棒の先端が、上半身の至るところを這いまわった。胸の谷間をじわじわと進んで、逸れて頂きに上がって、行き着いた先で幾重にも円を描いた。
顫動のはじまりは、リオウの指先が決めるものだった。予兆は涼しげな目元や口元に顕れていたけれど、直視していられる状況ではなかった。
木の棒を震わせながら、リオウはいつもより饒舌だった。答えなどわかりきっている問いをいくつも投げかけて、私の羞恥心を煽って愉しんでいるようだった。
「いや」という言葉を使わずに、異様な仕打ちを止めてもらう方法――何度も何度も、嬌声を引き出されながら考え続けて……結局、なにも思いつかなかった。
リオウの言葉が、次第に遠ざかっていく。すぐそばで聞こえているはずなのに、意味が掴める前に、頭の中からこぼれ落ちていく。
いつのまにか両手は自由になっていて、私はそれに気づかないまま、自ら全身をさらけだしていた。
生地越しに、あの棒が蠢いている。足の間――いつもならリオウが指で優しく触れてくれる場所で、小刻みに、無遠慮に。
私の寝間着は捲りあげられ、腕から抜きとられ、今は枕のあたりにあるから……きっと私の腰に掛かっているのは、リオウのもの。
汚してしまう――同じことを何度も思うけれど、ぼんやりとしたそれは、すぐに波に呑まれていく。
喉の奥から、低い、獣のような声が漏れてしまう。いつも可愛いと言ってくれるリオウに、こんな声は聞かれたくないのに。
軽蔑されてしまう――もうされている? とても気になるけれど確かめるのは怖い。
棒の震えが収まれば、またあの音が響きはじめる。
カチカチカチ……カチカチカチ……――耳にするだけで首の後ろを、ぞわぞわとした感覚が這い上がるけれど、緊張し疲れた身体はほとんど動かない。
ネジを巻く音が止めば、狂おしい衝撃が蘇る。大粒の雨が、そこだけを叩きつけているみたい。すぐさま呼吸が跳ねて……声にならない悲鳴が頭を貫いた。
こんなのはおかしい。だってあの棒、絶対に違う。きっと人形かなにかの部品。それなのに私は……。
リオウに愛されているときとは状況がまるで違う。なのに私は、同じように反応している。
リオウを裏切っている――裏切る姿を晒しながら……。
震動が弱まっていく。入れ替わるように、リオウの指が私のそこを撫ではじめる。生地の上からだけど、指だとはっきりわかる。明確な意志を感じさせる、探るような動き……。
「あ……凄い」
吐息に乗せて、リオウが呟いた。ずいぶんと嬉しそうな声。
理由に思い当たれば、すぐにそれは、リオウの言葉に裏付けられる。
「わかる? 凄く濡れてるよ」
繰りかえし撫でられて、生地が貼りついてくる。本当に、豪雨に見舞われたかのよう。
「もう……いや……」
リオウから顔を背ける。後ろめたくて、涙声しか出なかった。
「どうして? こんなになってるのに……」
リオウは不満そう……というより、不安そう。
執拗に私のそこを撫でつける。そこがどれほど湿っているか、示してみせるように。私の身体がどれほど悦んでいたか、思い知らせるかのように。
悦んでしまったから、嫌なのに――。
「絶対に違うもの……」
リオウがなんと言ったって。
あの棒はこんなふうに使うものじゃないし、リオウ以外に触れられて悦ぶ自分も嫌。どうしてわかってくれないの?
「おかしいわよ……」
この夜も、リオウも、私も。
羞恥や後ろめたさに震える肩と、刺激が止んで寂しがる下肢。なにを嘆いているのか、もう自分でもわからない。
「違わないよ」
リオウが息をついた。
私の手を取って、少し温かいなにかを握らせる。目を向ければ、つい今しがたまで足の間にあった、木の棒。
「ここを見て、なにも思わない?」
リオウの湿った指先が、棒の先端をなぞる。そこだけ少し膨らみがあって……私の知識を無理に当てはめるなら、兜に似ているのかもしれない。
「……楔?」
そう聞きかえせば、リオウは目を丸くした挙げ句、吹きだした。
玩具に組み込むためのものなら、楔があってもおかしくないと思ったのに……。
私がとまどっている間にも、リオウは何度も吹きだす。ついには声をあげて笑いだした。
「……ごめっ……ふふっ……そっか……ふふふっ……」
なぜこんなに笑われるの? ――ますます泣きたくなって、棒をリオウの手に押し戻そうとした。
「……ああごめん、機嫌なおして。……本当に君は、可愛いくてたまらないよ」
「もう知らない」
「ごめん……ふふっ……」
リオウはなにかをとてもおもしろがっている。私がわからないなにかを。
羞恥と後ろめたさに、からかわれる悔しさまでが加わって、再び私はリオウから顔を背ける。
その視線の先まで、リオウの手が追ってくる。
私の頭の真横に手をついて、身を低くして――、
「……ねえ、他になにも思いつかない?」
耳のすぐそば、押し殺した声で、リオウは妖しく囁いた。首筋を嬲られた――そんな錯覚に、つかのま目を伏せた。
なにを思いつけと言うのだろう。答えられないまま、焦点が合わないほど近いリオウの手を見やる。
リオウはやがて、じゃあ、と言葉を続ける。
「……触ってみる?」
瞬間、なにかがひらめいた。
触ってみる――なにを? なぜそんな、挑むような問い方をするの? 私が触ることを躊躇うようなものが……。
――全身が、硬直した。
楔のような先端。でも丸みを帯びていて……、側面に走る幾筋かの線、……そして長さ、太さ……。
慌てて首をめぐらせて、未だ右手に握らされているそれを確かめる。
「うそ……っ」
口をついて出た言葉は、けれど思いつきを否定してはくれない。
一刻も早く手放したくて、それがきちんとリオウの手に渡ったか確認するゆとりもなくて。
開いた右の手から、それは滑り落ち、寝具の上でぽすっという音をたてた。
「……やっと納得してくれた?」
リオウが身体を起こす。寝台に落ちた棒を手に取り、やれやれと言わんばかりの表情で、私を見下ろす。
笑った口元、軽く上下する喉、そこから続く平たくてしっかりした胸、筋の線が見てとれるお腹……。
その下は――まだ寝間着に覆われているけれど、今、リオウが手の上で転がしているそれと、同じような形状のものが在ることくらいは理解している。……どうして気づかなかったのかしら。
「あの中に入っているのは、子供の玩具だけのはずだったんだけどね。まったく、どうしてこんな悪趣味なものが紛れこんでいたんだか」
独り言のような口調。自嘲気味に。そこに私は、気づけなかったことに対する言い訳を見つける。
悪趣味な……『玩具』。まさか男の人の、あれ、だけを模したものが作られるなんて、想像したこともなかった。
博物館の美術品とは性質が違う。でなければ実物を思わせる大きさと、仕込まれたゼンマイの説明がつかない。
本当に、ああやって使うものだったんだわ……。
納得すると同時に、新しい疑問が、深刻な問題が浮上する。
「待って……それじゃあ……」
目が、リオウの右手に握られたそれに、釘付けになった。
だるいなんて言っていられない。重い身体を起こし、ぴったりと足を閉じた。ずるずると後退った。