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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

EPISODE2. 柱寮より愛をこめて


ラッキーランド女学園の敷地内には、実家が遠い生徒のために寮が備えられており
そのうちの一つである『柱寮』は中等部の生徒達が住まう寮である。
すでに日は沈みかけてあたりも暗くなり、礼拝堂から6時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。

「ま……まずいッ!」

鐘の音に追い立てられるように、必死に走る人影が三人。寮の門限が迫っているのだ。
ただでさえ規則に厳しい寮の中でも、『柱寮』の管理人は特に恐れられている。
罰を食らうのは御免だという事だけが、今の徐倫・エルメェス・FFに共通した思いだった。
しかしエルメェスの俊足を持ってしても間に合わず、寮に着いた時には無情にも鐘の音は止まり6時は過ぎてしまっていた。
扉の前で三人娘を待ち構えていたのは、鬼寮長ことカーズであった。
彼女らを射抜く眼光は手に握られた出刃包丁よりも鋭い。
褌の上にエプロンを着けただけの姿で仁王立ちしている姿に、いつも勝気な三人もさすがに脚がすくむ。

「また貴様らか……何度言っても門限を覚えられんとはよほど頭脳がマヌケと見えるな、学習能力がないと言うのか……」
「うう……」
「さ、最悪だわ……飛びてぇーッ」
「遅れた罰だ、明日の夕飯のための芋の皮むきとタマネギを刻んで、ついでに反省文でも書いてもらおうか」

段ボールいっぱいの芋とタマネギを想像し、徐倫が青くなる。
この前遅刻した時は広々とした花壇の草むしりを命じられたのだ。
それに比べればまだ楽かもしれないが、料理は苦手中の苦手、指が何本あっても足りない。

「待ちなさい」

そこに凛とした声が飛んだ。
ハイヒールを鳴らしてこちらに近づいて来たのは英語教諭のリサリサだった。
彼女がこの学園に就任して以来、教師と寮管理人というやや距離のある立場でありながら
生徒の扱いから服装のセンスまで、何かにつけてことごとく対立するカーズとは不倶戴天の宿敵同士だった。

「あ……リサリサ先生!」
「ぬうっ、貴様リサリサ! かばいだてするつもりか」
「言っておくけど、彼女らはわたしの補習を受けていて遅くなったのよ。 責任は教師であるわたしの方にある
 それでも理不尽に罰すると言うなら見逃しておけないわ」

それは事実だった。 もうすぐ門限だけど走って帰れば大丈夫です、と徐倫達は言ったが
もし間に合わなかったらと思い、リサリサは念のため後を追って来たのだ。
だったら可愛い生徒の代わりに貴様が芋の皮を剥くのだな、と言ってやりたかったが
そうすれば小娘どもは自分達の代わりに罪を被ったリサリサをますます慕うに違いないと考え
カーズは舌打ちしながら渋々この場を収めた。
颯爽と去っていく救いの女神の後姿を、三人娘は憧れと尊敬の目で見つめていた。



「助かった~」
「リサリサ先生がかばってくれて良かったな」
「お帰りなさい、門限過ぎてたけど大丈夫だった?」

三人を出迎えたのはトリッシュだった。
夕食の配膳当番らしく、制服の上にエプロンを着けている。
寮長と同じデザインのエプロンだったが、こちらは可愛い柄が彼女によく似合っていた。

「かなり危機一髪だった……本当、リサリサ先生が女神様に思えたわ」
「トリッシュは遅刻もせず真面目でえらいねェ~~」
「ていうか、いつもいつも遅刻するなんてあんたらぐらいよねーッ」

肩に乗せたペットの小鳥をかまいながら茶々を入れるグェスに舌を出し、徐倫たちは部屋に鞄を置きに行った。
トリッシュは特に優等生を気取るつもりではないが、もし素行や成績の悪い事で父に何か言われたら癪なので
なるべく真面目にやっていきたいと思っている。
ラッキーランド学園に転校して二週間経つが、授業にもなんとかついていけるし、クラスでも寮でも友達がいるから寂しくはない。
トリッシュは新しい学園と生活に馴染みつつあったが、ただひとつ、ここに来て間もなく起きたある出来事が
彼女に新しい感情を芽生えさせていた。



二週間前の今頃――トリッシュも徐倫たちと同じく、呆然と6時の鐘の音を聞いていた。
学園を案内された時に見た薔薇園にどうしても入りたいと思い、放課後一人で行ったはいいが
咲き乱れる花々があまりに綺麗でつい見とれてしまい、気持ちのいい初夏の午後はあっという間に過ぎていった。
昨日寮に入ったばかりのトリッシュは、門限の事などすっかり失念していたのだ。

(ど……どうしよう……入寮翌日に門限破りなんてまずいわ、絶対にまずいわッ!
 あの恐ろしい寮長に何をされるか……)

『ほう……貴様が新入りか、この寮で問題など起こしてみろ、首から下を花壇に埋めてやるからそう思え』

寮長とは昨日挨拶した時が初対面だったが、それだけでも血も涙もない冷酷極まる性格は見て取れた。
ただ罰を受けるだけならまだしも、万が一親を呼ばれる事態にまでなったら……
トリッシュは気が遠くなりかけたが、望みを捨てずどうにかして寮長に見つからず部屋に帰る方法を考えた。
正面玄関から入るのは不可能だったが、トリッシュにはひとつのアイデアがあった。
いい天気だったので、換気のため部屋の小窓を細く開けたまま出てきたのを思い出したのだ。
建物の横の大きな木をつたって、窓から自室に入れるかも知れない。
不法侵入ではあるが、いちかばちかやってみるしかないと覚悟したトリッシュは
手に持っていた鞄を背負い直し、助走をつけて大きくジャンプし木の幹に飛びついた。

(や、やったわ! よし、このまま窓まで……)

枝にスカートが引っかからないよう用心して幹の窪みに足をかけ、上に登ろうとする。
窓に手を伸ばそうとしたその瞬間、トリッシュは目の前の葉っぱを這う毛虫に気付き、驚いて枝から手を離してしまった。
危ない、と思う間もなくトリッシュは落下した。

「きゃあっ!」
「ぐっ」

しかしトリッシュの尻がぶつかったのは固い地面ではなかった。
なんと、たまたま下に人がいてそこに着地してしまったらしい。
派手にスカートがめくれてしまったが、下敷きになった人のおかげで幸い怪我一つなかった。

「ご……ごめんなさい! 大丈夫だった……」
「静かにしろ、寮長に見つかる」

トリッシュは縞模様のパンツが見えたまま謝ったが、下敷きになった人は意外にも冷静な口調で注意を促した。
その言葉に、この人物も同じ穴のムジナと察しはっとする。
自分よりかなり背が高く、おそらく寮長と同じくらい体格も良かったが
学園指定のリボンタイの色から自分と同学年だと分かった。
なぜか制服の下にスカートを履いておらず、ブルマーから逞しい脚が伸びている。
ゆるく波打つ長い髪はどこかで見たような気がしたが、今は思い出せなかった。

「あの、あたし、窓から入ろうと思って……」
「わたしが先に行く、誰か来ないか見張っていろ」

トリッシュの言葉を遮り、その人は枝に手をかけてさっさと登っていってしまった。
運動神経がいいのか、それともこういう事に慣れているのか、体重で木の葉が揺れる音さえほとんどしない。
勝手知ったる様子で窓を開け、先に部屋に入って「早く上がって来い」と手で合図した。
後に続いて、トリッシュも人が来ないうちにと危なっかしく木に登る。

「んッ……もうちょっと……」

手を伸ばしはするが、また落ちたらと思うと怖くてなかなか木の幹から窓に飛び移れない。
そんな様子を見かねてか差し伸べられた大きな手に掴まり、トリッシュはその腕に身体を預けるようにして窓の中へと転がり込んだ。
ようやく部屋に生還する事ができた、と靴を脱いで一安心するトリッシュを尻目に
その人は自分の鞄を足元に置き、無造作に下段のベッドに座った。

「あれ……あなた、自分の部屋に行かないの?」
「自分の部屋……? 何を言っている? お前こそ」

その時、二人は同時に同じ事に気付き、これまた同時に顔を見合わせて口を開いた。

「じゃあ、あなたが……『ヴァニラ・アイス』?」
「お前が、新入りの『トリッシュ・ウナ』?」

偶然にも互いがルームメイトだったという事実に、少しの間二人とも目をぱちくりさせていたが
先にトリッシュの方があ、と小さく声を上げた。

「あの……助けてくれて、ありがとう! 寮長に罰を受けないで済んだわ」
「別にかまわん」
「迷惑かけるかもしれないけど、今日からよろしくね、ヴァニラ」

そっけない態度のヴァニラだったが、トリッシュはさっき差し伸べられたその手を握った時とても温かかった事を思い出し
このかわいい名前のルームメイトと仲良くなれればいいな、と思った。



時間は現在に戻る。
夕食の後、みんなで談話室に集まってテレビを見たり、いっしょに宿題を片付けたりと楽しい時間を過ごした後
トリッシュは自分の部屋に戻った。

「ただいま~」
「…………」

ヴァニラは何も言わず、顔だけをこちらに向けた。
いつも賑やかな徐倫やエルメェス達と違い、必要な事以外ほとんど喋らないタイプだが
トリッシュは自室に帰ってきた時、ヴァニラがいるだけでなぜかほっとするのだった。

「今週も『ゴージャス☆アイリン』すっごく面白かったわ~、ヴァニラは下でみんなとテレビ観たりしないの?」
「気が向かん。 第一わたしが混ざってもつまらんだろう」
「そんな事ないわよ、人数多いほうが楽しいもの! 宿題だって一人でするよりずっと楽よ?
 まあ無理にとは言わないけど……」

学校ではクラスが違う事もあってか、ヴァニラとはあまり顔を合わせないが
明日のお昼休みにお弁当に誘ってみようかな、とトリッシュは思った。

「お前こそ……」
「? なあに?」
「お前こそ、わたしといてつまらなくないか?」

珍しくヴァニラから話しかけてきたその問いに、トリッシュは笑って答えた。

「つまらなくなんかないわ、だってそーいう風にあたしの事気にかけてくれてるじゃない!」
「……おかしな事を言うな、お前は」

次第に近づく消灯時間にもかかわらず、乙女達の明るい笑い声が部屋に響く中
柱寮の夜は更けていった。


<To Be Continued…>

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