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奇譚小函―きたんこばこ―

R-18 二次創作テキストサイト

EPISODE4. 乙女たちの晩夏


八月、夏休み中のラッキーランド女学園にはいつもにぎやかな女生徒たちの声は無く、蝉の声ばかりが響いていた。
寮も同じく、寮生の多くが長期休暇を利用して実家に帰省しており今はがらんとしている。
そんな中、せっかくの夏休みであるにもかかわらずトリッシュは柱寮に留まって暇を持て余していた。

「あぁ……退屈ー……」
「トリッシュは実家には帰らないのか? 」

キャミソールだけでベッドに転がっているトリッシュに、ヴァニラが声をかけた。
彼も制服ではなくTシャツ姿であったが、下はいつも通り大胆に脚を露出している。
ヴァニラも実家(あるのだろうか?)に帰らず寮に残っている者の一人だった。
トリッシュにとってはヴァニラがいるおかげで、寮に篭りきりの日々は退屈ではあっても少なくとも孤独ではなかった。

「ええ、父親とあんまり仲が良くないから……ヴァニラと寮にいるほうが気楽だわ」

トリッシュはそれだけ簡潔に言ったが、転校してきた理由や家庭の複雑な事情はヴァニラにもまだ打ち明けていなかった。
前の学校の友達に会いたい気持ちもあるが、狙われる身で何が起こるか分からない以上一人で家に戻るわけにはいかない。
トリッシュはため息をついて、徐倫から送られてきた写真を手に取った。
写真にはエメラルド色をした南国の海と空を背景に、浜辺に立つ徐倫とその父らしい背の高い帽子の男性、それにFFが写っていた。
添えられていた手紙には、『元気? 海と浜辺以外なんにもない島だけど、親父とFFは毎日楽しそうにしてるよ!』と走り書きのメッセージがある。
夏休み前に、毎年海に連れて行かれて海洋学者である父の研究や採集に付き合わされる、という徐倫のボヤきを聞いて
それならあんたの代わりにあたしが行きたいぐらいだ、とFFはうらやましそうにしていた。
徐倫としてもどうせ海に行くなら友達とがいいと思っていたので、せっかくだから友達も連れ行っていいか父に電話で訊いたところ
思いのほか色よい返事が来て、とんとん拍子にFF参加の計画は進んだのだった。
地球の裏側の小島でヤドカリと戯れる徐倫とFFの写真を眺めて、トリッシュは二人のバカンスをうっとり想像した。
他のクラスメイトも、それぞれに夏休みを満喫している。
エルメェスは夏の陸上の大会に向けて猛練習していたが、好タイムを記録して競技を終えた後は
短い間ではあるが実家に帰り、年の離れた姉が経営するレストランを手伝っているらしい。
担任の川尻先生はたまの休みという事で家族サービスに徹するようだし、
高等部のお姉様の中には(もちろん学園には内緒で)彼氏と二人きりで旅行という人もいるそうだ。
みんながどこかに旅行に行ったり、実家で家族とふれあえる事をトリッシュはうらやましく思った。
ヴァニラは夏休みは司書のDIOにつきっきりで、世話を焼いたり書庫の整理やらの雑用をこなすのかと思っていたが
彼が仕えるDIOは、この前新しく赴任して来た神父とヨーロッパ旅行に行っているらしく、ヴァニラもヴァニラで暇だった。
旅行とはいかなくても、どこか近場で楽しめる所は無いかと考えたが
夏のセールはこの前行ったばかりで、まだ秋物が並べられる時期でもない。
学校のプールは解放されているが、トリッシュは日焼けを嫌ってあまり行きたがらない。
パピコを半分こして食べながら、二人は無聊を持て余していた。

「……あ!」

そういえばあった、行くべき所が。
新しい日々が忙しかったとはいえ、どうして今まで思い出さなかったのか、とトリッシュは自分の頭を軽く叩いた。

「どうした?」
「そうだ、ヴァニラ! もし良かったら、一日外出に付き合ってくれる? どうしても行きたい所があるの」

日帰りでどこへ行くんだ? とヴァニラが訊くと、トリッシュは「会いたい人がいるの」とだけ答えた。



翌日、二人は朝から列車を乗り継いで遠くの町にたどり着いた。
途中で買い求めた花束を提げ、日傘を差してトリッシュは昼下がりの上り坂を歩いていく。
生い茂るノウゼンカズラの花が日差しに映えてまぶしく咲き誇っていた。
ようやく二人が到着した所は坂の上の墓地だった。

「ここに、あたしのお母さんが眠っているの」

トリッシュがここに来るのは葬儀の時以来なので、初めての墓参りだった。
顔も見た事のない相手だったが、ヴァニラも彼女に倣い冥福を祈ろうと後に付いて行く。

「いい所だな、ここからだと遠くに海も見える」
「そうでしょう?」

やがて辿り着いた母の墓前には、まだ新しい花束が置かれていた。
母さんの知り合いが供えたのかとトリッシュは思ったが、それは自分が買ったものと同じ、大輪の百合の花束だった。
母が、父から初めて贈られた思い出の花。

「…………」

その事に気付き、トリッシュの眼からは知らず涙が溢れ出ていた。
今度ここに来る時は泣かないって決めていたのに、と思っても涙はなかなか止まらず、トリッシュはその場にうずくまってしまった。
いきなり泣き出した彼女の涙の意味を知るはずもなく、どうしていいか分からずヴァニラはただ困惑していたが
とりあえず落ち着くようにと彼女の肩に手を置いてやった。
ヴァニラの手の感触が心地よく、トリッシュは子供のように泣き続けた。

「……ごめんね、いきなり泣いたりして」

やがて涙もおさまり、マスカラが滲んでみっともない顔になっているだろうなと思ったが、心配させてしまった友達を安心させようと
トリッシュは目元を拭って笑顔をつくり、すでに置かれていた花束のそばに自分の持ってきた花束をヴァニラと供えた。

(天国の母さん、あたしは友達がいるからさびしくなんかないわ、安心して見守っててね。 ……それに父さんもね)

あなたとここに来れて良かった、とトリッシュはヴァニラの手を握り、今度は心からにっこり笑う。
そのまま二人は手を繋いで、来た時と同じように坂を下っていった。
後には、寄り添うように置かれたふたつの百合の花束だけが残された。


その日、寮に帰ってトリッシュは初めて自分から父に電話をかけた。



「ひさしぶりー」
「すごい焼けたねー」

新学期の教室はいつにも増してにぎやかな笑い声が響いていた。
久しぶりにクラスメイトの顔を見るのはなにやら新鮮で、トリッシュはようやく戻ってきたいつもの学園生活にほっとした。
今年はいつもよりいっぱい泳いだよ! と笑うFFは美白など気にせず健康的に日焼けしている。
楽しい思い出話はほっておけばいつまでも続くようだったが、水を差すようなタイミングで担任の川尻が教室に入ってきたので
トリッシュはFFからお土産と手渡されたきれいな色の貝殻をペンケースにしまった。
これから秋になると行事も多いが、あまり夏休みボケを引きずらず気を引き締めるように、と川尻はHRで釘を刺す。
しかし生徒たちは担任の話など聞いてはおらず、ひそひそと能天気な私語を続けている。

「川尻先生は夏にどこか行きましたかー?」

その他愛ない質問を吉良は黙殺しようとしたが、どこから情報を仕入れてきたのか、川尻に代わって別の女生徒が答える。

「S市の避暑地に三泊四日で行ったんだって! すっごく楽しかったって購買のしのぶさんが言ってた」
「うわ~、いつもクールぶってるけど愛妻家なんだ~♪」
「質問ーッ! 夜も新婚さん並にラブラブでしたか?」
「かわいい生徒にお土産下さいよー」

購買部に勤めている妻が旅行の件を吹聴したことを知った川尻は、原因不明の頭痛に襲われた。
私語を続ける生徒の中には、川尻としのぶの夜の生活を勝手に捏造してしゃべくっているませた者もいる。
自分の爪がギギギと伸びる音が聞こえそうな中、川尻は脂汗をかきながら冷静さを必死で保っていた。
スズメがさえずるような甲高いおしゃべりを止めさせようとしたところ、休み時間でもないのに校内放送のチャイムが鳴った。

《川尻先生、川尻先生、夏休み前に返却された画集のことで連絡があります。 至急図書室に来て下さい。 繰り返します……》

急な呼び出しの放送に、静かにしているようにと生徒たちに言い残して担任は出て行った。
やかましい小娘どもを黙らせる機会は逃したが、この場を逃れることができた事に川尻は内心胸を撫で下ろした。
しかし図書館に出向いた後、いけすかない金髪の司書に「画集のモナリザのページだけが妙にボロボロになっている上何かでくっついているが、これは何故か」と詰問され、
今度は針の筵に座らされる事になるとは今は知る由もなかった。



「あー、やっぱり授業があっても毎日友達に会えるのが一番いいわね」

始業式とHRが午前で終わり、寮に戻ったトリッシュが一息つきながら制服を脱いでいると
何かの包みを大事そうに抱えたヴァニラが帰ってきた。
それは何? と聞くと、DIO様が旅行のお土産をわたしに下さったのだ、と笑顔で答えた。
笑顔といっても口元が少しほころぶ程度だったが、トリッシュはそれを見て自分まで嬉しい気持ちになるようだった。

「よかったわねヴァニラ! そうだ、せっかくだからあたしにも見せてくれる?」
「ああ。 DIO様はルーブル美術館の土産物とおっしゃっていたがきっと素晴らしいものだろうな」

ヴァニラが大事な宝物を扱うように慎重に包みを広げると、包装紙の中からは畳まれたTシャツが出てきた。
彼が着るには少し小さめな、シンプルなデザインのTシャツには4文字が大きくプリントされていた。

『 モ ナ リ ザ 』

トリッシュは嬉しそうにしている友人の気持ちを慮り、これって本当にルーブルで買ったのかしら……とは言わなかった。


<To Be Continued…>

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