの腕こそが、今の窮境をつくりだしている。囚われている限り、これは終わらない。
だから逃げないと――顔を上げて、今一度、藻掻いてみる……けれど。
床から壁へと伸びる、双頭の影。炎がゆらゆらと照らす天井。――橙に染まる光景。それが、逃げようとして得られた成果のすべてだった。
どうしてこんなことになってしまったのかしら……――全身から力が抜けていく。

そもそもの発端は、リオウが悩みを打ち明けてくれたことだった。仕事で子供の玩具を扱うことになったが、自分には良し悪しがわからない、と。
楽器や食材、そして武器の類になら目が利くリオウ。
きっと彼の子供時代に、玩具というものはなかった。……ならば私が。
私の知識や経験が役に立つなら、なんでも教えてあげたい――そう思った。
リオウは見本をいくつか持ち帰っていた。
もう寝間着に着替え、寝るばかりだったけれど、私はそれを見せてほしいと頼んだ。
そして私たちは広い部屋で、玩具の詰まった木箱を開けた。
出てきたのは、私が懐かしいと感じるような、人形や人形の家、おままごとの食器類。それからカインが遊んでいたような、男の子が喜ぶ玩具。そういったものを部屋中に広げれば、いつのまにかリオウも、童心に返ったような顔をしていた。
楽しい時間はあっというまに過ぎていった。
そして木箱の底が見えはじめた頃――私はあれを見つけ、手に取ったのだった。

「大丈夫?」
リオウの腕に力が入ったのがわかった。今の私はたぶん、解放された途端に崩れ落ちる。
大丈夫かなんて、聞かれても困る。なぜ聞かれたのかさえわからない。大丈夫ではないことくらい、リオウだってわかっているはず。
小さく首を振れば、柔らかい囁きが続いた。
「じゃあ、どうしてほしい?」
これを聞きたかったのだ――最初の問いの意味にようやく気づく。そして再び困惑する――なんて答えれば良い?
このままは……嫌。触れられたところすべてが甘く痛んでいる。もしこのまま突き放されたりしたら、苦しくて眠れない。だから……だから。
「立ってるの……辛いわ……」
「横になりたいの?」
頷いて返すと身体が浮いた。きちんと頼んだわけではないのに寝台へ運ばれて、気恥ずかしさを覚えるほど丁寧に横たえられた。すぐにお礼を言おうとしたけれど――言葉が出る前に、突きつけられた物に息が止まってしまった。
丸みを帯びた木の棒、その先端。
「……リオウ、お願い。それはもう、やめて」
両手を伸ばして、棒ごとリオウの手を押しやった。
「なぜ?」
真上から私を見下ろすリオウは、揺るぎない笑顔。胸の内すべてを見透かされているような気がして、いたたまれない。
否。気のせいじゃない。リオウはきっと、承知の上で聞いている。ただ嫌がるだけでは、さっきと同じ問答になってしまう。
気力を振り絞って正論を探して……、
「だってそれ、そんなふうに使う物じゃないわ」
ようやくそう口にすると、ふっという息づかいが聞こえた。――リオウ、笑った?
「姫……賭けてもいい。これはこういうものだと思うよ。それに……」
いつのまにか、私の両手にリオウの左手が添えられていた。優しい手つき――肌を滑る指先が心地良くて、そう錯覚させられた。気づいたときには、両の手首をひとつかみにされていた。
「……仮に違っていたとしても、君が悦んでくれるなら、僕はそれで構わないしね」
「そんなっ」
両手を頭の上、枕に押しつけられる。穏やかな口調とは正反対の力強さ――とても振り解けない。
身を守る術を奪われて、すべてが無防備。胸もお腹も、その下も。相手がリオウでなければ、ありったけの声で悲鳴をあげている。
でもリオウだから……妖しい安堵が生まれる。
こんなふうに押さえつけられてしまっては、与えられるものをただ受け取るしかない。それがゼンマイ仕掛けの木の棒という、異質過ぎるものであっても、ただ受け取るだけでいい。だって退けようがないのだから――浅ましい思惑が湧き起こり、逃げるように消えていく。見透かされるのが怖くて、いたずらっ子のような笑みから顔を背けた。
かちかちとネジを巻く音がした。ぶるぶると棒が震える音が続いた。
ネジを巻く音、棒が震える音、ネジを巻く音、棒が震える音――短い間隔で繰りかえされる。私の身体からは、少し離れた場所で。
そっと視線を戻せば、リオウは片手で木の棒を操っていた。使い方を確かめている――のかもしれない。
やがて。
ひと巻き、ふた巻き……器用な指先がネジを巻きあげはじめる。
「……どこがいい?」
「どこも……、いや」
「へぇ……」
ネジの音が中途半端に止んで、リオウの口元がただならぬ形に歪んだ。愉しそうな、この上なく愉しそうな、思案顔。
木の棒が、おそらくいっぱいまでネジが巻かれた状態で、迫ってくる。
「あの、リオウ、だから、それは……」
向けられる笑顔を、残酷だと思った。慈しむような優しい瞳が、抵抗する気力を奪っていくから。大丈夫だと暗示をかけて、その実、まったく大丈夫ではないから。
お腹に触れた固い感触に息を呑んだ。
お臍のすぐ隣。リオウは棒の先を、ゆっくりと上下に滑らせる。どっちがいい? ――そんな声が聞こえてきそうだった。
「ねえ待ってリオウ、いや……」
「今日は『いや』は聞かないよ」
穏やかな、でも決して歯向かうことを許さない物言い。
頭が真っ白になって……私は一切の言葉を失った。

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捏造の旋律

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