Nov.04.11 by 管理人
よく晴れた朝は爽快で、いつも通りに会社に出勤した。受付のロビーを通ると、紺の制服姿の受付嬢が挨拶してくる。いつもと変わらぬ朝のはずだった。しかし、エレベーター前で待っている社員の表情は一様に暗い。なんだろうなと思いながら、職場のフロアーまでたどり着くと、誰もいない廊下を歩いていく。企画部と書かれたプレートの部屋へと入ると、部署の人間が全員集まっており、重苦しい空気が部屋中に渦巻いていた。 自分の席に座ると、上司の田村が不機嫌な顔で下泉を見た。 「遅かったじゃないか」 「なんか、あったんですか」 「掲示板見てないのか? 今えらいことになってるんだよ」 なにやら張り紙してあったらしいのだが、下泉は見ていなかった。 「見てないんなら、今から見て驚いてこい」 下泉は田村に言われたとおり、掲示板のある廊下まで歩いていった。
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Nov.03.11 by 管理人
香坂が席から立つと、桑原がぎろりと視線を向ける。「なにぼんやりしてるの、さっさと片づけろよ」と、鋭い視線がいっていた。 下泉は慌ててモニターに向かい、作業の続きを始めるが、横目でちらっと見ると、もう香坂の後ろ姿を追っていた。そう、こんな奴なのだ。男に厳しく女に甘い。そして自分にも甘い。その目はどんな小さなことも見逃さず、敵にまわすことにでもなろうものなら、抜け目なく会社に報告する。奴の前に道はあり、奴の後には屍が累々と積まれて--と、こうやってのし上がってきた男なのだ。ミスが発覚するだけで、大目玉を食らうのは火を見るよりあきらかだった。 やり場のない怒りを、下泉はモニターに巣くっている数字にあたることにした。間違いを見つけるたびに、「よーし、よしよし。そこを動くなよ、部長みたいに殺してやるからな」と、口をもごもごしながら勢いよくキーを叩く。表面上は何を言っているかはわからない。周囲が聞けばぞっとするようなことを言っているのだが、幸い誰にも気づかれることなく今まで難は逃れている。当面の災難は桑原ではなく、目の前の数字の羅列にあるのだ。 あれのせいだろうか。と、下泉は数年前のこと思い出していた。
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Nov.02.11 by 管理人
この部屋の管理者、世間でいうところの中間管理職、桑原と言う名の生物がその正体だった。容姿端麗という言葉を、男に使うのもどうかと思うが、男からみても魅力のある風貌だ。すらりと背の高い愁眉に甘く放たれる目線に、たいていの女はころっとなってしまうだろう。もうとっくに四十の声を聞いているというが、近しい者ですらその正確な年齢は知らないという。だいたいならもう閑古鳥が鳴くはずなのだが、未だに浮き名を流しているという噂だけは絶えない。このくそ忙しい仕事で、どうやってそんな時間がとれるのかは未だに謎である。今もデスクで、「香坂くん、今日もきれいだねえ、お茶持ってきてくれる」などとニコニコしながらほざいている。 言われた香坂も、「はい、すぐに持ってきます」といって瞳を輝かせていたりなんかするのだが、見た目に騙されてはいけない。奴の視線は常に君の制服の下を想像しているのだから。
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Nov.01.11 by 管理人
パソコンのモニターが歪みを見せ始めたのは、朝起きてから何回目だったろうか。途中、感覚が麻痺してから、回数はすっかり霧の向こうに見えなくなってしまった。何度も何度も同じラインの数字を確かめる。これで最後だと見直しが終るたびに、肩幅の広い背広のイメージがちらつく。「下泉、今日中に一部の懸案終わらせてよー」今日は幻覚どころか、幻聴まで聞こえる。響きはどこか苛立ったような、それでいて緊張感を削ぐような、不可思議な感覚を相手に与えるものだった。 「どれ」 突然目の前に黒い物がぬっと出てきて画面を遮る。なんだこれは、と、考える前に黒い物から声が聞こえる。 「なんだ、まだこんなとこやってんの。時間ないんだからさー、早く頼むよ」 黒い物は頭だと確認したところで、画面からすっと消えた。 泉着やせする男の背中を見ながら、作業中の下泉光春は「心臓に悪いことするんじゃねえ」と、心の中で罵った。
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