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05. |
真っ暗な階段を足先で探りながら上り、背中を押されて入ったのは、どうやら二階にある部屋だった。
暗闇に慣れてきた目で、大きな四角い窓や物の位置がぼんやりと確認できる。雷光が瞬きのように闇を照らした時、部屋の中央に白く広がる平面がベッドだとわかって最悪の予感がした。
時間が止まってしまって、永遠に逃げられない気がする。
いきなり背後から抱き締められ、息苦しい身体に長い腕が蔦のように巻きついていく。
澄水人の顔が、そっと首筋に押し付けられた。温かな感触に顔が歪む。これが恋人同士だったら、どんなに暖かく愛しく感じるだろう。同情では抱けない。抱いてしまったら、また後悔するにきまっている。ここから逃げることができるだろうか……。
俺は、できるだけ穏やかに訊いてみた。
「どういうつもりだ…?」
「わかってるんでしょう? “身体で返してもらう”ってヤツです」
予想していたとはいえ、澄水人の言葉に失望感が増していく。俺は喉元で固まっている息をゆっくり吐き出して言った。
「……それで、おまえは納得するのか…?」
俺の胸を締めつけながら動いていた澄水人の手が、不意に止まった。
「俺は……」と言ってみたものの、どう言えばいいのかわからなかった。逃げなければ…と何度も繰り返し考える。澄水人に納得してもらい、この部屋から、この家から、出してもらえるように言わなくては……殺される前に。
「場所を変えて話し合おう。約束する。だから、今日は帰らせてほしい」
やっとの思いで口にした俺の言葉を、
「あ、それは無理」と軽々しい口調で澄水人が否定した。
「え…?」
「明日も、明後日も、明々後日も。だって先輩は、ずっと僕と一緒に居るんだから」
「…な……に?」俺は自分の耳を疑った。
目の前が本当に真っ暗になって倒れそうになったが、澄水人はしっかりと俺を支えていた。
澄水人は、俺を帰す気などさらさら無いらしい。いや、もっと他に言葉を捜さなくては…説得力のある強い言葉を……。
「先輩は忘れてしまったの? 僕たちが何度セックスしたか。身体で返してもらうには一晩じゃ足りない。回数と金額が釣り合わないでしょう?」
耳元で、クスクスと澄水人が笑った。
「ねえ、覚えてますか?」
澄水人は、砂の中から記憶を掘り出そうとするように、俺の髪を繰り返し何度も掻き分けた。
俺は何回澄水人とヤッただろう? 澄水人を抱いた回数だけ、今度は俺がヤられるのか? 恐ろしくて考えられない。
時々雷光で照らされる自分の足もとを呆然と見つめていると、一層力のこもった澄水人の腕に上半身を締め付けられ、溜め息まじりに囁かれた。
「ねえ、ずっと側にいて下さい、先輩。そうすれば僕はずっと夢を見ていられる」
…ああ、冗談じゃねぇッ──!!
悪い夢だ……。目を開けながら見る、悪い夢……。
違う、これは現実だ……どうしてこんな事になってしまったんだ? 逃げ出せばよかったんだ、あの時……タクシーの中から不吉な夕陽が見えたときに──。
すべて俺が悪いのはわかってる。
澄水人は俺に復讐しているだけだ。なんて単純明快な理由だろう。けれども、借金をチャラにする名目の復讐劇なら、こんな所に引っ張り込まなくてもできるはずだ。わざわざこの場所を選んだ理由は何だ? 何か引っかかる。手の込んだバカバカしいシナリオにはまだ何か隠されている気がする。
「一体、おまえの目的は何だ……?」
「僕の目的?」澄水人が耳元で喋るたびに鳥肌がたつ。「……そうですね。教えてあげてもいいかな…」
突然窓が開き、カーテンが舞い上がった。突風が激しい雨音と雷鳴を引きつれて部屋中に渦巻き始める。澄水人は俺の横腹に押しつけた銃口を軸にして前に回り込むと、嵐を従えた悪魔のように俺を見据えた。殺されるかもしれない、麻痺した頭の奥でそう感じながら、俺は無抵抗につっ立ったまま澄水人を見ていた。
澄水人は夢見るような声で言った。
「雨龍翔(うりゅうかける)が僕のものになること」
俺は絶句し、湧き上がった怒りが全身を包んでいくのを感じた。澄水人は何様のつもりなんだ? 掌の上でコロコロと俺の運命を転がして弄ぶ悪魔にでもなったつもりなのか?
思い上がりにもほどがある。もしここで殺されても、絶対に言っておきたい事がある。
「永遠にそんな日は来ねぇよ。俺は……絶対、おまえのモノになんか、ならない」
暗闇の中で、澄水人は黙って首を横に振った。雷光に照らされた顔には薄笑いすら浮かんでいる。俺は目を疑い、怒りがどこかに消えてしまいそうになった。傷つくことに慣れきった力ない笑顔だったからだ。
「心が手に入らなくても、僕は…先輩の身体だけで満足できる。もっと、怒った顔や怯えた顔を眺めていたい。罵る声や溜め息を聞いていたい」
「……何…言ってんだ、おまえ…? 面白いか、それ…!?」
「僕はねえ、今とても幸せなんです。この家の、どんなコレクションよりも素晴らしいものを手に入れたから。天使のように綺麗な先輩が大好き……」
それは、復讐劇のセリフとしては最も効果的で、俺は粉々に叩き潰された。澄水人にとって俺は、人間としての尊厳など無視してもかまわないモノなのか…!?
澄水人は銃を握っていない手を伸ばし、指先で俺の頬を何度も撫でた。
「僕だけのもの……黒い瞳、黒い髪、腕、脚……全部……」
目の前に立ち塞がる狂人の内在する暗い世界を垣間見た気がした。
俺のどこが天使に見えるんだ? 俺は渦巻く悪い夢へと引きずり込まれ、漂流しはじめている。這い出すのは不可能だと思わせるほど、その夢の力は強大だ。
澄水人の恨み言を聞きながら、俺は身体を切り刻まれるのかもしれない。それとも、頭をフッ飛ばされるだろうか? だから澄水人は、こんな淋しい場所を選んだのか──?
死体になった自分を想像したとき、
「脱いで下さい」と、冷たい声に命令された。
胸に当てられた銃口がコートを撫で下ろしていく。
「どうしたんですか? 服を破かれたくはないでしょう?」
澄水人は、動けない俺をしばらく見つめ、「脱がせてほしいんですか?」と、わざとらしく優しく訊いた。
「……俺を、殺すのか?」
「さあね…」
きっぱりと否定してくれることを望んでいた俺は、また一歩死が近づいてきた感じがした。
奴は少し後ろを振り返り、慣れた手つきで窓を閉めた。
「……殺したいのか?」
俺の問いを無視して澄水人は両手で俺のコートのベルトを外そうとした。銃は握られていない。腰の後ろに差し込んだらしい。
逃げるなら今だという考えに突然突き動かされ、澄水人の鳩尾(みぞおち)に拳をブチ込み、手首を掴まれてそのままもつれ合いになった。逃げたい、それしか頭になく、俺はメチャクチャに澄水人を殴りつけたが、足が何かにぶつかってヤバイと思った瞬間、思い切り肩を突かれて後ろに倒れた。背中が上下に揺れる。ベッドの上だ。起き上がる間もなく澄水人が飛び掛かってきた。俺は無様に潰れて瞬時に動きを封じられてしまい、奴の身体の下から這い出せなくなった。
両手首を束ねられて腕が伸ばされる。奴は暴れている俺のコートをまくりあげ、ジーンズのベルトを外して、手首を縛り上げようとしている。叫びもがきながら、もう力では澄水人にかなわないと絶望していた。
ベルトが手首に食い込み、頭上に固定された。何に固定したのか、どんなに引っ張っても解けない。
「こんなことしなくたって、俺、逃げたりしねぇって…!!」
「先輩は嘘つきだから信じない」
信じろよ…という言葉は口から出る前に自分で飲み込んでしまった。澄水人はもう二度と俺に騙されるつもりは無いらしい。
「暴れても痛い思いをするだけですよ。どうせ逃げられないんだから、あきらめた方がいいです。ね? おとなしくしましょうよ」
「ほ…解け、これっ!! いつまでも上に乗ってるんじゃねぇよっ!! 降りろバカッ!! 解け解け解けーッ!!」
何も聞こえていないみたいに、澄水人は俺に跨ったまま黙っていた。壊れた機械みたいに俺の手首をずっと撫で回している。
「聞こえてんのかバカッ!!」
「…ああ、この腕時計は外しておいてあげましょうね」気遣うような口調で澄水人が言った。「…やりにくいな。最初から外しておけばよかった」
「時計じゃなくてベルトを外せって!!」
「時計なんて要らない。時間なんて確かめる必要は無い」低く冷たい声で澄水人が呟く。奴は自分の腰の辺りを触った。外した俺の時計をポケットにしまっているのかもしれない。「たくさんの夜が来て、たくさんの朝が来る。でもこの部屋で過ごす僕たちには関係無い」
俺は息をのみ、気味悪さにひるんで黙るしかなかった。澄水人の姿が闇の中で雷光に照らされ、青白く浮かび上がる。その手が伸びて俺の首にかかった。
絞め殺される──。
けれどもその手は、襟首を掴んでTシャツを引き裂いた。闇の中で聞こえる奴の息使いは少しも乱れていない。きっと顔色一つ変えていないだろう。冷たい指が、空気に晒された胸の上に置かれ、顔が少しずつ近づいてくる。
「く…、くっ、来るなっ!!」
身動きできない俺の顔に澄水人の髪がかかり、頬に触れた唇が耳へと逸れた。
「…身体が硬直してる。もっと怯えてみせて。僕を喜ばせて」
澄水人は楽しそうに笑い、ナガナキドリヲウチコロシ……と歌うように呪文を囁いた。
何を言ってるんだ、このキチガイは?
俺はおののき、底知れない恐怖感に襲われた。
「ね、しよう……先輩…」
記憶の中のあどけない澄水人の顔が、暗闇の中で残酷なほど克明に浮かび上がる。俺は澄水人を抱いたことはあるが、抱かれたことは一度も無い。こいつにしていたアレを俺がヤられるのか? 冗談じゃない。初めて俺が澄水人を犯った時、こいつは苦痛に顔を歪めてた。懸命に喉の奥で悲鳴を押し殺していた。あれは、ひとかけらの思いやりも無い行為だった。あんなことをされるのはイヤだ。俺は自由のきかない身体で暴れた。
「いい加減にあきらめたらどうですか? それはそれで楽しめるけど。どうせなら泣き顔が見たいな。泣き叫んでみせて。誰も来ませんよ、みんな無関心だから……」
うわ言みたいに澄水人が呟く。
「みんな──!? みんなって誰だよっ!!」
「ここにはいない」
「呼んで来いよッ!!」
「あんな馬鹿一族を?」
「…一族?」
すると、澄水人は急に唇を押しつけて、強引に舌を入れてきた。“憎悪”と“ヤりたいだけ”の匂いのする激しいキスに我慢できず、俺は奴の暴れる舌を歯で捕まえて噛んでやった。
「んっ…」
小さく澄水人が呻き、唇で俺の耳を探り当てると、
「あまり暴れると……気絶させますよ」と、ぞっとするほど優しい声で囁いた。口の中に嫌な味覚が広がっていく。俺は横を向いてペッと吐いてやった。
「血の味がしたんでしょう? 噛むからです」
澄水人は声を荒げずに言った。なぜ怒らないのかが不思議だ。
「今度は噛み千切ってやる」
「どうしてそんなに抵抗するんですか? さっきはおとなしくキスさせてたくせに」
「う、うるせぇバカ!!」
まるで恋人同士のようなさっきのキスを俺は思い出したくなかった。あんなキスをしてしまったことが恥ずかしかった。
「ねえ、先輩」
楽しみを他に見つけたように、澄水人が嬉しそうに言う。奴は腰から銃を取り出したらしい。
「覚えてますか?」
素肌の左胸に冷たい銃口が押し付けられ、跳ね上がる心臓の上に、ゆっくりと螺旋を描いた。
いつ引き金が引かれるんだろう? いつ殺されるんだろう? 死が胸の上で踊っている。
「先輩は、僕がここを触ると、いつも怒っていましたよね」
右胸にひんやりと柔らかい何かが胸に当たった。澄水人の指だ。銃口と指先が、硬くて柔らかい二重の螺旋を描きながら蠢いている。触れてはいけないものに触れるような微かな動きは、死の恐怖よりも嫌悪感や別の感覚を呼び覚ましそうで、俺はそれが怖かった。
銃口は何度も胸を這い回り、指は乳首へと蠢いて敏感な箇所をつねった。
「…うっ……」
自分の意志に反して小さな呻き声が漏れる。クスっと澄水人が笑った。指は執拗に乳首を摘まみ、撫で擦り、時々痛いほど引っ張りやがる。痛いはずなのに、嫌なはずなのに、俺自身が反応しかけていることに戸惑ってしまう。
「…やっ…めろっ…」
「どうしていつも、あんなに怒っていたのか、やっとわかりました。声を出すのがそんなに恥ずかしいですか? 僕はもっと聞きたい」
「誰が……声…なんか、出すか…」
「そう? それなら口の中に突っ込もうかな、これ」
冷たい銃口が唇に触れた。
「突っ込まれたくなかったら、もっと声を聞かせてください」
俺は唇をかみ締めて抵抗した。それでも呼吸は荒くなり、痙攣したように低く呻いてしまう。
前にかがんだ澄水人が、心臓の上にキスをした。その唇はずっとくっついたままで、胸が重く苦しい。ようやく離れたかと思うと、皮膚を噛み、尖った舌が傷を癒すように舐めまわした。舌は何度も、腹や脇、鎖骨や首筋をのろのろのと這い、最後はいつも乳首に行き着く。やっと辿り着いた唇と舌は、耳障りな音を立てていつまでも吸い続ける。頭がおかしくなりそうだ。鼻をつく甘い匂い。澄水人の体臭なのか、それとも、部屋に花があるのか。俺は小さく喘いでいる。銃口を唇に突きつけられたまま……。死の恐怖を感じているのに、なぜ……?
混乱する頭の片隅で、俺は『悪い夢だから』と自分に必死で言い聞かせている。俺は、どうかしてる。自尊心は黒い爪に引き裂かれてしまった。その傷口から澄水人と同じように性欲を覗かせている自分が信じられない。
澄水人の手がゆっくりと下腹を這った。ジーンズのジッパーを下ろし、探り出したペニスを掌に包み込む。その指の冷たささえ、不快じゃなかった。
「…ああ…っ…」
思わず口から漏れた喘ぎは、情けないほど上擦っている。
「その声……もっと、聞かせて…」
奴の手が上下に動き始める。唇には冷たい死の塊が触れているのに、強引で容赦の無い動きに、それだけを求めて上り詰めていく。
「うれしいな。感じてるみたいですね」
「…あぁっ……は…あぅ…っ…」
奴の指に追い詰められて、泣き漏らすような自分の声を自分の耳で聞いたことが信じられない。
「…あっ……」
「いいですよ、このまま出しても」
「…や…だ、こんな…………あっ……」
「僕の手の中に、出して…」
「……くっ…」
詰めていた息は重く長い溜め息になって、あっけなく俺は放出した。唇から銃口が離れる。そして、悔し涙が溢れた。
身体をどけた澄水人は、俺の頭の上の方へ手を伸ばした。とたんに光が点り、俺はまぶしさに目を細めた。
ベッド脇のスタンドが淡い光で部屋を照らしている。澄水人は俺を見ながら、白く汚れた指先を舌で舐めた。唇は貪った後の笑みに歪んでいる。心臓が握り潰されるほどの羞恥を感じた俺は、熱くなった顔を背けた。
雨は小降りになったらしく、もう雷鳴も聞こえない。身体は、静かすぎる夜の底へと吸い込まれていきそうだ。
「どうせイくなら、最初から楽しんだ方がいいのに」
澄水人が嘲笑った。
楽しめるか、バカ……そう言おうとして、初めて抱いたときの澄水人の顔が、また目の前に浮かんだ。あの時、澄水人がどんな気持ちだったのかは知らない。金を巻き上げる手段として十分に目的を果たせたと俺は満足して心の中で笑っていた。
俺がしたことを、澄水人にされただけなのかもしれない。
「満足か…?」
そう訊いた俺の顎に手をかけ、澄水人は「いいえ」と、きっぱり答えた。「たったこれだけで?」
言いながら澄水人は銃口を俺の股間へと滑らせた。今度こそ、あの想像もつかない痛みが身体を突き刺すかもしれない。
「泣いたの? 先輩は…最高、この怯えた顔……。僕が怖い?」
目を逸らすと、頬に奴の爪が食い込んだ。
「まだ終わりじゃない。まだ終わらせない。せっかく手に入れたんだから」
それから俺は続けて二回もイかされた。互いの肌に触れ合うような行為は一切無く、澄水人は服も脱がずに、まだ手と舌だけを使って俺のペニスをしゃぶり続けている。澄水人に支配されているのか、それとも快楽に支配されているのか、俺はどんどんと追い込まれて、どうすることもできないまま、もうやめてくれと虚しいうわ言を繰り返していた。
「嘘」
嘲るような澄水人の笑い声がした。指は休むことなく形をなぞって動いている。
「こんなになってるのに、やめてほしい? 嘘ですよね。どうして『イく』って言えないんですか? 先輩は嘘つきだ……嘘つき……」
熱く締め付ける口膣に囚われた。二年前、何度も澄水人の口に含ませて平気で中に放っていたのに、今はイきそうになってる自分が恥ずかしくてたまらない。
淡い光の中で、目を伏せている澄水人は綺麗で、耳に届く音はひどくいやらしい。俺は我慢するのを放棄してしまった。
「んっ……んん…っ……」
澄水人が喉の奥で嬉しそうに呻いた。時々声が途切れるのは、俺が放ったものを飲んでいるせいらしかった。飲み干した後も離れようとせずに、俺の太腿に頭を乗せて、ずっと啜り続けている。
屈辱も怒りも、快楽も後悔も、死を恐れる気持ちすら、融けてしまったように俺は何も感じなかった。
この部屋で、どれだけ時間が過ぎただろう?
縛られた手首も、下半身すらも麻痺しかけている。頭の中から、普通の感覚が消えてしまっている──。
「……僕のもの…」
澄水人が小さく呟いた。幸せそうな、甘い声──。
いつだったか、こんな声を聞いたことがある。
『……先輩が…好き…』
あれは…初めて寝た後に、澄水人が俺の腕の中で呟いた言葉だ……。
嬉しそうな、震える切ない声──。澄水人の身体は苦痛に満ちていたはずだった。俺は乱暴に抱いたから。それなのに、澄水人ははにかむように笑って呟いた。それを聞いて俺は、金蔓ができたと確信した──。
「先輩が、好き」
あの時と同じセリフを、澄水人が呟いた。
俺たちはいつも、心が離れたまま抱き合っている。誰もいなくなった教室で、体育倉庫の片隅で、澄水人の金で泊まったホテルで……。どこで何をしようと、澄水人は一度も拒んだことがなかった。いつも俺の言いなりだった。澄水人を貪って、俺も顔を歪めて笑っていたのかもしれない。
脚に感じていた澄水人の重みが消えた。
「もう充分、休憩したでしょう?」
声とともに冷たい雫が顔に落ちてきて、俺は目を開けた。
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