この棒がなんであるかを理解した途端、姫が身に纏う空気が固くなった。
聡明な姫のことだ。こいつの使い方が、単に身体の外側を愛撫するだけだなんて、今さら思ってはいないだろう。滑らかに仕上げられた表面は、敏感で脆い場所でもこいつが役に立つことを示唆している。
「……あの……リオウ……それ……」
上体を起こした姫は、枕の方へと腰を滑らせていく。
「うん。どうしたの?」
姫が緩慢な動きで後退れば、僕もゆっくりと距離を詰める。
どうせ姫に逃げ場はない。寝台の背と彼女の腰に挟まれた枕は、みるみるうちにひしゃげていく。
炎に照らされ黄金色に輝く瞳が浮かべるのは困惑と、もしかしたら幾ばくかの恐怖。無邪気にこいつを掴み取っていたときとは、天地の差だ。
最初からそういう反応を見せてほしかったと思う。その後の展開に、さしたる影響はなかっただろうけれど。
「本当にお願いだから、それ、もうやめて」
「なぜ?」
「なぜって……だって、いやだから……」
また、「いや」か――喉の奥から笑声がこぼれた。
「姫。言ったよね? 今日は『いや』は聞かないって」
姫は身を縮める。両足をぴたりと閉じたまま膝を立て、ぎりぎりまで上半身に引きよせる。
やはり気づいたのだ。この棒の究極的な使い方がなんであるか。先程までの恍惚とした表情は見る影もない。もしかしたらではなく、真実、怯えている。
嫌は「いや」以外に表現しようがない。なのにそれを封じて、僕は彼女になにを言わせたいのだろう。狂いはじめている――どこかでそんな気がしたが、すぐにどうでも良くなった。
ずいぶんと悦んでくれたじゃないか。
姫の爪先にひっかかっている僕の寝間着には、大きな染み。彼女の反応が、いつもより激しかったんじゃないか、そんな疑念を裏打ちするものだ。
それにあの声。
姫のあんな声は、初めて聞いた。嬌声というには艶めかしすぎる、雌を感じさせるような喘ぎ声。僕の体内を、姫らしからぬ荒々しさで掻き乱していった。
本当に嫌がっているのだろうか? 僕がそう思いたがっているだけじゃないか? ――手元の棒に視線を落とした。
これ以上こいつを使うことに、実は僕は乗り気ではない。あの箱にこいつが紛れこんだ経緯がわからないからだ。
汚れひとつない表面と真新しい木の香りから、使い古しなどではないと判断したが、それでも。
仕込まれているのは、くだらないゼンマイだけだと思うけれど、それでも。
こいつを姫の中に入れるのは、気が進まない。
――間違っても、姫に比較されることを疎んじているわけではなく。純粋に、姫のためだ。そう、姫のため、それだけだ。
「……どうしようかな」
考え事がつい口に出て、ぎしりと軋む音が続いた。
顔を上げれば、姫が寝台の背に強く身を押しつけていた。
「どうしようって……どういうこと? まさか、それ……」
言葉を途中で呑みこんで、姫は眉間の皺を深める。引き結んだ唇を震わせる。
「……どういうこと……だろうね?」
棒の先に僕の寝間着を引っかけてから、そいつを白い脚線に這わせた。
姫は鋭く息を呑んだ。両足にますます力を入れ、わずかな隙間さえも埋めようとする。
そんな姫の膝に手をかけ、僕の膝を割りこませた。丁寧に、でも有無を言わせず、全身で頑なな足を押し開いていく。あとがない姫は、平静を装う僕と寝間着に包まれた棒に、交互に目を向けながら、僕の上腕に手をかける。
「リオウ、い……」
懇願の言葉を唇ごと攫い、そのまま頭を壁へと押しやった。深く口づけて、隅へ逃げていこうとする舌を絡めとる。
姫は藻掻くけれど、抗い方を根本的に間違えているから、押さえこむのは造作ない。寝間着の下で仕掛ける準備を整える。
受け入れるのは、怖くても――棒を姫の足の付け根まで這わせた。
触れられるのは、大好きだよね? ――巻き終えたゼンマイのネジを解放した。
こんなときでも舌を噛まないのは姫の優しさだ。全身をびくりと震わせながらも、顎のつがいだけは動かすまいとしていた。――付け入る僕は相当な卑怯者だ。
肩先に細い指が食いこんでくるのを、心地良いとさえ思った。痛みはあるけれど、これといった害はない。姫を力でねじ伏せるのは、こんなに容易い。僕はまだ本気を出していないのに、姫はもう、声を上げることしかできない――。
悲鳴混じりの呻き声が艶を帯びていく。それでも唇が離れかけたときに漏れてくるのは、否定的な言葉ばかり――すぐに塞ぎなおす。
いつまで保つのかな――時折ネジを押さえて棒を休め、姫の様子を伺う。そのたびに姫は深く息をつくが、震動を蘇らせれば慌ただしい呼吸を再開する。そこに宿るのは、紛う方ない歓喜の響きだ。
やがて姫の身体がほぐれはじめる。僕の腕を掴む両手から、僕を挟みつける両足から、力が抜けていく。なおも続く弱々しい足掻きは、この状態から逃れるためなのか、単に身悶えているだけなのか、もはや判別がつかない。
唐突に苛立ちを覚え、乱暴に舌を絡めてみた。手応えはない。姫にはもう、僕に構っているゆとりはないらしい。
長引かせていた震動が、とうとう収束する。ネジを放しても、棒はぴくりともしない。この体勢で巻き直すのは面倒だけど……その必要はあるだろうか。
唇を離し、姫の表情を確かめる。力なく揺れる瞳が一生懸命、僕になにかを訴えている。だが半開きの唇から言葉が発されることはない。言いたくないのか、それとも……。
絶え絶えの息。愛撫が止んでも漏れ続ける、切羽詰まった声。――耐えているときの姫だ。
いってもいいよ――いつもならそう告げるだろう。なのに素直に言葉が出てこない。姫のだんまりが、僕にまでうつってしまったようだ。
棒を落とし、姫の秘所に指を差し入れた。嬌声とともに跳ねる身体は、けれど抵抗したりせず、中でしっかりと絡みついてくる。
そうだ。姫が好きな場所なんて、言われなくても知っている。
どこをどうしてあげれば、姫がどんなふうに悦ぶか――ついさっき箱から出てきたばかりのあんな物より、僕の方がずっと良く知っているんだ――。
小さな悲鳴をあげて達した姫は、少しの間、虚ろな目で宙を見ていた。
僕の二の腕にあった華奢な両手が、続けざまに寝台に落ちていった。姫のすべてが今にも崩れてしまいそうで、落ちつかない気持ちにさせられた。
脈動の収まった体内から指を引き抜くと、姫は黙って僕の肩に頭を預けてきた。
腹に吹きかかる荒い吐息に、皮を焼かれているような気がした。
濃茶の髪の向こうにどんな表情があるのか、知るのが怖かった。
やがて姫は、ぎこちない手つきで僕の指を握りしめた。姫の蜜に濡れそぼった指だった。